手段を選ばぬエマージェンシー
休憩中のレンリ達を訪ねてきたのは少しばかり意外な面々でした。
「ご歓談中失礼します。ええと、どうしてさっきの流れでご歓談が成立しているのでしょうね?」
「ふふふ、私達もその場その場のノリでやってるだけだから正直全然分かってないんだけどね。それで外村さん達はどういったご用件かな? ああ、お昼がまだだろうしお腹も空いた頃か。ピザ食べます?」
ドアの前にいたのは、日本国の外務官である外村氏および数名の地球人達。
予定外のスケジュールのせいでお腹を空かせた彼らは、この部屋のテーブルに広げられたピザやフライドチキンの匂いを嗅ぎつけてお相伴に与ろうと……なワケはありません。
「ははは、魅力的なお誘いですが食事をご一緒するのはまたの機会に。それで私達の要件ですが、皆様にお願いしたいことがございまして。先程の映像を眺めていた時にそちらの、ええと……剣のレンリさんからもお話があったと思うのですが」
『うん、私? 何か変なこと言ったっけ?』
登場からここまで変なことしか言っていないのはさておいて、自前の念動力を駆使して大盛りのモツ煮をかき込んでいた運命剣が反応しました。そんな日本人達の「お願い」が何かというと……。
「恥ずかしながら我々も指摘されるまですっかり失念していたのですが、こうしている今も日本側では式典のために待機している方々がおられるわけでして。可能なら向こうに人を送って現状の説明をしておくべきだろう、と」
『ああ、はいはい。そういえば、そんなこと言ったかも』
言った当人である運命剣としては半ば軽口のつもりだったようなのですが、そのあたりを真面目に気にするのはまさに役人らしい几帳面さ。予定した時刻を大きく過ぎても世界間を繋ぐ穴が開通しないことから、日本側でも何かしらのトラブルやスケジュールの遅延は察しているにせよ、まさかこれほどまでの大トラブルが発生しているとは夢にも思わないでしょう。
この遅れが『延期』で済むか『中止』になるかは今後のこちらの展開次第になりそうですが、無為な待ちぼうけをさせられている人々のためにも、現段階で起きていることを誰かが日本側に伝えに行っておくべきというのは決して間違ってはいないはずです。
「じゃあ、迷宮の誰かかシモン君かライムさんか、誰でもいいからパパっと送ってあげてきてよ」
『おっと待ちたまえ、私。ただ説明するにしても、普通に口頭でここまでの経過を報告するのは大変だろう? 下手をすれば全部本当のことを言ってるのに、精神的な疾患や薬物使用を疑われかねないというか』
その原因の大半は運命剣にあるわけですが、困ったことに恐らく正解。
万が一にもそんな疑いを持たれてしまったら、職務に忠実だったばかりに各々の所属組織内で彼らがコツコツ積み上げてきたキャリアが一瞬にして崩壊しかねません。
『まあ、それについてはちゃんと考えてあげるから安心したまえ。ええと、誰かスマホあるかな? 無ければタブレットとかノートPCでもいいけど。ある? じゃあ……えいやっ、と! うん、これでさっき流したのと同じ映像のデータを送信しておいたから確認してもらえる?』
「あ、はい。確かに送信元不明の動画ファイルが入ってます。パスワードやセキュリティソフトはどうやって……いえ、愚問でしたね」
相変わらず刃物としての使用以外については無闇に多芸な運命剣。
持ち主の許可を得る前に、日本人組が持っているデジタル端末のセキュリティを突破して、状況説明に有用であろう動画データを送り付けてしまったようです。
『ふっふっふ、この時代のセキュリティなんて私にかかればフリーパスも同然だからね。ついでに私がこの時代に出現して以降撮ってたデータも入れておいたから。こっちは無編集だし私が撮ってる関係で画角や構図にちょっぴり不満はあるけど、まあこの際だから我慢してあげよう。有効に活用してくれたまえ』
「そ、そうですか。色々とお心遣いありがとうございます」
ここまでの経過を余さず撮った動画など提出したら、それはそれで用意が良すぎて世界ぐるみのドッキリなど疑われてしまいそうですが、それでも何の説明材料のない徒手空拳より少しはマシというものでしょう。あとはもう数々の外交の場で鍛えられた彼ら自身の弁舌能力に期待するほかありません。
「では、迷宮の皆はまだ本調子ではないかもしれんし、俺がちょっと行って送ってこよう。日本側の式典会場の場所は……ふむ、承知した。では、少しここを抜けるので後を頼む」
話がまとまったところでシモンが抜剣。
室内で軽く素振りをすると目の前の空間にぱっくり切れ目ができました。
穴の向こうには東京都内らしきビル群の光景が広がっています。
「む、少しズレたか? 俺自身が行ったことのない場所だと、修行不足ゆえ出現位置がイマイチ安定しなくてな」
「いえいえ、お美事でした殿下。スマホの電波も繋がったようですね。失礼、地図アプリで見てみると……どうやら会場まで電車で一駅かからないくらいの場所だそうです。これなら徒歩でも何分もかからないかと」
ちょっと狙いはズレたものの、これなら十分に許容範囲内でしょう。
「そんなわけで俺も日本側の会場まで彼らに付き添って送っていく。そうすれば次からは直通で行き来できるだろうしな。いや、今のうちから次がある前提で話すのもどうかと思うが」
すでに二度の休憩時間があった以上、三度目以降もないとは言い切れません。
ここからまた事情が二転三転するのは想像に難くありませんし、キリ良く抜けられそうなタイミングがあれば追加の連絡要員を送り迎えすることもあり得ます。
「じゃ、シモン君。彼らのことをよろしくね。ああ、それと日本に行くならついでに――」
「うむ、皆まで言わずとも承知しておる。できれば邪魔をしたくなかったが、身内の生き死にが懸かっている以上、悠長に手段を選ぶべきではなかろうしな。ここから何をどうすれば解決するのかは正直さっぱり分からんが、ただ向こうに状況を報せておくだけでも何かしら違ってくるだろうさ。俺のスマホも……うむ、最近は部屋に置いたままだったが充電も残っているようだ」
異世界ならぬ同世界であるだけ技の難度が低いのか、今度は剣すら抜かずに手刀で空間に穴を穿って肘から先だけを突っ込んでゴソゴソまさぐり、屋敷の自室に置きっぱなしにしていたスマホも確保。シモンの人間離れもいよいよ魔王一家の域に近付いてきたようです。
そうしてエスコート対象と一緒に日本の地に出たシモンは、移動中の信号待ちで一行の足が止まった隙に電話帳アプリを立ち上げ、慣れない手付きで登録済みの名前一覧をスクロール。
「『こ』はか行の一番下だから並び順からするとゴゴの次あたりに……お、あったあった。早くも胃が痛みそうだが、この際仕方あるまい。ああ、もしもしコス――」
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≪おまけ≫




