ザ・クエスチョン
女神のトラップを華麗に躱して迎えた二回裏。
何故だか野球っぽい言い回しが連続しているのはさておいて、ここでレンリに代わって運命剣が女神への質問権を手にすることになったのです。まあ、手はないのですけれど。
『ふふふ、実は私は大の野球好きでね。甲子園のバッターボックスに立つのが幼い頃からの夢だったのだよ』
「こらこら、剣の私。秒でバレる無意味な嘘を吐くんじゃあないよ。あと野球ネタばっかり引っ張るのも、いい加減食傷気味になってくる頃合いじゃない?」
『それもそうか。それじゃ、私の華麗なるハットトリックに期待してくれたまえ』
「例える球技を変えれば良いってものじゃないというか、表裏のターン制がないスポーツだと例えとしても成立しないでしょ」
レンリ同士で喋らせておくと、どちらかが無限にボケ続けて話題の脱線を繰り返すばかり。その様子を眺めているあちこちのお偉いさんやら警備のスタッフから、時折笑いをこらえるような声が出ているのでそれなりにウケてはいるようですが、別に彼女達の目的はお笑いで天下を取ることではないのです。
「まあ、なんにせよ大口を叩くだけの自信はあるようだ。いったい何を聞かれるんだろうね。ねえ、神様?」
『ええと、わたくしにもさっぱりなのですが……未来を見られずとも、ロクでもない結果になりそうなイヤな確信だけはあると申しますか……』
「ふむ、神様にとってロクでもない結果ということは、つまり私達にとっては有利になる内容なのかな? さあ、剣の私。何を聞くのかは知らないけど、思いっきりブチかましてやりたまえ! 上手くいったら、その手柄だけ私のモノってことにするから!」
『あっはっは、私ってば正直者なんだから。ま、あんまり一つの話題を長く引っ張ってもダレるしね。そろそろバッターボックスに入らせてもらおうか』
果たして、代打を申し出てまで何を聞く気でいるのやら。
期待と不安をその刀身に一身に受けながら、運命剣が発したその問いは――――。
『……はい? それが質問でよろしいのですか?』
「えっ、本気かい? ただの話の枕とか世間話じゃなくて?」
なんとも意外。
問われた女神も、身構えていたのが馬鹿らしくなってしまうほど。
それ以外の皆も思わず呆気に取られるほどに『普通』の内容だったのです。
◆◆◆
『はあ、でしたら……“いいえ”』
どんな恐るべき罠が潜んでいるのかと怪しんではいたものの、女神はあっさりと運命剣からの質問に答えました。正直に、嘘偽りなく。身構えていた分だけ拍子抜けしたせいか、思わず素直な言葉が口から出てきてしまったのでしょう。
まあ、どんな質問だろうと一回は一回。
これで二回裏の質問権は失われ、また女神の質問ターンに移ったわけです。
「こらこら、剣の私。今の質問の何がハットトリックだったのさ。一本なのに三者凡退というか珍プレーというか……ああ、皆さん。今のはこの剣が勝手にやったことだから、私には関係ないからね」
人間のほうのレンリも責任逃れに余念がありません。
上手くいっていたら自分の手柄。失敗したら相手の責任。
隙を生じぬ二段構えのレンリ流処世術で、かえって余計な恥を晒しておりました。
『ははは、気にしない気にしない。ほら、野球は九回裏スリーアウトからって言うじゃない? ここから巻き返していこうぜ』
「スリーアウトじゃもう負けてるっていうか野球ネタはもういいから。いったい何がしたかったのさ?」
一方で質問をした運命剣は皆の困惑など、どこ吹く風。
まるで気にした様子もなく、顔すらないのに涼しい顔をしています。
『ネタバラシはすぐできると思うから、もうちょっとだけ待っててよ。まっ、しいてヒントを出すとすれば、こっちの私が剣の身体になってること自体かな? その経験があったからこそピンと来たというか。モノを飲み食いするのと同じでアレも無駄といえば無駄というか、最初っから機能そのものを実装しない案もあったんだけどさ。やっぱり、人生って無駄を楽しんでナンボみたいなとこあるじゃない?』
口ぶりからするに、どうやら運命剣にはソレが可能なのでしょう。
飲食やら映写機やら無闇やたらと芸達者なだけに、今更それ以外の隠し芸が十や二十増えたところで大した違いはなさそうですが。できないのは普通に刃物として物体を切断するくらいのもの。この分だと、ここから更にどんどんと持ちネタが増えていきそうです。
『ところで、若い私。最近はちゃんとできてるかい、アレ?』
「アレ……ああ、さっきの神様への質問か。ソレについては毎日ぐっすりだとも。まあ、たまに夜更かしをして不足気味なことはあるけれど」
『気持ちは分かるけど、ほどほどにしときなよ。そういうダメージってジワジワと積もり積もって十年後二十年後くらいから一気に来るから。ダメージの利子付きで』
アレやらソレやら、流石にもうお分かりでしょう。
ここで聞いた真意はともかく、先程の運命剣の質問とは……。
“『やあ、元気? 最近よく眠れてる?』”