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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
最終章『咲き誇れ、きざはしの七花』
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彼女の理由


 疲れたから。


 そう口にしたレンリ自身にすら確証はありません。

 それにもちろん、女神が素直に認めるはずもなく。



『ふ、ふふ。レンリさんのユニークな発想には何度も驚かされたものですが、流石にそれは飛躍が過ぎるというものですよ』



 すぐさま、こんな具合に返してきました。

 ならば、レンリが次にすべきは女神の発言の嘘を暴くことになるのでしょう。



『それはまあ、肉体を持たないわたくしだって精神的に気疲れすることはありますが。実際、親しい皆さんの前では落ち込む姿を見せたこともありますけれど……仮にそうした疲弊が自らの死を望むほど深刻な悩みであるのなら、わざわざ今日という日を待つまでもなく、とっくの昔に消え去っていると考えるのが自然なのではないですか?』



 これについては女神の言う通り。

 なにしろ肉体を失って以降に限っても実に百万年。単に死んでしまいたい、消えてしまいたいというだけであれば、実行するタイミングはこれまでにいくらでもあったはずです。



「ふむ。今このタイミングでなければならない理由か……いや、その前に。前提条件の確認なんだけど、生きた肉体を持たない神様が消える方法はさっきの映像の通りでいいのかな? 具体的には、溜め込んだ神力が完全に底を突くまで使い切るみたいな?」


『ええと……はい、そうですね。やろうと思えばいつでもできたでしょうね。今はウル達が見張ってるので無理でしょうけど』



 自死の方法そのものに難しい条件はありません。

 今日この時でなければいけない理由はないはずです。



「やろうと思えば、いつでも簡単に実行できた。いつから希死念慮を抱き続けていたのかは不明だけど、流石に昨日の今日ってことはないだろう。何千年だか何万年だか知らないけど、ずっと死にたいと思い続けて……しかし、今まで先延ばしにしていた理由か」



 直近のタイミングで女神が酷くショックを受けるような事件なり何なりがあって、それで衝動的に……というのも、心当たりはこの場の誰にも一切なし。そこまでショッキングな出来事となれば、それこそ世界全体を揺るがすほどの大事件くらいしか考えられませんが、ここ最近は平和すぎるくらいのもの。

 レンリの考え方の方向性が正しいとすれば、今回の事件の動機は突発的な思いつきではなく、もっと根が深いものであるはずです。



「今日まで延び延びにしていた理由……この百万年で初めて必要な条件が整った。いや、整うはずだったと言うべきかな?」



 平静を装いつつも動揺はあったのでしょうか。

 女神が延期の理由についての疑問を自ら口にしたのは失策だったようです。

 むしろ、レンリに対して思考のヒントを与える形になってしまいました。



「言うまでもないね。皆もさっきの上映会で観ただろう? 神様以外の、この世界を守り支える他の神々の誕生さ。ふむ、それを契機にしたと考えれば更に事情が見えてきそうだ」



 こちらの歴史では式典が早々に中断されてしまったせいで未実行ですが、運命剣により映像が流されたもう一つの「今日」においては、学都の中心に突き立つ聖杖『アカデミア』に秘められた機能を用いて、ウル達がこの世界と紐づいた真なる神へと成っていました。


 これは、この百万年の歴史上においても初めての出来事です。

 そんな新人神々の存在を踏まえて考えれば、女神の思惑が更に見えてきます。



「新しく誕生した神々……まあ、ウル君達なんだけど。そもそも彼女達を創ろうと考えた理由は何なのか。前に聞いた時は、神様の労力を肩代わりできる戦力を増やして、現行のワンオペ体制をどうにかしたいみたいに言ってたっけ」



 恐らく、それも完全な嘘というわけではありません。

 そして嘘というのは、多くの真実の中にそっと紛れ込ませるのが最も効果的なのです。



「ええと、あの時はなんて言ってたっけ。そうやって神としての仕事の大半を押し付けて、自分自身はお気楽な楽隠居の立場に収まるつもりだ、みたいな。だけど実際は……」



 安楽な立場で安穏と過ごすのではなく、安らかな眠り。

 永久(とわ)の眠りこそが真なる望みであったのだ、と。この場にいる面々があの映像を観た今となっては、女神にはその推測を否定できる材料もありません。



「さて、更に考えてみよう。自分の代わりの別の神様がいなければ自死を決行できない理由は何か? 実行するだけなら別に後任なんている必要はないだろうしね。これに関しては、なんとなく想像はつくかな?」



 ただ消えるだけならば、手間と時間をかけて後任の神々など用意する必要はない。

 にも関わらず迷宮達を創り、彼女達が育つのを気長に待っていた。

 そうすることで何が起きるのか。



「簡単な話さ。簡単すぎるくらいだよ。そうすることで神様のいる世界ができる。より正確には神によって庇護された、ちょっとやそっとでは滅びそうにないしぶとい世界ができる。逆に、そういった庇護者のいない世界はほんの弾みであっという間に滅びてしまいかねないよね。まあ、そこは実際にやってみないと分からないし、案外大丈夫かもって線もなくはないけれど」



 そうやって過剰とすら言える防衛力に守られた世界が完成し、得をするのは誰か?

 言うまでもなく、この世界に生きる人々です。

 女神は自身の消滅を望んではいても、世界までをも巻き添えにすることは決して望んではいなかった。むしろ、自分がいなくなっても絶対に大丈夫だと、そう強く確信できるような状況でもなければ役割を投げ出せない。そんな責任感と人類愛こそが、これまで彼女を思い留まらせていたのだろう、と。


 レンリはそのように自身の推論を述べました。



「これは蛇足になるけど、計画の始動は恐らくこの世界と魔界が繋がったあたりかな。世相が極端に安定したことで、神力の消耗が減って新しい神器を創れるだけの余裕ができたり。あとは神様と魔王さん家の人達との間に縁ができて手伝いを頼めるようになったり。なんだか色々やらせたって聞いてるよ」



 希死念慮そのものはずっと前からあっても、実際の計画が動き出したのは精々ここ十数年のこと。女神にとっては大した時間ではなかったのかもしれませんが、それでも関係者の誰にも真意を悟られず協力させるのには随分と気を遣ったことでしょう。

 未来からの来訪者によるどんでん返しなどという反則技でもなければ、まさに盤石。完璧な計画だったはずです。今や見るも無残に崩れ去ったわけですが。



「……なーんて、こんな風に色々言ってはみたけれど、どれもこれも状況証拠ばかりで目に見える物証とかはないんだよね。できたら答え合わせをお願いできないかな?」



 レンリの推測は、あくまで「こう考えれば筋が通る」というだけ。

 長々と語ってはきましたが、最後の答え合わせは女神自身に頼るほかありません。



『……ふ、ふふ』



 はてさて、女神の返答は。



『そんな、そんなの全然ちが……う、うぇ、わぁぁぁ……っ』



 嘘も強がりも、とうとう品切れ。

 ただただ大粒の涙をぽろぽろ零すばかりです。


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― 新着の感想 ―
後継者が居ないから辞めれない一代目の大企業の会長かな・・・
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