契約書はよく読みましょう
今回の一件における勝利条件とは何か?
レンリや運命剣や他の多くの面々にとって、まず女神の生存は外せません。そもそも百万年も前に自前の肉体を失っている、神としても不完全な状態の彼女を「生きている」と判断すべきかは微妙な線なのですが。
そういった細かい部分はさておいて、これまでと同じように言葉を話したり神子に憑依して大飯を喰らったり、そういった現世における活動を引き続き継続できる現状維持こそが目的であると考えて問題はないでしょう。
『さあ、いかがでしょうか?』
そして現在、問題の当事者である女神自身から現状維持の提案が出されたわけです。
それも単なるその場しのぎの口約束ではないというアピールの為か、監視を付けて見張ったり迷宮達の『奇跡』によって危なっかしい真似ができないよう行動を縛られても構わないとまでの譲歩を付けて。
ウル達は女神によって創られた存在です。
素直に考えるなら上位たる女神の下位神や従属神と解釈されそうなものですし、当の彼女達も“基本的には”創造主たる女神を尊重し、その意に従う方針をこれまで貫いてきました。もし何のトラブルも発生しなかったら、今後とも同じようなスタンスを取り続けることになったでしょう。
が、今は少し事情が違います。
ちょっと前から、具体的にはさっきの休憩時間から、素直な良い子だった姉妹神は突然の反抗期に突入し、女神が馬鹿な真似をしようとしたら多少強引な手段を用いてでも止める方向ですっかり覚悟を決めているのです。
加えて、彼女達の現在の実力は女神がまだ肉体を持っていた頃の全盛期を遥か凌駕しています。戦闘力に関しては言うまでもなく、各々が保有する神力のエネルギー量も桁違い。いくら立場上は上位の神であろうとも、力尽くで行動を縛るくらいはさして難しくもないでしょう。
それだけの実力差があっても、誕生以前から仕込まれていた緊急停止ギミックを不意討ちで喰らったら問答無用で動きを止められてしまったのでしょうが、それについては運命剣のファインプレーですでに封じられています。それ以外の小細工を弄そうにも、これだけ警戒されている状況で成功させるのは難しいと思われます……が、しかし。
「残念ながら、答えはノーだ」
一見すると大きな譲歩を引き出したような形にも関わらず、レンリはほとんど迷うことなく否と答えました。その理由に関しては、もちろん女神の出した条件が関わっているのでしょう。すなわち……。
「動機についての追求を二度としないように、ね。ちなみに興味本位で聞くんだけど、この約束って仮にイエスと答えてたら約束破りができないように何かされてたのかな?」
『ええ、わたくしの「奇跡」の応用で、レンリさんやこの場に居合わせた皆さんがその問題についての認識や思考そのものが一生できなくなるような契約をですね。同時に契約が有効な間はわたくし自身が約束を厳守する縛りを受けるデメリットもありますし、流石に本人の意思を無視して長期間縛ったりとか、あとは神やそれに近い力を持つヒト相手にやるのはコストが嵩みすぎて厳しいのですけど』
「ああ、魔法の分野にもそういう呪いの契約書みたいなやつあるよね。ウル君と知り合って間もない頃の事件でも似たような効果のアイテムを見かけたっけ。私以外の人達にまで効果が及ぶのは、私が皆の代表的な立場で彼らの代弁をしてるからって解釈かな? そこは流石の神様パワーだと褒めてあげよう。でもさ、なんにせよそういう大事な話を後出しするのはズルじゃない?」
どうやら危ないところだったようです。
もし先程の問いに是と答えていたら、下手をしたら今自分達が何をしているのかすら分からなくなっていた危険すらあります。コスト面の問題から迷宮達やシモンやライムは縛りの対象外となっていたのかもしれませんが、もし彼女達だけしか問題を認識できなくなっていたら女神の策略に対抗するのはかなり難しくなっていたはずです。
「ついでに言うと、そっちが縛りを受けるのは私達が生きている間なんだけでしょ? 人間の寿命なんて長くて百年、エルフやドワーフみたいな長生き種族でも千年チョイくらいだし、今いる皆が天に召されてから今回と同じような真似をするのは不可能ではないだろうしね」
『……うっ!? いえ、その、そんなことは決して』
寿命差に基づく不平等契約。
まったく油断も隙もあったものではありません。
この反応からするに、まさにレンリが言ったようなことを企んでいたのでしょう。
「仮に契約が完全に切れるのが千年後だとしよう。その頃にもまだウル君達は普通に生きてるんだろうけど、いくら神様っていっても一切の油断なくずっと見張り続けていられるものかというと疑問だもんね。それが千年後になるか一万年後になるかは分からないけど、どこかしらで気が緩んで隙が生まれるのが自然だと考えるべきだろう。神様にとっては、その一回の隙がどこかに生じるのを気長に待てばそれで……ん、んん?」
レンリ自身、今はまだ何に違和感を覚えたか分からない様子。
しかし、己が何気なく口にした言葉の中に引っ掛かる部分があったのでしょう。
「ということは、つまり……どういうこと?」
この時点でのレンリが真相に思い至らなかったのは、思考能力の問題というよりは恐らく本人の性格的なもの故でしょう。
あえて言うならば、仲間内ではルカとゴゴとヒナ。それから条件付きでアイ。彼女達であれば、その共通点から一足飛びで答えに至ることもできたかもしれません。そんな彼女達の思索も、次なる話題によりすぐ中断させられることになりましたが。
「うーん、分からないけど仕方ない。なんとなく引っ掛かりはあっても、言葉にできないんじゃ質問として聞くこともできないしね。気を取り直して二回裏の攻撃といかせてもらおうか。さて、何を聞こうか――――」
二回裏の質問者は、一回に引き続きレンリ……ではなく。
『ちょっと待った、若い私! すまないけど私が代打に入るから、この回のバッターボックスを譲ってはくれないかな?』
「見た目的には打者よりもバットのほうが向いてそうだけど……まあ、いいさ。どうせ、何か悪だくみがあるんだろう?」
『流石は私、よく分かってるじゃあないか』
二回裏の攻撃。
打者レンリに代わりまして代打、運命剣。