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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
最終章『咲き誇れ、きざはしの七花』
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RED


 ぽつぽつ。

 しとしと。

 ざあざあざあ。


 雨が降り出しました。

 不吉な予感を感じさせる、血のように真っ赤な雨が。


 森に、山に、海に、川に、砂漠に、草原に、都会に、田舎に。

 世界の果ての氷の大地ですらも例外はなく、どこもかしこも真っ赤っか。

 これが普通の雨であったなら、間違いなく大洪水が起きてあちこちの国が水底へと沈む羽目になったでしょう。



「な、なんなんだよ、この雨は!」


「外にいる奴は近くの家に入れ! こんなの浴びたら変な病気になっちまいそうだ」


「さっきの空のヒビといい、あの変な女の声といい何が起きてるんだ? たしか、死ねとかどうとか言ってたよな。この雨って誰かが降らせてるモンなのか……ん、嘘だろ!?」



 ですが、洪水で家が水没する心配は要りません。

 血のような雨を浴びて病気になる心配も。

 干していた洗濯物に染みが残ることすらないでしょう。


 試練は、もっと分かりやすい形で襲ってきたのですから。



「ま、魔物!? 街の中になんで?」


「あの雨だ! 降って来た雨粒が集まってバケモノになった!」


「ひ、ひぃえぇぇ!?」



 あれからほんの一時間も経っていませんが、これは学都の界港で起こった状況の焼き直し。無数の怪物が空から降ってくる現象が、今度は全世界で起こっているというだけの話です。


 なにしろ敵は空から来るわけですから、分厚い壁に守られている都市部だろうと例外ではありません。海に落ちた雨粒はサメやクジラに似たような姿を取って海底の人魚の住処を目指していますし、山脈をくり抜いたような地下帝国でも大小多くの開口部から地下居住区への侵入を果たしています。


 人里から離れた街道や野山を行き交う旅人はもっと大変。

 なにしろ侵入は防げずとも盾代わりくらいにはなる建物の壁すらなく、気付いた時には見渡す限り怪物の群れに囲まれていたような状況なのです。どこを見ても逃げ道などなく、そればかりか時間が経つごとに恐ろしいバケモノの数は増える一方。


 そんな災厄が世界中に、老若男女も身分の貴賤も、ヒト種やエルフやドワーフや妖精といった種族すら問わず、ありとあらゆる人類に平等に降りかかっておりました。





 ◆◆◆





 そんな状況でも事態の中心に近い学都の街は、ほんの僅かながらマシな状況ではありました。式典の警備のために街中を巡回していた冒険者達や、団長こそ不在ですが厳しい訓練で鍛えられた騎士団が、異常事態に混乱しながらも近くの味方と協力しつつ雨の魔物に立ち向かっていたのです。



「オラァッ!」



 “竜殺し”ガルドの拳撃が、自身の十倍はありそうな赤龍の頭部を粉砕しました。

 シモン直々に街の防衛を頼まれた彼ら(・・)は、街の南方から感じる異様な気配や上空の映像を見てもなお任された役目に徹し、今はこうして街中を駆け回りつつ人助けに奔走しているというわけです。



「助かりました、ガルドさん! あれだけの大物は流石に俺らの手に余る感じだったんで」


「いいってことよ。それよか、お前ェら。大物は俺らがまとめて引き受けるからよ、戦えねぇ街の衆をどっかデカい建物に集めて籠城するようにできねぇか?」


「デカい建物っつーと大劇場に領主館に、あと西の大学も使えそッスね。全員をどれか一箇所にってのは避難先の規模的にも移動距離的にも無理あるんで、適当にバラけさせつつ近所の住人を優先して連れてく感じでいッスか?」


「おう、上等上等。兵隊連中にも声かけつつ避難誘導頼まぁ!」



 考えなしに暴れるだけでは徒に犠牲者を増やすばかり。

 ガルドはあちこち駆け回って大物中心に怪物退治に励みつつ、顔見知りの冒険者を見かけては意見交換を交わし、街全体としての避難方針を素早く固めていきました。


 幸い、雨の魔物の強さの平均はそこまででもありません。

 ガルドや同等クラスの実力者でなくては倒せなさそうな大物も稀にいますが、それ以外に関しては街の警備をしていた冒険者や騎士団の正規団員に任せても大丈夫でしょう。だとしても女子供や老人、病人や怪我人を含む全住人を安全な場所まで避難させるとなると相当の難度が予想されました。



「みんなーっ! 慌てず騒がず落ち着いて逃げるように! アタシがちゃんと守ってあげるから!」


「えっ、歌姫フレイヤ!?」


「本物!? さ、サインとかもらえないかな?」


「あはははは、サインなら後で好きなだけ書いてあげるから今は逃げた逃げた! それっ!」



 大物退治に当たっているのはガルド氏だけではありません。

 彼と同じくシモンに防衛を頼まれた歌姫フレイヤもまた、学都の街そのものを燃やさないよう加減しつつも、建物の屋根をピョンピョン跳んで移動しながら人々に襲いかかろうとする怪物を次々と燃やしていました。

 すぐ間近にいる人間には小さなヤケドすら負わさず、狙った獲物だけを燃やし尽くす炎熱のコントロールは見事の一言。今では「元」が付きますが、魔王軍四天王の実力は伊達ではないということでしょう。



「……とはいえ、アタシとあのでっかいオジサンが限界まで頑張っても、この街だけカバーするのでギリギリだよねぇ。世界中を全部守るっていうのは、ちょっと無理! ファンの皆、ごめんねー!」



 ですが、数少ない実力者が頑張るだけでは世界全部を守り切るなど到底不可能。

 ただ単に敵を倒すというだけならば、(元凶たるラメンティアを除けば)フレイヤなら自身の最大火力かつ最大範囲で惑星の表面をこんがり焼き上げることでほぼほぼ達成できる可能性もありますが、そこまで広がった火勢を細かくコントロールするのは魔界最強の火精(イフリータ)たる彼女にも不可能。

 人間への被害を度外視して敵だけをいくら倒せても、それでは意味がないのです。また海中など炎を扱い辛い環境まではカバーできそうにありません。



 現状、全世界の味方戦力の九割以上が集結しているであろう学都近辺ですらこの有り様なのです。他地方の混乱ぶりは想像するに易し。オマケにどれだけ頑張って敵を倒そうが、倒した倍量以上のおかわりが空からどんどん降ってくるわけで。こんなに嬉しくない大盤振る舞いもそうはないでしょう。


 紛れもなく、誇張もなく、人類は今まさに存亡の瀬戸際に立たされておりました。


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