怒りのふしぎ
一発逆転の大博打は見事に成功。
聖杖『アカデミア』に接触したラメンティアは神器の機能を利用して、劇的なパワーアップからの逆襲を成し遂げたわけですが、そのあたりの流れをもう少し詳しく振り返っていきましょう。
『ふむふむ、悪の自慢のツノにヒビ割れが入って中から光が漏れ出ているような? ていうか、周りの皮膚とか服にまでヒビ割れ模様が走っておるし、一気にエネルギーを詰め込めすぎてパンク寸前だった感じっぽいな。あっぶなぁ……』
生首状態で数キロ先の聖杖に激突したはずのラスボスは、いつの間にやら元々いた界港で手鏡片手にファッションチェックに勤しんでおりました。肉体の欠損に関しては持ち前の回復力で再生した、また手鏡はゴゴの能力を使って創り出したのでしょうが、ここで注目すべきはちょっと前まで戦っていた面々の誰も彼女の動きに気付けなかった点でしょう。
単なる超高速移動は元より魔法的な手段による空間転移だとしても、無闇やたらに戦闘力がインフレした面々ならば反応できないはずがありません。仮に彼ら彼女らの動体視力や反射神経を超える超光速の域だとしても、それならばまだ理解の範疇。
『なるほど、なるほど。世界との合一化、世界と一体になるというのはこういうことか。世界ある所に悪もまたあり。いちいち移動するまでもなく、最初からどこにでも居る的な?』
相変わらずのサービス精神と自己顕示欲のおかげで、そのあたりの謎はあっさり判明しましたが。今のラメンティアは世界そのものであるがゆえに、忙しなく飛んだり走ったりするまでもなく、どこにでも居るしどこにも居ない。感覚的には空気のようなものと考えるのが近いでしょうか。
『空気みたいと言うと悪の存在感がないみたいで、それはそれで不適当な気もするがの。さてさて、それでは解説パートはこのくらいにしておくか。ちょいと観客も増やしたところで、世界をブチ上げていこうかとな。具体的には、そなたらにさっきやられた分のお返しをする方向で』
『なのっ!?』
言い終えるや否や、ラメンティアは二十メートルほど離れた位置に立っていたウルの背後に現れて、側頭部に裏拳を一発。不意討ちに反応できなかったウルは、ぐるんぐるんと全身を猛回転させながら一瞬で大気圏を離脱。宇宙空間にまで吹き飛ばされてしまいました。
「わくわく」
『おお、ライムか。この状況でワクワクできるとは凄いな、そなた。だが』
ウルを殴った手を引き戻すより早く、即座に状況に反応したライムはラメンティアの背後に空間転移。ついさっき彼女自身がウルにやったように、刃物のように鋭い延髄斬りを背後の死角から叩き込んだ……と、そう確信していたのですが。
「ぎゃふん」
『くかかっ、物の例えではなく本当に「ぎゃふん」と言わせてやったぞ』
蹴りが皮膚に触れてから対応して、なお余裕で間に合う反応速度。
絶対に避けられないタイミングで蹴り込んだはずが、ライムが気付いた時には逆に打ち下ろし気味のハイキックを背中に受けて、地面に深々とめり込んでおりました。
ライムの『自由になる』能力は、使い方によってはありとあらゆる敵の攻撃をすり抜けさせて無効化可能な反則的スキルですが、自らが敵に攻撃する瞬間にだけは解除せざるを得ない。そんな刹那の隙間を見切って反撃を決めたのです。
『よしよし、少し慣れてきたからギアを上げていくか。頼むから簡単に死んでくれるなよ』
ライムがやられた次の一秒で事態は一気に進みました。
シモン、ユーシャとゴゴ、ヒナ、モモ、ヨミによる一斉攻撃。
やられた仲間を心配する気持ちは当然ありますが、流石に実戦慣れしています。見事な切り替えの早さでした。
『視線』を斬って自身の接近を視認できないようにし、変幻自在の聖剣を鞭のようにしならせて首と四肢とを同時に狙い、超光速の水の弾丸を撃ち込んで、自らの手のひらに小さく展開した『奈落』を掌底の要領で叩きつけ、そんな皆の攻撃力と速度をそれぞれ『強化』。
『おお、怖い怖い。危うく殺されるところであったわ』
そんな絶命必至の連携攻撃は、ものの見事に打ち破られてしまいました。
斬撃という斬撃を新たに生やした腕の手のひらで白刃取り、水の弾丸は体表に開いた『奈落』で呑み込み、打ち込まれたほうの『奈落』は同じ能力による力業で閉じられる。
更には強烈極まる『弱化』で一時的に常人並みの速度でしか動けなくなった皆に、ラリアットやドロップキック、高く跳躍してからのフライングエルボードロップなど、何故かプロレス技縛りで一方的に蹂躙していきました。
別にプロレスに思い入れがあるわけではないのでしょうが、先程喰らいかけたライムの延髄斬りのせいで何となくプロレスの気分になったのと、あとは動きが派手で見栄えが良いのが好みに合っていたのかもしれません。
ここから先は既に語った通り。
迷宮達やシモンやライムやユーシャも流石のタフネスでダメージに耐え、また驚異的な短時間で傷を治して再び打ちかかって行ったものの、まるで勝負になりません。
『悪、最強! くかかかかっ!』
そうして、フラフラでボロボロのシモンが宇宙空間まで叩き出されたのが、先程から全世界の空に映し出されている光景だったというわけです。
◆◆◆
大きなパワーアップを果たし、さっきまでの雪辱も晴らし、全世界の人類に自分の強さを見せつけることもできた。ラメンティアとしては、この上なく良い展開であるはずなのですが。
『くかかっ、かかかか、かぁーかっかっか…………うん? ううむ、これは? はて、どういうわけだ?』
全世界に迷惑な高笑いをお届けしていたのも束の間。
何やら首を大きく傾げて不思議そうな顔をしています。
『なあ、レンリよ。そなたは小知恵が回るから少し尋ねたいのだが』
「そこは『小』を付けないほうが嬉しかったけど、私に答えられることなら答えるよ。だから私の命だけは助けて欲しいかなって!」
『息をするように自然な命乞いが面白かったのでそれは別に構わんが、まあ、その前に悪の話を聞くがよい。悪は……どうしてまだこんなに怒りを感じているのだ?』
果敢に立ち向かっていく者がいなくなったタイミングで落ち着いたからか、ラメンティアは奇妙な疑問を口にしました。
自分がどうして怒っているのか分からない。
聞かれたレンリも、これだけではどう答えたものかさっぱり分かりません。
『さっきやられた分に関しては、今見た通りやり返してスッキリしたはずなのだがなぁ。いや、マジでマジで。ほら、悪ってば過ぎたことを引きずらないサッパリした性格だし?』
「うんうん、そういうのは自分で自称しないほうが更に良いと思うけど、わざわざ質問するってことは殴られたり斬られたりした分に関してはもう本当に全然気にしてないんだよね? そもそもの話、神様のストレスからオギャアと生まれたストレス太郎ことラメンティア君は、特にこれといった理由がなくてもそういう悪感情に自然と染まってしまう体質だったり? 都合の良いギミックでパワーアップしたせいで、そのあたりの負の性質まで強化されてしまった……とか」
『ううむ、多分だけどそういうのとは違う気がするのだよなぁ……』
ラメンティアは何かに怒っている。
だけど、何に怒っているのかは彼女自身にも分からない。
そのせいで今まさに勝利を収めたばかりだというのに、嬉しさよりも困惑のほうが勝っているようです。レンリとしても一応の推測を立ててはみたものの、この感じだと的を得ているとは言い難いのでしょう。
『これが魚の小骨がノドに刺さったような感じというものか? 魚、食ったことないが』
「疑問の答えについては見当も付かないけど、じゃあ、話題に出たことだし今から魚料理でも食べに行くかい? この時間ならまだ開いてる店もあるだろうし」
『なにが「じゃあ」なのか全然分からんが……いや、そうか。一つ心当たりが浮かんだぞ。レンリよ、この期に及んでもそなたの余裕が崩れんのは今もまだ最大の切り札を残しておるからであろう? 「それ」が原因なのかは悪としてもイマイチ判然とせんのだが、まあ物は試しだ。あとは単純に世界最強というのがどの程度のモノか興味もある』
怒りの理由については一旦さておき、レンリが切り札を残しているのはその通り。
そのカードが有ると無いとでは彼女の反応もまた違ったものになることでしょう。
『では、悪のほうから呼んでやろう。コスモスよ、今もどこからかこちらを覗き見ているのであろう? そちらも大変なところ悪いが、ちょっと魔王の奴を呼んで来るがよい。古式ゆかしい言い方だと「タイマン張るからツラ貸せや」というやつだな!』