悪の名は。
ゴロンと転がるツノ付き生首。
最終的に倒すつもりで生み出したとはいえ、まさかのセルフ斬首は流石のレンリも予想外。思わず思考も喋りも停止して、それがようやく動き出したのは未だ直立したままの胴体から噴水のように噴き出した血を思い切り浴びてからのことになりました。
「うわぁ、いきなりのグロ展開とかちょっと勘弁して欲しいね!? せっかく着替えてきたばかりなのに全身血まみれだし!」
『わたくしなんて全身真っ白い格好ですから、血の跡がより目立ちますねぇ。これはもうお洗濯とかしても無理かもしれません』
びゅうびゅう噴き出す血を浴びたせいで酷い格好になっています。
特に近くにいたレンリと女神以外の被害は多少マシですが、出方に困っているという意味では誰もが同じ。レンリの予想では具現化したストレスを倒そうとしたら、当然のように必死の抵抗を見せてくるものと考えていたのですが、よもや楽しませてくれたお礼に自分自身の首を落とすほどサービス精神旺盛だとは夢にも想像していませんでした。
「ま、まあ、やってしまったものは仕方がない。尊い犠牲には感謝しつつ、ここは気分を切り替えて建設的な方向で考えよう。神様、精神的に何か変化はあったかな?」
『ああ、はいはい。そういうお話でしたね……心境の変化という意味ではまたもやビックリさせられましたけど、根本的な部分については相変わらず変わりないような?』
女神のメンタルに抜本的な改善が見られなければ単なる無駄死に。考えられる理由としてはツノの『彼女』と女神との繋がりに不備があるか、あるいは単に死んでいないか。
『……くはっ、かかか、これは失敗』
どうやら、今回は後者が正解だったようです。
勢いよく首の切断面から血を噴いていた胴体がスタスタ歩いて落とした首を拾い上げ、そのまま切り口を合わせると最初から何事もなかったかのように繋がりました。
『どうやら首を落とした程度では些かの痛痒も感じぬようだ。悪も未だ己が何をどの程度できるのか、まるで把握できておらぬでな。許せ』
「ああ、うん、慣れてないなら仕方ないね。あとは可能性として、自傷では外見上の形が変わる程度で本質的にダメージにならないって線もあるかも? なにしろ発生の過程でウル君やヒナ君からもエネルギーを貰ってるわけだしね。その体質や能力を多少なりとも引き継いでるとか?」
『うむ。感覚的なものゆえ論理的な説明は難しいのだが、悪もそのように感じるな』
「ところで話は変わるけど、その『悪』は一人称ってことで合ってるかい?」
『いかにも。格好よかろう?』
また珍妙な一人称もあったものです。
なにしろ女神の精神の負の側面に形を持たせた存在なわけですし、元々の持ち主に良くない影響を及ぼしていた悪性情報の塊と考えれば、案外正確に本性を言い表しているのかもしれませんが。
「では次の疑問だけど、イカした一人称のキミに他のヒトや迷宮の皆がダメージを与えたとして、それが神様のメンタル面にキチンと反映されるのかどうかを検証しないとね。そこがアウトだと、そもそも何のためにキミを生み出したのか……ううん、さっきも思ったけど名無しだと呼びづらいね。検証のための実験およびバトルはもうちょっとだけ待ってもらって、その前に呼びやすい名前を考えるとこから始めてもいい?」
『うむ、許す。せいぜい知恵を絞って良き名を考えるがよい。悪名高き悪の名を』
言葉遣いこそ尊大ですが、相変わらずサービスの良いラスボスです。
単に本人としても名前がない状態が落ち着かないだけかもしれませんが。
当然の権利のように壇上から近くの騎士団員に命令し、持って来させた椅子に足を組んで堂々座っている様子からするに、少なくともネーミングの話題が一段落するより前に誰かに不意討ちで攻撃を仕掛けるようなことはないでしょう。
「名前かー……神様由来の存在ではあるわけだし、前に出てきた『神の残骸』に倣って『神の悲嘆』とかどうかな?」
『却下だ、気に入らぬ。その残骸とやらについての断片的な情報は悪の頭にもあるが、意思らしい意思もない怪物ならともかく、こうして言葉を交わす相手とするには不向きであろう』
「む、それはごもっとも。他の皆もアイデアがあればどんどん言っていってよ」
真っ先にレンリが出したアイデアは即座にボツになりましたが、別に制限時間や回答者が限られているわけではありません。誰かさんほど異常な状況への順応力が高くない他の面々も、ぽつぽつとアイデアを出し始めました。
『はいっ、我はトレードマークのツノを活かしてツノ子ちゃんが良いと思うの! もしくはツノ美ちゃん』
『却下だ。もっと格好いいやつがよい』
セカンドバッターのウルも即撃沈。飼っているペットに『ドラ次郎』や『ペン三郎』と名付けるウルのネーミングセンスは、どうやらラスボス女史のお気に召さなかったようです。
『ええと、それじゃあ我は……漆黒の女帝とかどうかしら? なんだか偉そうだし』
『む、それはちょっと格好いいが……ヒナよ、それは役職名や異名の類であって個人の名前とするには不適当だと思うぞ? 必ずしもキラキラネームが全否定されるべきとまでは思わぬが、名を与えられた本人がこの先の生活で苦労しそうな名前にするのは感心せぬ』
続くヒナのセンスには一瞬光るものを感じたものの、さっきレンリに言ったのと同じような正論でやはりボツ行き。なにしろ正論なのでヒナもすごすごと引き下がるほかありません。
それ以降も色々なアイデアが出てきました。
色々な、個性豊かすぎるアイデアが。
角女。
おトメさん。
小野芋子。
悪ちゃん。
げろしゃぶ。
クイーン・エスカルゴ七世。
多すぎて混乱してきたので、途中からはゴゴが生成したホワイトボードにレンリが書き出していったのですが、一事が万事この調子。わざわざ武装してきた式典の出席者達としても、戦うよりはネーミング合戦に参加するほうがまだ気が楽ということなのか、途中からは熱心に挙手をして次々と自信作を披露していました。
『本気か……正気でコレかそなたら……? ふざけて言っているならまだマシだが、本気でこれだと心配になってくるぞ。頭とか』
一応、もっと普通の名前も色々とあったのですが、そこらの街娘にもいそうなメアリーやらオリビアではツノの『彼女』がご所望の格好よさが足りなかった様子。
歴史上の偉人や地球の神話の神々から名前をもらうのは、誰とも知れぬ人間や神を相手に首を垂れるようで面白くない、と。良さげな案があっても却下してしまうので、なかなか名前が決まりません。
ああでもないこうでもないと皆で考え、そして最後は。
「ん。ラメンティア?」
『ほう? 聞き慣れぬ言葉だが、それはどのような意味だ?』
「造語。悲嘆と涙をくっ付けてラメンティア。どう?」
『ふむ……悪くない、悪くないな。よかろう。以後、悪はラメンティアと名乗る。ライムよ、褒めてつかわすぞ』
「ふふ。ぶい」
最終的にどうにか決まったのは、ライム案の『ラメンティア』。
前々からガルドの技名やシモンの剣の名前を考えたりしていましたが、ライムには意外とネーミングのセンスがあるのかもしれません。
『では、名前の褒美だ。ライムよ、この悪を殴ることを許す』
「いいの?」
『うむ、二言はない。さっき、そこの五月蠅い娘が検証がどうとか言っていたろう。このラメンティアを他者が攻撃することで、そこな女神に何か変わりがあるや否や。どうせ誰かが確認せねばならぬのだ。ほれほれ、避けも防ぎもせぬから悪の気が変わらぬうちにやるがよい』
「ん。分かった」
さっき首を切り落としてもダメージらしいダメージがなかったのは、ライムもその目で見ています。ならば少しくらい強めにやっても大丈夫だろうと即断即決。ライムはあまり手加減することもなく、ラメンティアの顔面中央を殴りつけたのですが……。
「あ」
果たして、その判断が良かったのか悪かったのか。
ラメンティアの首から上は、今度は跡形もなく爆散する形で再び失われました。
ライムの拳が速すぎて空気中の水分や頭骨内の体液が本当に水蒸気爆発を起こしていたので、比喩ではなく本当の意味での爆散です。千切れ飛んだ首の断面が高熱で焼け焦げて完全に炭化していたため、今度は血が噴き出さずに済んだのだけは幸いでした。
この調子だと三回目以降の首無し芸を披露する機会もあるかもしれません。