ゴッド抱負
休憩のタイミングを好機と捉えて突撃取材に来た一人で二人のサニーマリー。
敬虔かつ常識的な神殿関係者が知ったら、あまりにも大胆不敵な不遜ぶりに頭の血管がプチプチ切れて危ないところだったかもしれませんが、今回は幸いにもそういう人は居合わせなかったので特に問題なくインタビューが始まりました。
彼であり、なおかつ彼女でもある妖精記者が最初に目を付けたのはネム。
以前、生き返らせてもらった際に面識が出来ているため話しやすいと感じたのでしょうか。姉妹神の中でも特に発言が読めない彼女にいったい何を聞くのかというと……。
「では」「ネムちゃんに」「質問です!」
『くすくす。はい、なんでもお聞きになってくださいな』
「じゃあね」「まずは」「抱負を聞かせて」「欲しいかな?」「うんうん。神様としての」「豊富な」「抱負を」
これから神様として正式に新人デビューするにあたっての抱負。
意外にも普通というか意外性に欠けるというか、至極真っ当な質問です。あるいは「まずは」と前置いているあたり、本命の質問前に簡単な問いを挟んで取材相手の口の滑りを良くしようとしているのか。
『抱負ですか? そうですねぇ……』
ネムはしばし黙考。
右に左にと何度か首を傾げて、それから答えを返しました。
『我は、人間の皆様が笑顔で過ごせるようにお手伝いをしたいです』
「ふむふむ」「スマイルだね」「そこ、もう少し」「具体的に言うと?」
『病気やお怪我を治したり、あとはお身体だけじゃなくて心とか、古くなった道具や建物もですわね。ああ、でも、なんでもかんでも見境なく治したり直したりすると、お医者さんや職人さんのお仕事がなくなって困らせてしまうとお姉様達に言われてますので。我は人間の皆様だけではまだ対処が難しそうなのだけ、ささやかなお手伝いをさせていただく程度で』
とうとう、ネムも加減というモノを覚えてくれたようです。
これも姉妹達が何度も何度も根気強く言い聞かせてきたおかげ。
立派に成長してくれたネムの姿にモモ達も心なしか誇らしげにしています。
ネムがうっかり張り切り過ぎたら医者という職業そのものが過去の遺物となりかねませんが、ちゃんと加減を考えながら神様稼業をやってくれるつもりならそのあたりは大丈夫。同じく古道具を大事にするあまり長持ちさせすぎて新品の需要がほとんど無くなってしまったりなど、他ジャンルでネム由来の混乱が発生する心配は無用でしょう。
それでいて人間の手に負えない重体の急患や難病については、後遺症などもなく完治まで面倒を見てもらえるわけですから、これは人間にとって相当にありがたい神様と言えそうです。
「うんうん、これなら」「また」「いつ」「パンをノドに詰まらせて」「死んじゃっても」「安心だね」「その時は」「よろしくね」
『くすくすくす。サニーマリー様はもう少しゆっくり噛んでご飯を食べたほうがよろしいですわね』
「それで」「ネムちゃんの」「力を」「借りたい時はどこに」「行けば」「いいの?」「どこかの病院とか」「神殿とか」「そういう決まった場所が」「あるのかな?」
『場所ですの? ええと、そういうのは特に決めていなかったかと』
サニーマリー自身はそこまで深く考えての質問だったわけではなさそうですが、偉大なる神々の御力を借りたい時にどこでどのような手続きを踏めばいいのか。このあたりを明確に定めておかないと、確かに少なからぬ混乱が生じそうです。特にネムの助けが必要なほどの緊急時ともなれば、咄嗟に冷静な判断をするのも難しいでしょう。
ネムがその気になれば死者を蘇らせることすら可能とはいえ、だから「いつどこでどんな風に死んでも大丈夫」みたいな人命軽視の風潮が蔓延したら怖いものがありますし、もし後で生き返れるとしてもそうなるまでに感じる苦痛が少ないに越したことはありません。極力、迅速かつ適切な処置を施すためにも、そういった制度や仕組みを明確化しておくのは悪いことではないはずです。
「ああ、ちょっといいかい?」
インタビューの途中ですが、ここでレンリからも意見が出ました。
彼女もそういった窓口の問題については考えていたのでしょう。
「迷宮の皆に何かお願いをするとして、その窓口の候補として各々の神殿を新しくこさえてはどうかと思うんだ。各国にある既存の神殿にそうした機能を持たせることも考えたけど、古い組織の構造というのは何かと硬直しがちだからね。それならいっそ新しく作っちゃったほうが面倒がないんじゃないかなって」
今ある既存の神殿とは、すなわち女神を祀るための組織であり建物でもあるわけですが、それとは別に新しく七柱分の神殿を各国各地に。誰に何をお願いするにしても一つの窓口で全部を処理するより現場の負担は減るでしょうし、そうやって立派な建物をデンと構えていればそれだけで箔が付いて得られる信仰心も幾らか増えるかもしれません。
『ええ、わたくしも良いと思いますよ。そこに勤める神官の皆さんは、当面の間はわたくしの神殿から派遣する形でもいいでしょうし。建てるのに必要な土地に関しても、事情を話せば王族や貴族の皆さんが喜んで提供してくれるかと』
ベテランの神である女神もレンリのアイデアに賛成のようです。
地球の歴史上でも古代ギリシャやローマあたりでは、街中に様々な神々を祀る神殿があるのが当たり前でしたし、日本における神社もある意味では似たようなもの。会いに行ける偶像ならぬ神様というのはちょっとばかり斬新ですが、恐らくはそれらに近い形になるのではないでしょうか。
「ネムちゃん達」「専用の」「神殿だって」「ねえねえ」「どんな風な建物に」「するの?」「遊びに行っても」「いい?」
『くすくすくす。ええ、いつでもどうぞ。まだ何も決まっていないのに気が早いですけれども』
『はいはい! 我の神殿には我の大っきい絵とか像とかいっぱい飾るの! それと、いつでも食べ放題で美味しい食堂と、プールみたいに広いお風呂と、それからそれから――』
『うふふ、モモの神殿はそんな広くなくていいですけど、快適にお昼寝できるベッドは欲しいのです。神官のヒト達には、そんなモモを甲斐甲斐しくお世話してもらう方向でどうかひとつ』
ウルやモモまで加わって、自分の理想の神殿を考える流れになってしまいました。
まるで普通の勤め人が建築家に依頼して念願のマイホームを建てるかのような感覚ですが、彼女達が日常的に詰める場となるならば、案外それで正しいのかもしれません。
そうして次なる話題は幼女神達の理想のマイ神殿へと移りました。