純粋悪
まあ、当然のように無事だったわけですが。
高熱で焼け焦げた部分の肉がモリモリと盛り上がり、瞬く間にほとんど元通りの頭部を再生。そこに遥か彼方まで吹っ飛んだと思しきトレードマークの七本角が飛来し、元々生えていたのと同じ位置にドッキング。首から上を失ってから数えても、ほんの十秒そこらの早業でした。
『くははっ、これが「痛い」という感覚か。なかなか心地よいものだな!』
「心地よさに関しては個人の趣味嗜好というか異常性癖というか、まあ他人に迷惑をかけない範囲で自由に楽しんでくれればいいけど、自傷ならぬ他傷であれば痛みを感じるというのは新しい発見だね。神様のほうは何か変化あるかい?」
『あっ、はい。ええと……「注意すればそんな気がするかも?」程度ではありますが、さっきまでより若干気持ちが軽くなったような気がしないでもないです。そうですねぇ、百万年分のストレス全体に対してならば……ざっくり八十年分くらいでしょうか?』
「ストレス総量が多すぎてプラシーボの疑いも捨てきれないけど、一応の前進ではあるのかな? 単純計算で約一万二千五百回ほど今のと同じ流れを繰り返せば全部チャラになる……いや、減少するストレスが技の威力に比例するのかも定かではないか。同じような攻撃ばかりでは慣れたり耐性が身に付いたりして、次第に効果が減ってくる可能性もあるわけだし」
まだまだ不明点は多いものの、意外にも付き合いの良いツノの『彼女』改めラメンティアの献身により、状況は僅かながらに進展したようです。
他者がラメンティアを攻撃することで、当初の予定通りに女神の内的な負担が減少していく。まだまだ調べるべきポイントはいくつか思い浮かぶものの、この最大の懸念点は一応クリアできたと見てよいのではないでしょうか。
「じゃあ、皆! そんなわけだから、ラメンティア君を四方八方から取り囲んで一方的かつ徹底的にボコボコにしてやりたまえ! いやぁ、心が痛むけど仕方ないよね? 彼女には尊い犠牲になってもらう方向で!」
『かかかっ、そなたも大概だな。よし、遠慮なく来るがよい!』
ですが、ここに来て次なる問題点が出てきました。
ヒトに丸投げする気満々のレンリは大して気にもしていませんし、集団リンチの対象となるラメンティアも何故か乗り気ではあるのですが……なんと! 実は、普通の人間や普通の迷宮は無抵抗の相手を一方的に叩きのめすことに重めの罪悪感を覚えるものなのです。普通は。
さっきライムが実験を兼ねたお試しで顔面に一発いいのを入れていましたが、アレについては誰かがやらねばいけなかったという必要性ゆえ。できれば一方的な攻撃ではなく、適度に反撃してくる強敵相手に戦闘を楽しみたいというのが本音でしょう。
「うーん、なかなか乗ってこないね?」
『ううむ、つまらん』
奉ずる神を救うという大義はあれど、そのために少なくとも外見上はか弱い女性を傷つけるとは如何なものか。それも大勢の人目がある中でとなると、自身の心情のみならず外聞の悪化なども気にかかるもの。
当の本人がノリノリで攻撃されたがっているのはさておいて、このままでは躊躇うばかりで一向に解決に進みそうもありません。今日は意味不明なポイントで何度もつまずいてきたものですが、今回のつまずきを解消する手段は果たして……。
「なまじ、ラメンティア君が気さくに話せる美人さんなのが逆に良くなかったのかな? これが意思疎通とか全然できない怪物が問答無用で襲い掛かってきたとかなら、流石に皆も覚悟を決めただろうけどね」
『ほう、そういうものか? うむ、ならば悪が良い手を思いついたぞ。流石は悪!』
「へえ、うっかりヒントを与えたことをちょっと後悔しつつ何となく想像はついちゃったんだけど、一応聞いておこうか。それは一体どんな悪手なんだい?」
『くかかっ、まあ見ておれ。多分できるとは思うのだが』
なにしろ生まれて数分しか経っていないラメンティアには、まだ自分がどんな能力をどのくらい使えるのかも不明瞭。ですが、なにしろ彼女は七迷宮から相当量のパワーとスキルを受け継いでいる……多分受け継いでいるんじゃないかなと思われる超越存在。
ならば、この程度はできて当然ということなのでしょう。
「おや、さっき浴びた血の染みが? ヒナ君みたいに液体をコントロールできるのかな。もう捨てなきゃ駄目かと思ってたけど、おかげで助かったよ」
まず一回目に首を落とした時に周囲一帯に噴き出した血液が、ふわふわと宙に浮かび上がりました。普通のクリーニングでは落としづらい大きな血の跡もすっかり綺麗になっているので、至近距離で大量の出血を浴びて全身血まみれになったレンリや女神もすっかり元通りです。
ですが、当然ながらラメンティアは無料でクリーニングのサービスをしたかったのではありません。この異常にフレンドリーな悪存在なら、頼めば二つ返事でやってくれそうな気もしますが、少なくとも今回に関しては血を集めたのは単なるついで。
『意思疎通など見るからに無理そうな怪物か。ふむ、ならばヒト型は避けて獣の要素を多く取り入れて……それから悪のに似せたツノを生やして……っと』
宙に浮かんだ血液塊が、見るみる間に形を変えていきました。
元々の材料はラメンティア自身から流れた血液のはずが、その量は皆が見ている前でどんどんと増大。競技用プールの一杯や二杯では収まりそうもないほどにまで増えています。
そんな不定形の血液から這い出して地に落ちてきたのは、これまで世界の誰も見たことがなかった異形の群れ。恐らくはウル由来の能力を行使して創造したのでしょう。
胴体はオオカミなのに四肢の付け根から先の脚部はタコの触手のようになっていたり、本来頭部があるはずの位置に毒々しい色合いの大きな花を咲かせた巨牛であったり。生身のヒレがあるべき部分が金属製の大鉈になっている宙を泳ぐ殺人マグロなどは、ゴゴの能力との合わせ技によるものでしょうか。
これらはほんの一例。
思いつくままに生み出され続ける怪物達は、いずれも身体のどこかにラメンティアのそれと同じ捻じれたツノを最低一本有しており、その数が多いほどに体格も大きく強大な魔力を秘めた個体であるようです。
『ふむ、ひとまずはこんなとこかの。格好よかろ?』
「なかなか奇抜というか前衛的というか、また色々作ったものだね。今の時点でも軽く百体は越えてそうだし。それで、あんまり聞きたくないけど、これからあの生き物達に何をやらせるのかな? これで意外にも、サーカスか動物園を開業するつもりとかだと嬉しいんだけど」
『かかっ、それも面白そうではあるが此度は違う』
女神の悪性情報の塊であるラメンティア。
それが意外にも親しみやすく話しやすかったせいで、この場の誰もが少なからず油断していたのは否めません。ここまでの態度が信用を得るための偽りというわけでもなし。彼女が人間達に好感を抱いていたのも本当です。
が、それはそれ。
『さて、それでは――――蹂躙せよ』
好意は悪を為さない理由にはならない。
『くかかっ、必死に抵抗するがよい。これなら、さぞかし戦い易かろ?』
息をするように悪を為し、悪を愉しむ。
それが生まれついての純粋悪。