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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
二章『天命流転都市』

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大雑把モーニング


「む、ん……朝? ここは……?」


 朝日が昇りきった頃、死んだように眠っていたシモンは目を覚ましました。

 寝起きで頭が働いていないのか、まだ状況を理解できていないようです。


 そのままぼんやりと天井を見上げていると、



「あ、起きた」



 彼の様子を見にライムがやってきました。



「おはよう」


「うむ、おはよう……俺は、寝てしまったのか?」


「疲れて寝ちゃったから運んできた」


「そうなのか? どうも昨夜の記憶があやふやだが……いや、まあよい。礼を言うぞ」


「どういたしまして」



 昨夜、執務室で仕事中に“疲れて寝てしまった”シモンは、その前後の記憶を失っているようです。決して腹部への強烈な打撃でノックダウンさせられたとか、そんな事実はありません。関係者全員が「白」だと言えばカラスだって白くなるのです。

 まあ、あのままだとシモンは本当に衰弱して倒れるまで働き続けていたかもしれませんし、無理にでも休ませたのは、それほど間違った判断でもないでしょう。いえ、そんな事実はないのですが。



「具合は?」


「ああ、すこぶる快調だ」


「忙しくても寝ないとダメ」


「うむ、そうだな。どうやら気を張りすぎていたらしい」



 昨夜までの、まるで鉛を詰め込んだかのような頭は一晩ぐっすり寝たおかげですっかり軽くなり、シモンも自分がどれだけ消耗していたかを実感していました。

 どんなに忙しくとも、むしろ忙しい時にこそ、休憩は大切です。

 特に組織の長ともなれば、正常な判断力を維持するのはもはや義務。それに上が率先して休むくらいでないと、下の人間が休みづらい空気になったりするものです。




「ここは……三階の会議室か? たしか客人を泊めている部屋だったな」



 シモンが寝かせられていたのは、いくつかある会議室の一つに毛布を敷いて眠れるようにした部屋。昨日保護した少年少女に割り当てたはずの部屋ですが、彼らの姿は見えません。

 室内に置いてある他の毛布には使われた形跡がありますし、どうやらここに泊まったのは間違いないようですが。


 

「彼らはどこに?」


「あっちの部屋」


「なに、隣は確か」



 ライムは、部屋の壁を指差しました。

 どうやら、隣の部屋にいるということのようですが、シモンの記憶によるとその部屋は……。









 ◆◆◆








「はっはー! 惜しかったねぇ」


『むむむ、もう一回!』


「くそっ、また負けた」


「兄ちゃん、他はダメダメだけど、こういうのだけは強いんだよねー」


 朝早くに目を覚ましたレンリとウルは、隣の部屋に保護・勾留されているラックにサイコロによるリターンマッチを挑んでいました。特に何も賭けてはいない純粋なゲームですが、レイルも一緒になって四人で仲良く遊んでいます。



「そなたら、いったい何をやっておるのだ?」


『あ、シモンさん! おはようございます!』


「うむ、おはよう」


「やあ、騎士さんも一緒にどうだい?」


「……いや、俺はもうサイコロは結構だ」



 質問については上手くはぐらかされてしまいましたが、どうやら彼らは本当にただ遊んでいるだけのようです。まあ、保護といっても何もない部屋でずっとおとなしくしているのは退屈ですし、ヒマ潰しのネタを求めてこちらの部屋にやってきたというところでしょう。


 別の事件の容疑者である四兄弟ですが、同時に昨日の事件についての被害者、兼重要参考人、兼保護対象という、なんともややこしい扱いになっています。

 純粋な被保護者であるレンリやウルと一緒にしておいてもいいのかはシモンとしても大いに疑問ですが、ライムが見逃しているなら大丈夫だろう、と大雑把に状況を飲み込みました。



「む、そういえば他の三人はどうしたのだ?」



 と、ここでシモンは他の三人、ルグとルカとリンの姿が室内にないのに気が付きました。



『あ、それなら』


「料理中」



 ライムの言葉の直後、タイミング良く部屋の戸が開きました。



「皆、朝ごはん作ってきたわよ」


「お鍋……ここ置く、ね」


「ほら、テーブル片付けなさい」


「「『はーい』」」



 どうも、本部内にある厨房を拝借して自分達で食事を作っていたようです。遊んでいた皆がサイコロを片付けると、ルカが料理の入った巨大な寸胴鍋をドスンと置きました。

 ちなみに、完全なるオカンの貫禄を漂わせているリンですが、彼女はまだ十代。家族内でずっと母親代わりを務めていたせいで、こういう役目がやたらと板に着いているのですが、実はちょっと気にしています。乙女なので。



「あ、昨日の騎士の人とエルフ。朝ごはん作ったけど貴方たちも食べる?」


「食べる」


「いただこう。しかし、猫の手も借りたいとは言うが……いいのかコレ?」


「いいんじゃない? 何も言われなかったし」


「一応、俺が見張っといたんで。あと他の休憩中の人達も普通に同じの食ってます」



 現在、騎士団は上から下まで大忙し。

 市内の巡回は普段の三倍以上の数を動員し、聞き込みや情報収集にも大きな労力を割いており、はっきり言って食事の準備に回す手間も惜しい状況。

 厳密に考えると色々と問題がありそうですが、リン達が自分で食事を用意し、そのついでに全体からすると一部とはいえ兵の為の食事も作ってくれるのは、正直とてもありがたかったのです。多少の横紙破りには目を瞑ってしまいたくなるくらいには。



「何故か塩漬けとか燻製の熊肉が大量にあったのよね。聞いたら好きなだけ使っていいって言われたから」


「それ、私の差し入れ」


「ロノにも……塩抜き、したお肉……あげたの」



 食材に関しては、厨房横の食料庫にあった熊肉が主に用いられたようです。

 毎週毎週数百kg単位で運ばれて来るライムの差し入れを、食べきれない分は止む無く塩漬けや燻製に加工して保管していたのですが、安く大勢の腹を満たすには非常に役立っていました。


 ちなみに今朝のメニューは、熊肉と野菜や芋が大量に入ったシチューもどきのごった煮。

 塩抜きした肉を牛乳に浸けて臭みを抜き、その間に皮を剥いて食べやすい大きさに切ったニンジンやポテトやカブ、タマネギ、ブロッコリー等と一緒に煮込んだ適当料理です。


 朝食としては少々重めですが、とにかく煮込んでしまえば一気に大量に作れるし栄養豊富なので、こういう時には向いています。それに熊の癖を消すためか香草の風味が効かせてあり、なかなか美味しそうでした。



「……まあ、よい。いただくとするか」



 ここ何日かまともに食事をしていなかったせいでしょう。一晩寝て体力は多少回復したとはいえ、一度意識するとかなりの空腹感がありました。結局はシモンも諸々の問題には目を瞑り、皆と共に熊シチューを食べ始めるのでした。




食材が色々あるのは社員食堂的な施設で使うので。普段は調理訓練も兼ねて新兵が当番制で回していますが、現在は忙しいので停止中。

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