七本角
果たして、その姿をどう言い表したものでしょうか。
迷宮達が一斉に神力を行使した結果、激しい閃光と共に新生したその人物。
いえ、姿こそヒト型に近くはありますが、明らかに人間とは別物です。
まず真っ先に目を引くのは、頭部に生える灰褐色のツノ。
七柱の神々から力を注ぎ込まれた故でしょうか。
奇妙に捻じれたツノが、額の中央に一本と左右の側頭部に三本ずつの計七つ。
それが神子のものと同じような白髪を貫く形で生えており、まるで王冠の装飾のようにも見えてきます。布地の多いゆったりとしたドレスと合わせて見ると、どこかの国の威厳に満ちた女王様といった印象です。
「ふむふむ、生まれたてだけど見た目の年齢はヒト種換算で二十代半ばってところかな? やあ、もしもし。初めまして、こんにちは。言葉は通じるかな?」
『…………』
生まれたばかりで呆然と立ち尽くす『彼女』に対し、レンリはいつもの調子でコミュニケーションを試みました。レンリが見た限りだと背丈はユーシャと同じくらいなので、女性としてはかなり高めの180センチ前後。頭部のツノ込みだと優に二メートルを越えているはずです。
「おやおや、これじゃあ喋らないのか喋れないのか分からないね。身体は大きめだけど意外とシャイな性格なのかな? そうそう、神様。貴女のストレスがこうしてヒトに近い姿を取っておぎゃあと生まれたわけだけど、何か心境の変化とかはあるかい?」
『そ、そうですねぇ。未知の存在にも普段のノリでグイグイ行くレンリさんに結構ビックリしてはいますけど、それ以外は特に変わった感じがしないような……?』
「そうなの? じゃあ実はストレスの具現化には失敗してて、単にデタラメな神力を集めたおかげでここまでの流れと特に関係なく新しい生命体が誕生したってだけだったり? いや、そう考えるのは早計か。神様の負の部分を取り出したんじゃなくて、今も心の中にあるそうした部分とリアルタイムで同期してる状態って考えもあるか。そこのとこどうなんだい? ええと……こうしてヒト型になったのに名無しだと呼びにくいな。そこの新人君に何か名前を付けたほうが会話のテンポが良くなりそうだけど」
『見た目は大人の方みたいですけど、なにしろ生まれたてですからねぇ。最悪、アイみたいに内面は赤ちゃん同然なんてこともあるんじゃないですか?』
「なにっ、それは困るな。いくら見た目が大人でも、中身が赤ちゃんだと殴ったり蹴ったりするのは流石に気が引けるしね。いざとなれば、ここから育児編を長々と挟んで物心つくのを待って、更に成長して反抗期に入ったあたりまで待たないと心置きなく殴れないじゃあないか!」
『さ、流石にわたくしそれは倫理的にどうかと思いますよ!? いえ、現時点でも既に限りなくアウト寄りな気もしますけど!』
レンリと女神が目の前でコント芸を繰り広げていても、ツノの生えた『彼女』は意味を理解できているのかいないのか。ぼんやりと立っているだけに見えました……この時までは。
『……く』
「おや、今何か言ったかい?」
もしや目の前の一人と一柱が延々喋っていたせいで、単に会話を邪魔せず自然な形で割り込めるタイミングを計っていただけなのではないか。だとしたら、随分と細やかな気遣いのできるラスボスもいたものです。
『く、くく、くはっ、あははははは! これは愉快!』
その第一声は心底楽しそうな高笑い。
迷宮達の『奇跡』が狙い通りに成功しているなら、ツノの『彼女』は百万年モノのストレスの化身であるはずなのですが、それにしては明るい性格をしている様子。どうやら内面も赤ん坊というわけではなさそうですし、ここから育児編に突入する必要もなさそうです。
「おっ、さっきのウケたみたいだよ」
『信じがたいですが、本当にその通りみたいです。わたくしの精神の具現化にしては……なんだか、わたくしらしからぬ明るい雰囲気の方ですねぇ』
『うむ、概ね事情も把握しておる。最初はふざけた理由で生み出された怒りをどう発散するかを考えておったが、そなたらを見ていたら気が抜けてどうでも良くなったわ。ゆえに褒美をつかわす』
レンリにとっては呼吸と同じくらい身に染みついたおふざけが、意外にも正解だったようです。殺されるために生み出されたツノの『彼女』も、最初は自分の境遇に怒っていたらしいのですが、その怒りも大笑いした弾みで雲散霧消。それどころか上機嫌で何かのご褒美までくれるつもりであるようです、が。
「へえ、ご褒美だってさ? なんだろう、私としてはレアな文献か名工の剣とかだと嬉しいかな」
『いやいや、流石にそれはないでしょう。でも、こうして生まれた瞬間からお洋服を着てるわけですし、もしかしたらワンチャンあるかもしれなかったり?』
僅かな隙にも小ボケを挟むことに余念がないレンリと女神。
そんな二人を眺めて愉快そうにケラケラと笑うツノの『彼女』は……。
『では、褒美だ。こうすることが、そなたらの願いであろう?』
左手を軽く持ち上げて、とん、と自らの首に軽く当てただけ。
すると、まるで鋭利な名刀で斬られたかのように細い首から上が横にずれ、ツノの生えた頭がゴトリと床に落ちて転がったのでありました。