あめあめふれふれ
「止まった、かな?」
遥か宇宙の外側の事情など露知らず、今や廃墟と成り果てた学都近くの界港跡ではレンリ達が僅かばかりの安堵を得ていました。魔王が大暴れした影響で宇宙空間に生じていた空間のヒビ割れ。それがしばらく前から数を増やさなくなったのを見ての反応です。
「魔王さんが正気に返ったのか、それともラメンティア君を完全に仕留めて戦う相手がいなくなったのか。細かいところは分からないけど、とりあえず宇宙崩壊の危機は脱したと見ていいのかな?」
『さて、どうだろう? 私としても若い者を無闇に不安がらせるのは趣味じゃないけど、我々の観測範囲外では依然として環境破壊が進みつつあるって見方もできるからね。あとは一度入った空間のヒビがちゃんと元に戻るものなのかも分からないし』
レンリの楽観的な見方に対し、同じくレンリの人格を内蔵している運命剣が釘を刺します。とはいえ、現状観測しているのは未来の世界でも発生したことがないような未知の現象。そもそも、ここにいる彼女達がどのような見解を持とうが、宇宙の行く末に影響を及ぼせるとも思えませんが。
「いやいや、そう言って賢しらに無力ぶって何もせず諦めるのは感心しないね。私達ひとりひとりに出来ることは高が知れているけれども、環境問題というのはそうした個人個人の意識を変えていくことが結果的に大きな成果を……いや、無理か。環境は環境でも流石に宇宙環境は手に余る。そうだ一応聞いておくけど、ネム君。宇宙って『復元』できるかい?」
『はい、やってみますわ! むーん、むむむ……無理でした!』
「だよね! うんうん、ネム君は悪くない。ナイスファイト。アレが自然に直るものじゃないなら、後で魔王さんに自分で後始末してもらう方向で考えようか」
破壊された月を元通りにしたネムでも、流石に直す対象が全宇宙となると手に余るようです。ここ数か月の伸び率を考えれば、数年から数十年ほどの修行で現実味を帯びてくる気もしないではないですが、少なくとも現在はまだ無理。
つまりは宇宙のヒビ割れに関しては現状誰も何もしようがないわけで、ならば解決できない物事に無駄と分かっている労力を注ぎ込んだりストレスを溜め込むのは非合理的でしょう。
「じゃあ、いったい何をするのが合理に見合うのかというと、パッと思いつくのだと壊れた界港の修理……これはネム君に任せればいいかな。あとは、どこかにブッ飛ばされたきり帰ってきてない皆の回収。そのうち勝手に戻ってくるかもと思ったけど意外と時間かかってるからね。それと、これが一番大変そうだけど世界中のあちこちの国での情報工作かな。適当なカバーストーリーをでっち上げて一般の人達の不安を和らげるにしても、何をどうすればいいのやらだ」
現実的にできることを探っていくとなると、どうしても地味で地道な後始末にばかり偏ってしまうようです。先程までのラメンティアの発言から、この場での出来事が少なからず全世界の人々にお届けされてしまったのはレンリ達も察していました。
それに加えて、世界そのものがどうにかなってしまうのではと思わせる空のヒビ割れ。何も事情を知らない一般民衆の不満や不安を解消・納得させるとなると、果たしてどんな作り話をすればいいのやら。流石のレンリにもまるで見当が付きません。
『いやいや、そういう誤魔化しは良くないと思うぞ。ここはだな、あえて何もかも正直にブチまけて、それを聞いた者達の度量に先行きを委ねてみるのはどうだ?』
「それって要は考え無しの行き当たりばったりってことでしょ? 人間の善性を信じると言えば聞こえは良いけど、個人的にはあんまり気が進まないかなって。ところで、おかえりラメンティア君。魔王さんとの勝負はどうだった?」
当たり前のように会話に混ざってきたラメンティア。
自力で宇宙の外側まで移動するのは不可能ですが、なにしろ今の彼女はこの世界と、すなわちこの惑星と合一化を果たしているわけでして。行くのは無理でも、戻ってくるだけの片道通行ならば一瞬で済ませることができるのです。
『いやぁ、無理無理。あんなん何をどうやっても勝てる気がせんわ。戦い方が派手過ぎて女神の奴がめっちゃ不安がってたから、どうにか不死性を保って死にはせんかったが』
「ははぁ、そういう意味では便利な体質だね。それで魔王さんはどこだい? さっきまで盛大に壊してた宇宙を直してもらおうと思ってたんだけど」
『ああ、魔王か。あいつなら……ほれ』
ラメンティアは手元の空間に開けた『奈落』の暗黒から、ご所望の人物を取り出して地面に放り捨てました。倒れたままピクリとも動かない、心臓の停止した魔王の肉体を。
『うむ、真っ当に勝負して勝つのは無理だった。あんなものは到底勝利とは呼べん。ルールもなく審判もいない戦いではあったが、謙虚な悪は素直にそう認めるとも。だがなぁ、力では劣っていても知恵と工夫で格上の相手を打ち破ることは必ずしも不可能とは限らんのだ。ほれ、そういうのレンリも得意だろう?』
愛娘の姿に変身して魔王が攻撃できなくなったところに、更なる一工夫。
その一工夫の詳細については後で改めて語る機会を設けるとして、たしかに知恵と工夫ではあるのでしょう。たまにレンリがやるソレと比べても、あまりに悪意が強めでしたが。
諦めなければ夢は叶う。
諦めなければ悪夢は叶う。
『さて、人類よ』
魔王を知る者ほどに大きな衝撃を受けたであろう、この状況。
彼ら彼女らがその情報を呑み込む猶予すら与えずに、ラメンティアは世界に向けて告げました。一度は消えた上空の映像が再び映し出され、彼女の姿と声を全人類へと届けます。
『安心しろ。悪はな、別にお前らを滅ぼしたり支配したいわけではない。そこは勘違いするでないぞ。だが……積極的には滅ぼさずとも結果的に滅びてしまったのならば、それはもう仕方ない。この程度の試しも突破できん奴はつまらん。死ね』
物騒極まる言葉の意図は、間もなく明らかとなりました。
この戦いの序盤にラメンティアが宙に浮かべた、異形の怪物が無限に湧き出る深紅の血玉。その技の規模を極大化したような具合でしょうか。惑星全土が怪物の雨を降らせる真っ赤な天井に覆われたのです。
『正念場だぞ。人類』
直後、世界のありとあらゆる土地に禍々しい赤い雨が降り出しました。
人類の真価を測る、試練の雨が。




