積んで、重ねて、増やして、盛って
『我の神殿は、こんな風に病院や学校と一緒になっているようにしたいですわ』
さくさく進んで六番手。
ネムのアイデアは、神殿に医療機関や教育の場としての役割を持たせるような形のようです。元々の話題だった神のお世話になるための窓口としても明瞭ですし、ネムが受け持つより前の患者の状態を診ることで現場の医師や医者志望の学生の学びの場としても有意義に働くのではないでしょうか。
「おおぅ、思いの外マトモすぎて驚きが……うん、でも偉いねネム君。いざという時には遠慮なく頼らせてもらうとするよ」
『くすくす。ええ、いつでもどうぞ』
一応、ネムが治すのは最後の最後。
人間の医師ではどうやっても手に負えないと判断されたケースだけに限るべきでしょうか。しかし、いざとなれば神頼みで何とかなるとなれば、現場のスタッフも過度の重圧から解放され存分に腕を磨けるでしょう。
そうして蓄積された経験知により、現在ではヒトの手に余る病気や怪我をも治せるようになれば万々歳。地球との交流が本格的に活発化してきたら、様々な資料を取り寄せたり留学生を行き来させるようなことをしても良いかもしれません。いずれにせよ、人間社会にとっては欠かせない神殿となるはずです。
「さあ、皆のアイデアも出揃ったようだし、ぼちぼちお開きに……」
『わ、我がまだなのよ!? 最後の大トリを忘れてもらっちゃ困るの!』
そして最後の七番手はウル。ずいぶんな大作を手掛けていたようで、画用紙二枚にも渡ってビッシリ細かく描き込んでありました。
「へえ、上手いじゃないか。流石はウル君! まさか、こんな才能があるとはね。キミはやればできる子だと前々から思っていたよ!」
『えへへ……そ、それはちょっと褒めすぎなのよ? ふっふっふ、でも、お姉さんも意外と見る目があるの』
「うんうん、で、コレって何が描いてあるんだい? なにしろアイ君くらい上手いもんだから、ちょっと抽象的すぎて私には分からなくて」
『珍しく褒められたと思ったら赤ちゃん扱いだったの!?』
熱意のこもった力作であるのは間違いないのですが、残念ながらウルの画力は特に優れているわけではありません。流石に赤ちゃん並みとまではいかずとも、ざっくり小学校低学年レベルくらいでしょうか。
『ふっ、真の天才とはいつも孤独なものなのね……まあ、仕方ないから芸術の分からないお姉さんでも分かるように、我が親切に説明してあげるの』
天才芸術家のウル画伯としてはこのまま軽く流されるのは不本意なのか、親切にも絵の解説をしてくれるようです。まずは二枚のうちの一枚目。緑色の大きな塊のようなモノが描いてありましたが……。
『これは神殿の外観ね。我の神殿はおっきい木の中がスカスカになってて、ヒトが入れるようになってるのよ』
「ああ、なんで神殿前の街路樹に一枚丸々使ってるのかと思ったら、これ自体が神殿なんだ? この葉っぱの間の赤や黄色は?」
『それはお花やフルーツが生るようになってるのよ。見た目も綺麗で美味しく食べられるし、良いアイデアでしょ?』
「中が空洞なのに木自体はちゃんと生きてるんだ。竹みたいな生態かな? たしかにウル君なら、そういう新種の植物も創れるだろうしね」
ウルの神殿は大胆にも生きた樹木そのもの。自身の能力で色とりどりの花や実をつける新種の植物を創造して、そのまま利用するつもりでいるようです。
『でねでねっ、こっちの二枚目が木の中なんだけど……なんと! 甘い樹液がジュースみたいに出てくる蛇口があって、それから地下には温泉が湧いててお料理とか暖房に使ったりできるのよ』
「手がベタつきそうだから、普通の水が出てくる水道を別に引いたほうが良いかもだけど……うん、ウル君らしくて良いアイデアじゃない? あとは換気とか明り取りが十分にできるかが課題かな」
実際の住み心地については実物を見るまでなんとも言えませんが、発想そのものは決して悪くありません。この自由な発想は、まさにウルの得意とするところ。成功するにせよ失敗するにせよ、きっと面白いモノにはなるのではないでしょうか。
◆◆◆
「ありがとう」「おかげで」「助かった」「よ」
迷宮達の描いた絵をカメラに納めて大満足のサニーマリーは元気よく部屋を後にしました。先程話題に出た神殿案に関しての記事を書いて、新聞に掲載する許可を得られたとあれば喜ぶのも無理はなし。きっと数日中には『ハンプティダンプティ』紙の独占スクープとして紙面を飾るのではないでしょうか。
「とはいえ、それも事態が丸く収まったらの話だろうけど」
レンリの懸念ももっともです。
先程までのような明るい話題を素直に楽しむためにも、女神には何としても生き延びてもらわねばなりません。長い休憩もぼちぼち終わり。そろそろ本来の話題に戻る頃合いです。
「どれだけの効果があるかは未知数だけど、さっきまでのお喋りも別にただただ無意味な脱線ってばかりじゃあない。ねぇ、神様?」
『ええと……はい、思った以上に効かされてしまったのは否めませんね』
ここまで単に思いつきに任せて遊んでいるだけに見えたレンリですが……いえ、実際呑気に遊んではいたわけですが、それも全ては計算の内。この後に控えている本題へ繋げるための仕込みでもあったのです。
『え、どういうことなの?』
「なに、簡単なことさウル君。新しい神殿のアイデアでも、どんな神様になりたいかでも、なんなら今夜の夕食を何にするかとか他の話題でも良かったんだけど、それらはつまり未来の話題だろう?」
『ふむふむ? つまり、どういうことなの?』
「キミ達が神様として立派にやっている姿を見てみたい。あるいは失敗しそうなら助言や手助けをしてあげたい。そんな気持ちが多少なりとも芽生えちゃったんじゃあないかい?」
『うっ……ええと、はい』
要するに、未来の話題をあれこれ出して現世への未練をチクチク刺激するだけ。
策とも呼べないような単純な作戦ですし、これだけで全部が都合よく解決するなどとはレンリも思ってはいませんでしたが、女神の反応を見る限りではボディブローのようにジワジワと効果を発揮している様子。
「まっ、どんな大義があるかは知らないけどさ。それを曲げてでも生きたいと思えるだけの動機、せっかく決めておいた覚悟が揺らぐ理由を、なるべく広範囲かつ大量に積んでおきたかったというかね。そんなワケだから、皆も思いついたネタがあったらどんどん投げてやりたまえ」
ここまでの反応からしても、女神に迷宮達への情があるのは間違いありません。娘たる彼女達が立派に成長して一人前になる姿を見たいという気持ちもあるはずです。
しかし、もう一つの歴史においてはそれでもなお消えることを選んだ。
誰にも知られぬよう秘密裏に計画を進め、こちらの歴史とは異なり完全なる不意討ちを成功させたからという面は大きくとも、その事実は決して軽視できるものではありません。
こうして改めて積んだ生きる理由の数々が、果たして女神の元来の計画を曲げるに足るものなのかは不明瞭。まだまだ油断はできないでしょう。
二度目の休憩タイムはこれにて終了。
いよいよ、女神に隠していた秘密を語ってもらう時間がやってきたようです。