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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
最終章『咲き誇れ、きざはしの七花』
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不死身のドM


 理性を失うほど怒り狂う、フリ。

 その言葉で魔王は攻撃の手を止めました。



『先に言っておくが、どうして分かったとか間抜けな質問などするでないぞ。一方的にボコられておいてなんだが、そなたが本当に本気を出していたらあの程度で済むわけがなかろう。なあ、魔王?』



 怒ってはいる。

 しかし、怒り狂ってはいない。

 狂気ではなく理性に従って攻撃していた。



『悪もな、これでも視力にはそこそこ自信があるのだ。そなたの攻撃や移動の余波で宇宙が盛大にヒビ割れて壊れかけてはいたがな、一見すると無秩序に思えるヒビの長さや向きが実は繊細にコントロールされていた。具体的には、生き物のいる星は全然巻き込まれておらんかったろ?』



 何度も何度も蹴られ殴られ、幾度となく微細な肉片にまで打ち砕かれつつも、ラメンティアは冷静に周囲を観察していたのでしょう。それが本当ならば、たしかに狂気に染まっていては到底できそうもない芸当です。

 同じ宇宙のみならず、空間のヒビ割れから覗いていた他の世界も同様。魔王が細心の注意を払っていなければ、いくつの異世界が巻き添えで滅んでいたかも分かりません。



『生き物といっても、大半は宇宙人とも言えぬような原始的な微生物がいるかどうかって程度の星だったがな。あんなモン、いくら巻き込んだって不満や文句を考える頭すらもなかろうに』


「……そういうわけにはいかないよ。僕達の事情で関係ない生き物を巻き込むのは気分が良くないからね」


『おっ、ようやくマトモに喋る気になったか。普段怒り慣れてないせいか、さっきまでは「あ」をひたすら連呼するだけだったからな。もうちょい怒り方のバリエーションを増やしてくれんと面白味に欠けるというものだ。そんなだと子供を叱るのもヘタクソだろう?』


「うん、うちの奥さん達にもよく言われる」



 魔王もとうとう観念したのでしょう。

 怒り狂うフリはやめることにしたようです。



「でもね、ラメンティアさん。僕は本当に怒ってはいるんだよ、今もまだ」


『ああ、さっき適当に家族を殺すと言ったのが随分効いたらしいな。すまんすまん、反省……は別にしておらんが。まあ、そなたが戦いに応じてくれたのでそれはもうよい』



 ラメンティアが脅すようなことを言ったのも、元はと言えば戦う意思のない魔王をその気にさせるため。戦闘とすら言えないような一方的暴力とはいえ、望みが叶った以上は最早魔王の家族を狙う理由もありません。

 ほんの軽い気持ちの思いつきでまた同じようにする、あるいは他の誰かをターゲットに据えることは大いにあり得そうですが。




『で、どうする?』


「……正直、困っちゃうかな」



 しかし、身内への害意が消えたからといって、これほどまでに危険な相手を野放しにしていいものか。魔王の悩みはそのあたりにあるのでしょう。後顧の憂いを断つならば、跡形なく消滅させておくべきかもしれません。



『まあ、そうしたいならそれもよい。なかなか面倒だとは思うがな。そなたが宇宙を滅茶苦茶にしたせいで、どうも女神の奴の不安の虫がまた騒ぎ出したらしくての。細かい説明は面倒なので端折るが、ああいう派手な戦い方をするうちは悪ってばガチの不死身になっちゃう的な?』



 なんとも困ったことに、女神に不安を与えるような周辺被害の大きい戦いでは絶対にラメンティアを滅ぼせないのです。ここまで見てきた異常な不死身ぶりからも、その点に関してはまず間違いないでしょう。



『それか女神の奴を殺せば悪もセットで死ぬかもしれんが、ワンチャン試してみるか? あとは倒すんじゃなくて封印する方向で考えてみるとか? 電気屋で電子ジャーとか買ってくるなら待っててやるぞ。ううむ、このへんの発想は多分ウルが読んだ漫画由来っぽいなぁ。さっきテレポート的な一発芸を覚えたばかりだし、今の悪なら閉じ込められても普通に出てこれそうではあるが』

 


 ラメンティアを滅ぼすために女神を殺すのは論外。

 魔王がその選択肢を選ぶことは絶対にないでしょう。

 かといって、彼女自身も言うように封印の類はできるかどうか。痛めつけて心を折ろうにも、さっきまでの反応を見る限りでは、ダメージを与えれば与えるほどかえって喜ぶばかりでしょう。いつぞやシモンがライムの『根性』を斬って痛みへの耐性をゼロにしたことがありましたが、そもそもの受け取り方が異常な相手だと同じ手は使えません。


 いつでもどこにでも現れる不死身のドM。

 なんとも厄介な存在がいたものです。



『うむ、それで話は変わるがな。悪ってば、さっき強くなったあたりから、どうもイライラが収まらなかったのだ。最初はそなたという切り札のせいでレンリ達が余裕こいてたのがムカつくのかと思っておったが、どうもそういうワケではなかったらしい』



 しかも、その不死身のドMは決して考え無しというわけではない。しっかりと物事を考えた上で、普通の人間や普通の神ならば絶対に選ばない結論を嬉々として選択するのです。



『いや、それにしても魔王よ。実際に散々やられて実感したが、そなたの強さは実に大したものだ。その気になればありとあらゆる世界を本当に滅ぼし尽くせるやもしれん。そんなツワモノに守られている民はさぞや安心であろう』


「ええと……ありがとう、でいいのかな?」


『でな、その民が……ああ、この場合は魔界だけでなく人間界や地球の連中もだな。そいつらにイライラしてたのが分かったから、これからちょいと気合を入れてやろうかとな』



 急に褒められて困惑した魔王ですが、この発言は看過できません。

 言い方こそ「気合を入れる」などという軽いものですが、つまりは魔王に守られている無辜の人々になんらかの危害を加えるつもりなのでしょう。



「頼んでもやめてくれないんだよね?」


『うむ、魔王もようやく悪のことが分かってきたようだな』


「そうか……じゃあ、仕方ないね」



 魔王としては気の進まないこと甚だしい状況ではありますが、こうなっては仕方なし。女神が観測し得る場所で攻撃する限りは不死身だというのなら、どこか無人の異世界にまで殴り飛ばし、そこで完全なる決着を……と、考えていたのですけれど。



『くっくっく、かかっ! 魔王よ、そなたは強い。悪ではとても敵いそうもない……だがな、勝てはせぬまでも負け方を選ぶくらいはできるのだ。「嫌がらせ」と言い換えてもよいかもな?』



 攻撃の再開を決めた魔王が、ラメンティアの顔面を殴りつける寸前。

 恐らくは、ウルから引き継いだ力を応用した変身能力でしょう。



「え……それ、は」


『「いやっ、やめてパパ! ぶたないで!」……なんてな! かかっ、悪の演技力もなかなかのものだろう。生まれつきの記憶はあれど直接の面識がないゆえ、どこまで再現できるか不安だったが、その顔を見る限りは瓜二つといったところか』



 魔王の愛娘アリシアに化けたラメンティアは、姿の元となった彼女なら絶対にしないであろう邪悪な笑みをニィと浮かべて、咄嗟に攻撃の手を止めた魔王に言いました。



『くくっ、思う存分に愛娘と同じ姿を叩きのめすといい。なぁに、気にするな。しょせんは似ているだけの別人よ。心の広い悪は抵抗も反撃もしないでやろう。親に虐待される可哀想な子供の真似くらいはするかもしれんが……おやおや? どうした、来ないのか?』



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― 新着の感想 ―
さすがは悪神だけはある。 いっそのこと、地獄に張り付ければ良いかも
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