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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
最終章『咲き誇れ、きざはしの七花』
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心をひとつに


 『夢現』。

 寝ている時に見る夢。

 あるいは、理想の未来という意味での夢。

 それらと現実との境を曖昧にして混ぜ合わせる力。


 実のところアイ自身でさえ、その詳細を正確に理解しているわけではありません。いつの間にかオンオフの切り替えができるようになっていたとはいえ、そのあたりは何とも不安定。


 そもそも理解できない、理解のしようがない部分まで含めて能力の仕様みたいなものと言うべきか。眠りの世界も、まだ見ぬ未来も、ふわふわとした捉えどころのなさについては似たようなものでしょう。



『さあ、教えてちょうだい。あなたの夢を』



 奇しくもラメンティアの能力によって、アイの声は世界中に届けられる形となっています。万が一の逆転を危惧するならば、全世界への無制限の通信などカットすべきなのでしょうが、なにしろこのラスボス嬢はとびきりのひねくれ者。アイが何かすることで追い詰められた人類が奇跡の大逆転を起こすというなら、むしろそれを見てみたい、歓迎したいという気持ちが勝っているのでしょう。



『しかしだ。まず、直接的に悪と倒すとか消し去るのは無理だろう? そもそもの力量差が相当なものであるし、そこまで都合の良い力ではないはずだ。怪我を治したり戦う力を得る……ううむ、これもいまいちピンと来ぬ。言うまでもないとは思うが、雨から生み出してる魔物には思いっきり手加減させてるからな? 有象無象が多少強くなろうが、その分だけこちらも勢いを強めるだけよ』



 これが『夢現』の難しいところです。

 神の扱う『奇跡』に比べれば遥かに低コスト、魔力のみでも能力の発動が可能ではあるものの、無制限に何でもかんでも自由に願いを叶えられるようなスキルではありません。

 先回りして言われてしまいましたが、傷を癒したり非戦闘員に戦う力を与える程度では対策も容易。到底根本的な解決に届きそうもなさそうです。


 この恐怖から逃れたい。

 この痛みを忘れたい。

 誰かに助けて欲しい。


 いずれも嘘偽りのない本音ではあるにせよ、今叶えるべき願望(ユメ)ではないでしょう。探すべきはもっと別の、誰もが当たり前に持っている、当たり前すぎてかえって気付きもしないような素朴な理想(ユメ)の欠片たち。



『うん、見つけた。これがどんな風な形で叶うのかは我にも分からないけど、でも、きっと大丈夫』



 こんなおせっかいな試練など要らない。

 試されるまでもなく、人類には最初から価値がある。

 誰もが当たり前に持っている輝きを、今こそ示そう――――。



『さあ、一緒に叶えましょう。世界が平和でありますように』



 元々あった分に加えて、成長に際してアイに与えられたエネルギーの大半。

 それらをほとんど全部使い切り、この世界の全部を皆の夢で染め上げていく。


 さあ、あとひと踏ん張り。

 世界平和は、もう目の前にあるのです。






 ◆◆◆





 その変化は外見的には非常に分かりづらいものでした。



『はて、アイ。今、能力を使ったな? 見たところ何かが起こった様子はないが、まさか不発ではあるまいな』


『多分、手応えはあったと思うんだけど。どういう形で叶ってるのかは我にもまだ分からないというか……ちょ、ちょっと待ってて!?』



 これが『夢現』の困ったところです。

 発動のオンオフに加えて成長した影響で叶えるべき夢の取捨選択まで可能になったらしいのは大きな進歩ですが、その夢がどんな形で叶うのかについては当のアイにも分かりません。能力の不発を疑われたら否定するのも難しく、正直自分のやらかしを疑いたくもなるでしょう。



『ううむ、このままだとアイがなんか思わせぶりっぽいエモ台詞を言っただけの役立たずで終わってしまうなぁ。それはそれで、ちょっと面白くはあるが』


『それは、は、恥ずかしい……!? 世界の皆さーん、何か身の回りに良さげな変化が起こってたりしませんかー!? 我の名誉のためにも、何卒っ、何卒見つけていただけないでしょうか!』



 赤ちゃんの時ならいざ知らず、成長して見た目相応の羞恥心も獲得したアイは顔を真っ赤にしながら必死に世界中の人々に呼びかけます。これで本当に何も起こっていなかったら、他の姉妹に先駆けて笑いの神として世界デビューを決めてしまうことになりかねません。いえ、誰にとってもまったく笑える状況ではないのですけれど。


 世界人類の大半は未だに事情をほとんど理解しないまま混乱していたのですが、上空に映し出されるアイの姿があまりにも必死かつ憐れを誘うものだったからか。今は生き残るのに忙しくてそれどころではないという気持ちを一旦脇に置いて、周囲をキョロキョロと見渡してみました。


 そして見つかりました。

 いえ、最初からあったモノに気付いたというのが正確か。



「あれ、なんだお前。その見えてるの……いや、聞こえてるのか?」


「目を閉じても分かる。なんだろう、なんて言えばいいんだコレ?」


「五感のどれでもあってどれでもない? 第六感? それとも第七、八? ついに俺に秘められた未知のパワーが目覚めちゃった的な?」



 世界中の誰もがすぐに気付き、しかし例外なく新たに目覚めた感覚に戸惑っています。

 視覚でも聴覚でも嗅覚でも触覚でも味覚でも温感でも冷感でも霊感でもなく、けれども同時にその全部であるような。人生で初めて覚える奇妙な感覚であるはずなのに、ずっと前から知っていたような。



「なんだろ、この、よく分かんないけど……でも」


「ああ、悪くない。なんか安心するっていうか」


「うん、そっか。お前、こんな風に想ってたんだな」



 馴染みのない感覚ゆえの不慣れはあれど、その正体に人々が気付くのに時間はかかりませんでした。温かく、心強く、身体の芯から力がどんどんと湧いてくるような。


 誰かが誰かの身を案じている。

 誰かが誰かを信じている。

 誰かが誰かのより良い明日を望んでいる。


 言葉を介さずとも、その実感が、確信が心を奮い立たせる。


 すぐ隣に立つ戦友が、家族が、親友が、恋人が、隣人が、知り合いが、宿敵が、会ったことすらない見知らぬ誰かが、今この時だけは世界の誰もが「あなた」と心を一つにしている。肉体がどこに在ろうと関係なく、世界中の皆の心が大きなうねりに巻き込まれ、その渦を形作る一欠片となっていく。


 誰もが誰もの身を案じている。

 誰もが誰もを信じている。

 誰もが誰ものより良い明日を望んでいる。


 こんなことで世界が終わっていいはずがない。

 人類はこんなことで負けるほど弱くない。

 普段の主義主張がどうあれ、人間関係がなんであれ、人生で一度も顔を合わせないであろう相手だろうがお構いなく、心が一つに合わさっていく。それが確信として理解できる。


 誰かを理解したい。

 誰かに理解されたい。

 自分を分かって欲しい。

 そんな世界中の誰もが人生の中で抱くであろうありふれた願いが、今こうして現実に。自分は、僕は、私は、俺は、「あなた」は一人じゃない。どこかの誰かが共に戦っている。今この時を一緒に生き抜いている。


 それを実感として感じられるだけで、あら不思議。

 さっきまでの絶望はどこへやら。理不尽に立ち向かう勇気がこんこんと湧き上がってくるようではありませんか。



『うん、我も感じるわ。世界中の心が一つになってる……!』


『そうかそうか、どうも悪はハブにされてるみたいで全然感じぬのだが……聞いた感じ、それって特殊なタイプの洗脳では? ヘンな感覚で集団トリップキメて後遺症とか依存性は大丈夫か?』


『ちーがーいーまーすぅ!? 我はちょっとキッカケを与えただけで、人間の皆さんが自発的にひねり出した愛や勇気や希望が、なんだかこう良い感じに合わさったんですぅー!』


『分かった分かった。さっきまでバブバブ言ってた赤ん坊が急に愉快な奴になったものよ。全人類を洗脳というのは魔力やら神力やらのコスト的にもキツかろうし、そういうことで呑み込んでやろう』



 絶望に陥りかけた人類の心が『夢現』で開花した感覚の中で一つになり、極めて健全かつ合法的な形で愛や勇気が奮い立たせられ、ここからもうひと踏ん張りできる程度に持ち直した。それはまあいいでしょう、が。



『人間共が元々持っていた心根を呼び起こされて、隠れていた底力が湧いて来た。これについては、まあ認めてやろう。えらいえらい。とはいえ、それだけでは全体的な戦況を覆すのは無理ではないか? 言っておくが、悪はこんなもんで絆されて手を抜くほど甘くはないぞ』



 これについてはラメンティアの言う通り。人類がいくら力と心を合わせても、それだけでは勝ち目が生まれることはないでしょう。アイだって、それは重々承知しています。だから……。



『うん、そうね。これだけではまだ足りない。人間だけでも、神様だけでも届かない。だから皆で力と心を合わせるの。そのどっちも一緒にね。それにラメンティアさんだって知らないわけじゃないでしょう?』


『はて、なんだったかな?』



 アイが天を指差すと、まるでタイミングを計ったかのように空が割れました。学都近辺のみならず世界中で、怪物を生み出す雨を降らせていた赤い空が砕け散り、元の自然な空が現れたのです。


 それを成したのが誰か。

 あえて言うまでもないでしょう。



『うちのお姉ちゃん達は、それはもうすっごい負けず嫌いなんだから!』



 天を割って降臨したのは見知った面々。

 一回ボロ負けした程度で彼ら彼女らが尻尾を巻いて逃げるはずもなく。


 今ここに最終ラウンドの舞台が整いました。



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