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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
最終章『咲き誇れ、きざはしの七花』
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駆け抜けろ! ラスボス戦の途中でウンコに行く男


 いつの間にやらコスモスと一緒に別行動を取っていたルグが、どこで何をしていたのか。キッカケは今から数分程前、アイの『夢現』で全人類プラスαが、恐らく心身の健康に害はないであろう集団トリップをキメ始めたあたりにまで遡ります。



「いやー……俺も散々ヘンなもの見聞きしてきたけど、これは今までで一番かもしれないな。ていうか、これもう隠蔽とか絶対無理そうだけど後始末どうすんだろ?」



 これまで不本意ながらも珍妙な事件に巻き込まれ続けてきただけあって、未知の超感覚によって不特定多数の思考や感情が頭に流れ込んできている中ですら落ち着いたものです。同じ状況でイキイキと考察や実験を始めたレンリと方向性は違い、どちらかというと諦めの境地のようなものなのでしょうが。


 さて、そんな状況で。



「……もしもし……もしもし、私の声が聞こえますか……聞こえるという方は『1』を……このメッセージを消去する場合は『3』を押してください……」


「ああ、はいはい。なんか用すか、コスモスさん」



 急に馬鹿(コスモス)が思念のメッセージでイタ電を送ってきました。レンリと同じように早々にこの超感覚の性質を把握し、それでもってルグに連絡してきたようです。



「おや、意外と落ち着いておりますな」


「落ち着いてるというか、慌てても意味ないのが身に染みてるというか……我ながらトラブル慣れしすぎてる自分に疑問がないこともないけど」


「ははは、これは頼もしい。で、そんな落ち着きのあるルグさまにちょっとお願いがございまして。ほら、どうせ戦いのレベルが上がり過ぎて役に立てそうもないというか、下手に手を出そうものなら味方の足を引っ張るだけなので何もしないほうがマシというか。ぶっちゃけ、そこにいても見てるだけしかなくてヒマでしょう?」


「それは……まあ、そうなんすけど」



 今更ですが、戦闘能力がほぼ皆無なレンリが呑気にお喋りをしていられる点からも分かるように、赤い雨から生まれる無数の怪物はラメンティアの付近にまで寄ってこないようです。鳴き声やら襲われた人間の悲鳴やらがお喋りの邪魔になるのを嫌ったとか、大方そんな大したことのない理由でしょうが。


 つまり、あくまで今のところはという前置きは付くけれども、ルグ達が今いる場所は今現在のこの惑星上においては貴重極まる安全が保証された空間であるわけです。



「そんな暇人のルグさまに朗報です! そちらのラメンティアさまとやらは雑な感じに強すぎて無理そうですが、普通の冒険者の皆様でもイケそうな人助けのお仕事にご興味はございませんか? たった一週間の研修でどなたでも管理職に、いつもニコニコアットホームな職場です。ぶっちゃけ、私やウルさまの共通の友人というか上司というか、ちょっとした縁のあるお嬢さんがですね、今ちょっと魔物に追いかけられて絶体絶命のピンチのようでして」


「早く言えよ!? 場所は?」



 例の不思議パワーのおかげで実際にはこのやり取りにかかった時間はゼロに等しいわけですが、そこまで考察が及んでいないルグは大慌てで聞き返しました。ルカ達を置いてこの場を離れることに葛藤がないわけではないのですが、流石に人命が懸かっているとなれば細かいことを気にしてはいられません。



「では、ラメンティアさまに注目されて嫌がらせで邪魔されるのもアレですし、慌てず騒がずそぅっと離脱して学都の南門あたりまでなる早でお願いします。一応不在に気付かれた時の為、ルカさまに口裏合わせを頼んでおくとして……やあやあ、ルカさま。こちらコスモスちゃんです、ごきげんよう。ルグさまは急なウンコでしばらく席を外しますので、誰かに聞かれたらそのようにお答えいただければと。それからルグさま、来る時ついでにですね――――」


「え、コス……あ、はい……界港のおトイレ、建物ごと、壊れちゃったから……あれ? でも……なんで、コスモスさんが代わりに?」


「違うんだ、ルカ……もう訂正するのも面倒くさいけど、どうもすごくピンチみたいだから急いで行ってこなきゃいけなくて」


「ピンチ……そ、そんなにお腹痛いの……我慢してたんだ……ルグ君、えと……お大事に、ね?」



 これらの会話は全て頭の中の思念だけで行われているわけですが、どうやら三者以上でも問題なくやり取りができるようです。やり取りができるからといって、正確に意図が伝わるとは限りませんが。

 ラスボス戦の途中でウンコに行く男という凄まじい誤解が恋人の脳裏に生じたらしいことを察して涙しつつも、ルグは自らの尊厳よりも人命を守るために行動しました。最初のうちは足音を立てないよう忍び足で、界港跡地を出てからは全速力で駆け抜けて。


 もちろん、道中は雨の魔物で埋め尽くされており、普通なら走って数分の距離を踏破するのに何時間かかったか分かったものではないのでしょうが。



「よっ、ほっ、はっ」



 ルグは怪物の頭や背中を足場にし、器用にバランスを取りながらピョンピョン跳ねるようにして移動していました。さほど強くはない魔物とはいえ数が数ですし、中には爪や牙での攻撃を仕掛けてくる個体もいます。けれど、そうした攻撃のことごとくを見事に避けて、反撃は最小限に留めてどんどんと進んでいきました。



「これはアレだな。神経強化の魔剣と似た感じっぽい」



 もちろん、素のルグの実力でそのような軽業を実行するのは難しいでしょう。

 ですが、必要に応じて思考速度が無尽蔵に引き延ばされる深層精神領域の性質は、意外にも肉体を用いた運動にも好相性。以前にルグも使っていた神経強化の魔剣と同じ性質を、いえ、それより遥かに思考や反応速度が加速された状態に魔力の消耗もなしでなれるのです。


 同じメリットを誰もが得られるとすれば、単なる精神的な心強さによるもの以上の粘りを見せて、ここから人類が盛り返す助けにもなるでしょう。



「しゃあっ、着いた! コスモスさん、どこだ!」



 もうルグは思念ではなく普通の声で呼びかけました。

 彼の師匠であるガルド氏や歌姫フレイヤの活躍もあって、街に近付くにつれ敵の数は少なくなってきていますが、まだまだ討ち漏らしの姿もチラホラあります。騎士団や冒険者の活躍もあって避難は進んでいましたが、それでも相当数の逃げ遅れがいるのは想像に難くありません。



「おお、ルグさま。よくぞいらっしゃいました」



 駆けつけてきたルグを出迎えたのは、雨傘にレインコートにゴム長靴という雨天コーデに身を包んだコスモス。この赤い雨は降った端から集まって魔物になるので放っておいても濡れ鼠になる心配はないのですが、そこは雰囲気を優先したのでしょう。ルグも薄々は察しつつも目を瞑っていたのですが、なんだか話に聞いていたよりだいぶ余裕がありそうです。



「ははは、何度も何度も細かい回想を挟んでいると時系列が分かり難くて困りますな。この雨もあとちょっとで止みそうな気がしなくなくなくもないのですが、今はほら、ご覧の通りまだザーザー降っておりますし」


「……はい? いや、天気の話は今いいから! それより魔物は!?」



 もしや知り合いのピンチ云々含めて、ルグをからかって遊ぶための虚言だったのではないか。そんな可能性が脳裏をよぎるも、流石のコスモスもそこまで悪質ではありませんでした。精々、その一歩手前くらいです。


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