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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
最終章『咲き誇れ、きざはしの七花』
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神殿イズマネー


 マイホームならぬマイ神殿。

 インタビューから妙な方向に話題が飛んでしまいましたが、神様として正式デビューするならそういったこともキチンと考えておくべきでしょう。むしろ遅すぎたくらいです。



「まあ、それについては神様の責任が大きいと思うけどね」


『えっ? わ、わたくし、それに関しては何もしてないですよ!?』


「いや、だから何もしてないのが問題なんだって。そこはベテランの神として能動的に道筋を示してあげるべきだったんじゃない?」


『うぅ、レンリさんが的確な正論で刺してきます……』



 まあ女神を擁護するとすれば、彼女だって自分以外の新しい神々を生み出すなんて試みは百万年のキャリアの中でも今回が初めてなわけです。それに付随する諸々の企みはさておいて、最初から何もかも全部パーフェクトにこなすというのは難しかったのでしょう。



『まあまあレンリさん、女神様(あるじさま)をネチネチ詰めていくのはそのくらいで』


『そうです、そうです! ゴゴが優しい子に育ってくれてわたくしは嬉しいですよ』


『いえいえ、それほどでも。ネチネチ詰めるほうに関しては、後で本命の話題のほうでじっくりやらせて頂くつもりですし』


『ひえっ!? こ、これが反抗期……!?』


『いいえ、反抗期ではなく正当な抗議かと』



 ゴゴの口調は冷静ですが、内心は色々と思うところがあるのでしょう。

 それについては他の姉妹も同様。これまで創造主に対しては基本的に従順かつほとんど無条件で肯定的な姿勢を取ってきた迷宮達ですが、先程ひとしきり落ち込んでから立ち直った流れでこれまでとは少なからずスタンスに変化があったようです。


 尊敬も親愛もあるけれど……否、それらがあるからこそ逆らうべき時は意を決して逆らわねばならない。人ならぬ神の身であっても間違える時は間違える。ならばこそ、時には心を鬼にして理性と論理でボコボコに叩きのめすことも必要なのです。多分。



「それでそれで」「皆の」「神殿はどんな」「風になる」「のかな?」


『そ、そうです。今はそれについて考える時間でしたね!』


「ふむ、やや強引ではあるけど、まあ今回は勘弁してあげよう。それにうっかり忘れていたとはいえ、神殿関係の知見が一番あるのは間違いないだろうしね」



 幸い、サニーマリーが本筋の話題に戻してくれたので責任追及に関しては一旦棚上げ。それにレンリも言ったように、建物を都合するにせよ組織を運営するにせよ、女神以上の有識者というのは世界中探してもいないでしょう。

 しいて言うなら神子もそっちの道の本職(プロ)ではありますが、彼女の場合は組織内での立場が特殊すぎてイマイチ知識に偏りがあるものと思われます。



『こほんっ! では、まず基本的なおさらいから行きますが、神殿というのは単なる建物ではありません。信者の皆さんの心の拠り所であり、お金や権威の集積装置でもあり、あとは神官の方々の修行の場であったり。他にも細かく挙げていけば色々とありますが、単純に神であるわたくしやウル達の居心地の良さだけを求めて、いつでも食べ放題の食堂や快適なお昼寝のためのベッドがあればそれだけで事足りるというものではないのです』



 まずは女神から基本のおさらい。

 先程、ウルやモモが軽く要望を出していましたが、いくら食堂やお風呂やベッドがあっても、それだけで神殿としての役割を十全に果たすのは難しいでしょう。それらがあってはいけないとまでは言わないにせよ、優先順位としては他にもっと高いモノがあるわけです。



『必要なモノを挙げていけばキリがないですけど、まずお金の管理をどうするかは大事ですよね。いやまあ、わたくしとしても真っ先に指摘するのがソコという点に思うところがないわけじゃないですけど』



 神殿の収入のうち、まず分かりやすいのは信者からの寄付金。

 特別に収入が多いわけではない一般人の寄付でも積もり積もれば相当の大金になりますし、元より裕福な王侯貴族の寄付金額ともなればあえて言うまでもなし。一度の寄付で一般人の月収や年収を軽々超える金額を出してくることすらあるでしょう。


 それ以外の収入源としては、結婚式や葬式などを取り仕切る際の謝礼金。

 名目上は「謝礼」であって決してお金のためにやっているわけではないという建前はありますが、辺鄙な地方を旅するような神官にとっては貴重な資金源でもありますし、比較的暮らしが安定している都市部の聖職者であっても決して疎かにはできません。

 また、社会において聖職者が一目置かれ、時には高位の貴族などからも丁重に扱われるのは、こうした他では替えが利かない「お仕事」をキチンとこなしているからという理由もあるはずです。


 それ以外の収入源としては、病院や養護施設が併設されている場合は患者から支払われる治療費や国や領主から出る補助金。少し変わったところだと敷地内の畑を耕して作った作物を販売したり、収穫した果実や穀物から仕込んだお酒を売ったりなど。このあたりは神殿ならではというわけではありませんが、やはり少なからずお金の動きがあるわけで。


 一般的に俗世から隔絶され清貧を重んじる集団と見られることも少なくない神殿組織ですが、人間社会で生きていく上では好むと好まざるとに関わらずお金と無縁ではいられません。

 上述のように色々な収入源もあるわけで、適当なドンブリ勘定で大雑把にやっていては遠からず大小様々な問題が出てくるでしょう。



『そういう会計とか計算が得意なヒトが最初から神官として勤めてくれてたら手っ取り早いんですけど、そんな美味い話は滅多にありませんからね。数字に強いヒトなら普通に商売でもやるか、役人にでもなって立身出世を目指したほうがよっぽど良い暮らしができますし』


「ま、だろうね。代案としては外部の専門家に神殿のそういうお金周りの業務を委託するとか、気が長い話になるけど神官志望の子供に早いうちからじっくり専門的な教育を施すとか?」


『ええ、レンリさんが仰ったようなことは現行の神殿でもしてますね。ただ、そういう体制にはどうしても不備が付き物というか、十分な人手を常に確保できるわけではないがゆえのトラブルがですね……』


「はいはい、要は知識や権限を持つ担当者が限られてると、横領とかの不正対策に穴が開きがちになるってことでしょ? そもそも維持で手一杯な田舎の貧乏な神殿ならまだしも、王都あたりの大きな神殿だと扱う金額が金額なだけに、ついつい魔が差しやすくなっちゃいそうだし」



 分かりやすい不正対策としては、お金の管理者を増やしての二重三重のチェックや定期的な担当者の異動、あとは利害関係のない第三者による調査を義務化するなどでしょうか。それでも人間がやることに完璧はありませんし、どうにかチェックの網をすり抜けようと試みる不届き者は出てくるでしょう。



『こういうのって個人の善性や意志力に期待するよりも、どうやっても不正のしようがない仕組み作りに努めるのが時間はかかっても結局は一番効率的なんですよね。あとはまあ迷宮の皆が創った新地獄の犯罪抑止効果にも期待したいところではありますけど、そっちの成果に関しては現状未知数なところがありますからねぇ』


「うんうん、そのあたりは実際の効果を見ながら臨機応変にって感じかな。ここまで分かったかい、ウル君?」


『ぐぅぐぅ……はっ!? わ、我はもう全部マルっと分かってる……のよ?』


「そうかい? 自分の神殿に集まった寄付金だからって、全部キミのお小遣いとして好き放題に使えるわけじゃないってことも分かってる?」


『えっ? そ、そうなの!?』



 理想のマイ神殿という楽しげな話題が、いつの間にやら世知辛くもシビアなお金の話に。建物や設備としての神殿ではなく、組織としての神殿やその運営について話すのは幼女神達の予想を外れていたようです。退屈したウルはもう誰が見てもハッキリ分かるくらい熟睡していましたし、ヒナあたりも理解が追いつかなかったのか露骨に目が泳いでいます。


 別に新しい神殿の運営を開始したからといって、信仰対象たる彼女達が自分の目で帳簿のチェックや入出金の計算をする必要はないでしょうが、この調子だと少しばかり不安が残ります。

 具体的には、自分への寄付なのだからちょっとくらい構わないだろうと安易に考え、会計担当の目を盗んで勝手に持ち出したお金で買い食いをしたりなど。神様が横領の罪で逮捕されるかどうかは微妙なところですが、大きく威信を損なうのは間違いないでしょうし、今のうちに神として相応しい振る舞いやマナーをもっと厳しく叩き込んでおくべきかもしれません。



「つまりは、地道にお勉強しなさいってことさ。社会や組織の中のお金の流れとか人員や物品の管理とか、あとは不正をやりそうな人間が考えそうなパターンをあらかじめ覚えておくとか」


『えぇ~、面倒くさいの……』


「はっはっは、まあ私がヒマな時にでも教えてあげるから安心したまえ」



 いくら強くなってもそれだけでは不十分。

 一人前の神様になるには、まだまだ厳しい試練を乗り越えねばならないようです。


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