破壊の宙
世界の滅亡。
それを考える上で絶対に外せない疑問があります。
すなわち、『世界』とは何か?
例えば、女神が『世界』という言葉を用いる際に意味するのは自らが司る一個の惑星。もう少し解釈を拡大しても月辺りの宇宙空間まででしょうか。この場合、観測はできても干渉はまず不可能な遥か彼方の星々は『世界』の定義から外れるわけです。
あるいは、ごく普通に暮らす市井の人々にとっての『世界』。
これは自分達が暮らす国であったり、更に狭い街や村といった日常の生活圏とほとんど同じ意味合いである場合もあるでしょう。世の中には生まれてから死ぬまでを、一生同じ村の中だけで過ごすような人生を送る人間だってそれなりにいるのです。
もちろん彼らとてその外側にも見知らぬ国があり人々が暮らしているという知識を持ってはいるのですが、実感を伴う感覚としてそれを同じ『世界』だと言い切れるかどうか。
別に個々の認識する『世界』の定義が狭くて悪いわけではありません。
そこに優劣などなく、ただ同じ言葉をどういう意味合いで使うかという差異があるだけ。どこまで広く、どこまで遠くまで、『世界』に実感が伴うかという違いでしかないのです。
そういう個人差の話をするならば、魔王にとっての世界とは極めて広いものになるでしょう。なにしろ、その気になれば全宇宙のどこにでも干渉できてしまう。どこまでも実感というものが付いて回る。
ならば、彼にとっての『世界』とはつまり全宇宙と同義なのか。
否。
宇宙の全部ですらまだ狭すぎる。
人類に観測可能な宇宙の直径約930億光年の外側にも、宇宙としては数えられない観測不能の空間は存在するでしょう。魔王がその気になれば行くことのできる『世界』として。
更に更に、異世界や別世界に並行世界といった別軸を含めたらその広さは桁違いに増えていきます。無限無数に広がる異世界すらも現実的な実感を伴う『世界』の範疇。やろうと思えば観測できるし干渉できる。できてしまう。
迷宮達が創った天国や地獄のような死者の世界。
本来は特定の存在しか立ち入れない神界。
多くの世界が内包する、あるいは外付けの隠しステージさえも、その例外とはなり得ない。
どこか一つの惑星上に存在する国家。
どこか一つの惑星上に栄える生物種。
そういったモノが滅びたことを指して世界の終わりと表現することもできるでしょう。
物理的に星そのものが砕けるとか、強大な神性の権能により宇宙が燃え尽きるとか、超常存在の見ていた夢として泡沫の如く消え去るのもまた世界の滅亡ではあるわけです。
それら全てを含めたありとあらゆる全て。
ヒトも神も、生者も死者も、過去も未来も高次元も輪廻転生も関係なく、どこかの世界の誰かが認識し得る『世界』を合わせた全部を残らず諸共に。その一切が誇張なく消え去るようなことがあるならば、それはもう否定のしようもない完全なる滅び。世界滅亡の最上級と言えるのではないでしょうか。
◆◆◆
『くくっ、かはは! 凄まじいな、手も足も出ぬとはこういう感じか!』
女神が司る惑星から遥か遠く。
距離にして数十億光年も彼方の宇宙空間にて、消滅寸前の肉片となったラメンティアは、それでも元気に再生を試みておりました。ほんの小指の先ほどもないような欠片にボコボコと肉が盛り上がり、ヒトに似た姿を取り戻すまで数十秒。
殴り飛ばされた勢いで、いったい幾つの銀河系を貫通してきたのかも数え切れません。巨大な恒星を突き抜けた衝撃で大爆発を起こさせ、突入したブラックホールに全身を捻じ切られるも殴り飛ばされた勢いが強すぎて重力圏を脱出し、とうとうこんな所まで来てしまったのです。
加えて、魔王が打撃を繰り出した際の余波だけで空間が歪み捻じれて大きな裂け目が。レンリ達のいる惑星上からは細いヒビ割れのように見えていましたが、その実際の大きさは一本一本が数百から数万光年もあろうかというほどの長大さ。
しまいには打撃の余波のみならず単に魔王が移動しただけ、息を吐いただけでも似たような現象が発生し、そうして露出した世界の外側に数多の星々が呑み込まれていっています。
明らかに尋常の物理法則ではあり得ない現象が起きていますが、今の魔王にとってはそういった既存の法則もまた破壊の対象。ルールなどあってなきが如しなのでしょう。
「あ、あああっ、あああああああ!」
『おっしゃ、再生終わり! よし、今度は一発くらい返してや――』
肉片になろうが塵になろうが元通りになるラメンティアの回復力は大したものですが、今度もまた突き出したパンチが届くより前に魔王の拳が顔面に突き刺さっていました。彼女とてパワーアップを経たことで超光速の領域にまで手をかけている超越者であるはずが、まるで反応すらできません。
『うーん、まるで「時間でも止められた」みたいだの……いや、無意味にカギカッコで囲ってはみたものの、多分時間をどうこうというアレではないっぽいが。運命だの因果律だのを改変して攻防の過程関係なく自分の攻撃が先に当たった現実を直で実現してるとか……でもなさそうだなぁ。そういうのも、やって出来なくはないのかもしれんが。いやもう、お前まるで意味分からんな!』
このあたりで更に追撃の前蹴りが。
このままだと遠からず宇宙の外にまで蹴り出されてしまいそうです。
魔王が何かしらの秘密の能力に頼っているのなら、何でもありの『奇跡』で無効化するなり自分も使えるようにするなりもできたでしょう。存在そのものが心底ふざけてはいますが、相手が悪すぎるだけで今のラメンティアも結構大したものではあるはずなのです。
しかし、何をどう頑張っても結果は一方的にやられるばかり。不死身な上に苦痛そのものをある種の快楽として肯定的に受け取る彼女だからこそ心身共に無事ですが、反撃の糸口となるとサッパリ不明。
こういうスキルがあるから強いとか、こんなにパワーやスピードがあるから勝てるとか、そういう強さの理由を考えること自体が根本的にズレているかのような。あくまでラメンティアの勘ではありますが、あまりにもワケが分からなさすぎて強さの理由や弱点を探って対策を打とうという発想からして的外れとしか思えません。
『おっ、なんか周りの雰囲気が変わったな? へー? ほー? 人類には観測できない宇宙の外ってこんなんなっとるのか。絵にも描けないし言葉にもできないような感じだなぁ。後でレンリや女神の奴に自慢してやるか。どっかその辺に絵葉書とか売ってる土産物屋でもあったりせん?』
そうして戦いの舞台は……この一方的暴力を戦いと称すべきかはさておいて……とうとう、数百億光年彼方の宇宙の外へ。先程までチラホラ見えていたヒビ割れから覗く世界の外側とはまた趣が違います。ビッグバンによる宇宙創世当時に発された光をも追い抜いて、とんでもない場所にまでやってきてしまいました。
特に天文ジャンルに興味があるわけではないラメンティアですが、とても言葉では言い表せないような光景には感心しきり。真っ白に燃え尽きた灰の状態から肉体を元に戻しつつ、未知の天文ロマンを堪能しています。
「あああああああああああっ!」
『おいおい、まだキレとるの? にしても、さっきから「あ」しか言っとらんなコイツ。ゲームのRTAで入力時間短縮のために名付けられた雑ネームか! 悪もなんで自分にそんなジャンルの知識があるのか知らんが、多分ウルかヒナあたりから引き継いだものだろうなぁ』
ここまで来てもまだ魔王の怒りは収まらないのか。
ラメンティアの言葉にも反応せず、更なる追撃を叩き込もうとして……。
『悪が言うことではないと思うが……いや、本当に言うことではないんだが、まあ、ちょっと落ち着け。理性を失うほど怒り狂う「フリ」とか、もういいから』
その発言に何か思うところがあったのか。
魔王は攻撃の手をピタリと止めました。