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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
最終章『咲き誇れ、きざはしの七花』

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修行インフィニティ


「なに、そう難しい話ではない」


 世間話のように言葉を交わしつつ、シモンは無造作にラメンティアの間合いへと入りました。当然、それを迎え撃つべく光の拳撃が飛んできますが。



「普段、俺達がやっているのと同じ修行。その延長みたいなものだ」


『ほう、修行とな? いつも、そなたらがやっているやつだな。生まれつきめちゃ強靭(つよ)な悪はまだやったことがないが』



 ラメンティアが繰り出した左フックは空を切り、その手の甲にはごく浅いながらも刃物による切創が。状況から察するに、シモンが攻撃を躱しがてらに流星剣で切りつけたのでしょう。先のライムの打突と同じく、ダメージとしては無いも同然の軽傷ですが。


 いえ、ここで注目すべきは攻防よりも会話の内容。

 神ならぬ身のシモンとライムが急激に強くなった理由は、彼らが大好きな修行にあったようです。とはいえ、普段やっているのとは多少異なるものですけれど。



『そもそもシモンは宇宙まで吹っ飛ばされて、ライムは地面に転がっていたわけだからな。修行といっても実際に手足を動かしていたわけではあるまい。察するに、例のアイのインチキ超能力を応用したイメージトレーニングといったところか?』



 と、推測を言い終えたタイミングでラメンティアは鋭い回し蹴りを放ちました。

 狙いの高さはシモンの腰くらい。片足を上げて蹴りにいき、もう片方の足の爪先を軸にして、まるでコマ回しのコマかフィギュアスケーターかのように、その場でくるくると回転を続けています。


 相変わらず技とも呼べないようなふざけた戦法ではありますが、なにしろフィジカルだけは有り余っているものだから、直撃すれば人体など軽く両断されかねません。実際、正面にいたシモンも、背後から隙を伺っていたライムも、二人諸共に蹴りを喰らって大きく弾き飛ばされてしまいました。



「……っとと、どうにか受けが間に合ったか。相変わらず大した馬鹿力だ。ええと、それでどこまで話したところだったか?」


「イメトレ」


「ああ、そうだったな。そちらが考えた通りで正解だ。俺達はあの感覚を利用してイメージ修行を行っていたのだ」



 二人まとめて蹴り飛ばされはしましたが、その距離は五メートルそこら。

 一般的な格闘技の基準で考えれば極めて大きな距離、蹴り飛ばされた側の戦闘不能を誰もが確信するであろう大ホームランですが、生憎ここに一般的な人間は誰もいません。

 そのシモン達にしろ決して余裕綽々でのノーダメージというわけではなく、辛うじて威力を受け流すことに成功したくらいのものですが、本来であれば宇宙まで蹴り飛ばされるはずがこの程度。それも一度ならず二度目となれば、どうやらマグレではなさそうです。



『ふむ、イメトレか。まあそれは分かったが、単純な疑問として頭の中で思い浮かべるだけで、実際の強さが大きく変わるなどということがあるのか? 極論、それがアリなら部屋の中でゴロ寝してるだけで誰でもどんどん強くなっていきそうなものだが……っとと』


「ちがう」


「ははは、そこまで上手い話があれば良かったのだがな。イメージ修行でここまでの成果が出たのはアイの力あってこそだろうな。今回限りのボーナスタイムというやつだ、なっ」



 回し蹴りを放った勢いのままくるくる回転していたラメンティアが、ふとバランスを崩してずっこけそうになりました。空間転移で間合いを詰めたライムが、身を低く伏せたまま蹴りを放って足首のあたりを刈ったようです。


 ラメンティアはそれでも危なげなく片手逆立ちからの大ジャンプ。横凪ぎによる胴の両断を狙っていたシモンの一撃を悠々回避し、再び元の直立状態へと戻ります。



「おっと、お見事。でな、あの感覚は実際に体感せねば理解しがたいだろうが、こうして普通に話している俺の感覚と同時に時間の概念を超越してる俺が別にいる感じというか。ううむ、なんと説明したものかな?」


「時間無制限。修行放題」


「うむ、まあ結局はそういった表現になるか。そちらも言ったようにフィジカル面の修行ができないのは難点であるが、なにしろ時間は実質無限に等しいだけあるわけだからな。頭の中のイメージだけとはいえ、回数をこなせば案外バカにならんものよ……ははっ、危ない危ない」



 言葉を区切ったタイミングで大地を両断しかねない手刀が飛んできましたが、シモンはラメンティアが攻撃を繰り出すより一瞬早くに流星剣を構えることで辛うじて防御成功。どうやら実際に攻撃が始動するより前の重心の変化や無意識のうちに皮膚に表れる微細な緊張から、攻撃の種類やタイミングを読んでいるようです。


 シモン達が特に重点的に鍛えたのが、こうした見切りの精度の向上。

 相手が動いてから反応したのでは絶対に間に合わない以上、動き始めるより前にどこにどういう攻撃が来るかを正確に読んで適切な構えを取っておけばいいという単純な理屈です。


 もちろん今までも似たような技術は習得していたわけですが、敵のどこをどう観察して、読み取った予兆の意味をどのように解釈するかという部分には、それこそ無限に等しいほどに突き詰める余地があるでしょう。


 で、実際に突き詰めてみました。


 せっかく時間を気にしなくていいのだからと、シモンとライムは頭の中のイメージをぶつけ合わせるイメージ戦闘を幾万、幾億、幾兆回も……途中から本人達にも数え切れなくなっていましたが、なんとも恐ろしいことに誇張でもなんでもなく実際それくらい脳内組手という名のイチャつきを繰り返していたのです(さっきライムが言っていた愛の力がどうこうは、このあたりに起因するものでしょう)。もし仮に現実の時間の中で同じだけのトレーニングを行おうとすれば、それこそ百万年くらいかかったかもしれません。



「はっはっは、我ながらよく飽きぬものよ」


「うん。全然足りない」



 修行の中身は先読みの精度向上だけに留まりません。

 たとえば、さっきライムが放ったような左ジャブ。

 元々かなりの速度と威力がありましたが、それでも改善の余地がまったくなかったわけではありません。踏み込みの際の体重移動をミリグラム単位で……いえ、ナノグラム単位やピコグラム単位の精度で最適化。他にもほんの僅かな腕の捻りや腰の入れ方など、考えるべき点は無数にあります。


 筋繊維の一本一本、肉体を構成する細胞の一つ一つ、その全部を余さず使いこなせるように。自分達が持てる限りのありとあらゆる技の改善点を片っ端から洗い出し、その一つ一つをイメージ上で無数に反復。もちろん単発の技のみならず、他の技との繋ぎや様々な体勢からの変則形についても余さず練習。たかがイメージトレーニングとはいえ、これだけやれば塵も積もれば何とやらというものです。


 さっきからラメンティアが避けられるはずの攻撃を何度も喰らっているのは、先程戦った時に見た同じ技よりも多少なりとも速く重くなっていたからこそ。なまじ強さの次元が高すぎるからこそ常人には判別不可能な違いを理解できてしまい、予測とのズレに戸惑うのでしょう。



『ははあ、そういうわけだったのか。なるほど、なるほど……』



 ですが、そこまでしても戦況は依然ラメンティアの圧倒的優勢。

 ほんの僅かにでも読みを間違えれば、一撃で敗北する状況は変わっていません。シモン達にできるのは、どうにかこうにか負けを先延ばしにすることだけ……ではあるのですが。



『……気色悪(キッショ)。こいつら、頭おかしい』



 実力差云々はさておいて、あまりにも修行が好きすぎる二人を前にしたラメンティアは、心底理解できない価値観への率直な感想を伝えました。



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