ラストバトルの後ろ側
まだ何も悪いことをしていない者を一方的に倒すのは気が引ける。
ならば、そんな悠長なことを言っていられない状況にすれば万事解決。
『かかっ! そらそら、頑張って立ち向かわねば怪我では済まぬぞ?』
そんなラメンティアの冷静かつ的確な判断力のおかげで、すっかり戦いやすくなりました。皆の頭上に浮遊する巨大な血液塊からは次々と異形の怪物が生まれ落ち、その勢いは時間の経過に伴って衰えるどころか増す一方。現時点ですでに百を超える魔の軍勢が、式典の参加者や警備の人員目がけて襲い掛かっています。
一応、事前に言われて武装を整えてはきたものの、いざ実戦となれば怖気がつくのも無理はありません。界港一帯は途端に大パニックに陥りました。
「うわぁ、ヒレが刃物になった殺人マグロが突っ込んでくる!?」
「海のマグロと同じで時速80キロくらいは出ているみたいだ……くそっ、いったいどうやって自在に宙を泳いでいるのか気になる! じっくり調べたいから、なるべく生け捕りにするぞ!」
「うおっ、あっちから背中に翼の生えた豚の体当たりが!? 食べたら豚肉の味なのか鳥肉の味なのか気になって仕方ないぜ!」
界港一帯は途端に大パニックに陥りました。
界港一帯は途端に大パニックに陥りました。
意外と余裕ありそうに見えたとしたら、それは多分気のせいです。
「円陣を組んで招待客を守れ!」
「無理して攻勢に出る必要はない。とにかく囲いを抜かれぬことだけ意識しろ!」
騎士団のような集団戦の心得がある者達は、日頃の訓練の成果を存分に発揮して守りに適した陣形へ。戦う自信のない高齢者や女性を二重三重の人の輪で囲い、鉄壁の守りとしていました。
ここ学都の騎士団のみならず、諸外国の貴人の護衛として居合わせた他国の騎士。同じく出席者の護衛として来ていた地球各国の軍人や警察官。ついさっき雇われて、ワケも分からずここまで連れて来られた不幸な冒険者。異常な状況に面食らいながらも、即座に自分達の役割を把握して動けたのは流石の胆力と言うべきでしょう。
突然始まった乱戦に誰もが混乱し、一時は四方八方に散り散りになりつつも、それでもほんの数分のうちにこういった体勢を整えたのは流石の一言。それも一箇所のみではなく界港敷地内のあちこちで、たまたま近くに居合わせた者同士が同じような抵抗を見せているのです。
「次が来るぞ! 盾持ち、構え!」
「訓練通りにやるだけだ。衝撃をヒザで殺せ!」
今のところ怪物達の攻め方といえば膂力に任せて突撃を繰り返すのみ。姿こそ恐ろしげではあるものの、特にバケモノ同士で連携を取るでもなく散発的に突っ込んでくるだけです。
最前列の矢面に立ったヨロイ姿の騎士が上手いこと突進の威力をいなし、怪物の勢いが止まったところで後列に控えた仲間が長射程の槍や弓矢、あるいは魔法、時には拳銃の弾丸を見舞って仕留めていく。即席の連携にしてはなかなか上出来ではないでしょうか。
「だが、敵の数はどんどん増え続けているぞ」
「どこかで攻勢に出ねばジリ貧ではないか?」
どうにか倒されないことはできる。
しかし人間達の武器弾薬や魔力体力は有限のリソースであり、いつか限界が来ることは火を見るよりも明らか。ならば、まだ僅かなりとも余裕があるうちに攻勢に転じ、一か八かバケモノ共の首魁たるラメンティアを討ち果たすべきではないか。
あちこちに構築された防御陣の内側で、そんな意見も出てきました。どうにか即座に生死の危機に陥るような事態から逃れたことで、今後の戦略を練る余裕も出てきたのでしょう。これが通常の戦争であったのなら、必ずしも誤った作戦とも言い切れません。
「いえ、我々はこのまま防御に徹しておくのが賢明かと」
「む、何故かね?」
しかし、そういった意見はいずれも学都騎士団に所属する騎士達に反対されました。
あちこちの国のお偉いさん、それも決して軍事の素人というわけでもなさそうな王様やら将軍やらに意見するのは彼らも内心ヒヤヒヤしたものですが、ここで下手に一発逆転の色気など出されてはかえってピンチを招きかねません。そうして後方の守りが崩れては、かえって『彼ら』の足手まといになってしまうでしょう。
「あー、その……いや、口で言うより見たほうが早いか。攻めに関しちゃウチの団長達……えっと、全部あっちの方々に任せておくべきかと具申いたしますです。ハイ」
「あっちの、とな……は?」
防御陣形の前列に位置していたのは体格の良い大柄な男達がほとんどだったので、囲いの内側で守られていた人々は彼らが目隠しになってよく見えていなかったようです。
次々殺到してくる怪物の波が僅かに途切れた瞬間に、騎士達がちょっぴり身をかがめてやると後ろの面々にも前方の景色が満足に見えるように。ちょうど先程まで上映会やら質問コーナーやらをやっていた演壇があった辺りです。
あくまで守りに徹すべきという言葉の意味が、彼らにもようやく理解できました。
いいえ、その光景そのものはまるで理解を超えていたのですけれど。
瞬き一つの間に両断された怪物の数は果たして千か万か。
しかし、倒したと思った次の瞬間には即座に倍する数の敵が既に産み落とされている。
自分達に向けて雨あられと殺到してきたように思えたバケモノ共は、敵全体の総数からすればほんの一厘にも満たない討ち漏らしでしかなかった。自分達が未だ無事だったのは自らの奮戦のおかげではなく、『彼ら』に守られていたからに他ならない。
攻勢や加勢など以ての外。
下手に割って入ろうものなら一秒も持たずに絶命するか、あるいは味方の足を引っ張ってしまうだけ。誰もが一目でそう理解させられてしまう。
そんな神話の戦いが今まさに彼らの眼前で繰り広げられていたのです。




