怒りと希望のベストオーダー
というわけで、またもや休憩時間に入りました。
一人と一本のレンリ以外は頭の上に大きめの疑問符を浮かべているわけですが、衝撃的な歴史的真実を脳味噌に叩き込まれてショックを受けていた人は少なくなかったのでしょう。多少なりとも気分と思考を切り替えるための時間を得られたのは、正直ありがたくもあったようです。
「ぜぇっ、はっ……オラッ、買ってきたぞ! ホールサイズで残ってたの全部!」
「やあやあ、ご苦労ルー君。褒めて進ぜよう」
『お茶ならルカ君が煎れてくれたからキミも一服するといい。見たところ、まだ日も高い時間なのに妙に疲れているようだし』
「うん、お前らのオヤツを買いに行ったせいで疲れたんだけどな?」
これはちょっと切り替えすぎかもしれませんが。
またもや街まで使い走りをさせられたルグは息を切らしていますが、街の中心近くまで往復五キロ以上も、それも復路に関しては持てる限りのパイやケーキを抱えながらとなれば鍛え方の甘さを指摘するのは酷というもの。
むしろ、かなりの速さで走ってきたのに柔らかいお菓子が一切潰れたりしていない点を評価すべきでしょう。冒険者としてはあまり一般的でない数々の雑用をこなし続けて磨かれた、圧倒的なまでの世話焼き力の賜物です。そこを褒められてもルグ本人は嬉しくないでしょうけれど。
「ほらほら、私の奢りだからウル君達や神様も遠慮なく食べたまえ。キミ達が食欲ないなんて珍しいね。ダイエット中?」
『……そんなワケないの』
「ウル君のツッコミにもいつものキレがないなぁ」
ですが、誰もが普段通りとはいきません。
とりわけアイを除く迷宮達は、先程の上映会場から施設内のこの部屋まで移動する時もその後も、六人がかりで女神にひしと抱き着いて離れようとしないため非常に歩きにくそうでした。
「ドキュメンタリーの自分役への感情移入っていうのも変な話だけど、まあ心情的には無理もないか。いや、むしろそうやって罪の意識を煽ることで神様を心変わりさせる作戦はアリかもね? よし、そうと決まれば皆もっとギャンギャン泣いて喚いてやるがいいとも! そら、さっきの子役達を見習って泣いた泣いた。いくらモデル元だからって立場に甘えて雑な『泣き』をしてるんじゃあないよ」
『……ああ、もうっ! そんな風に言われたら逆に涙が引っ込んじゃうの! なんだか腹が立ってきたから思いっきりヤケ食いしてやるのよ!』
「こらこら、ちょっと元気になったのは良いとして私の分まで食べるんじゃあないよ! あっ、ゴゴ君達まで!」
物事を止めさせる最も効果的な方法の一つは「やるな」と言うのではなく、もっともっと徹底的に、うんざりするほど「やれ」と強制されること。元々、本人達がやりたくてやっているわけでないなら尚更効くでしょう。
慰められているうちは悲しい気分にも浸れるけれど、もっと泣けと催促されると逆に悲しむ気分ではなくなってしまう。場合によっては逆効果にもなりかねませんが、今回はレンリの作戦が見事にハマったようです。
『腹が立ったといえば、そもそも我々は女神様に対して怒るべきなのでは? あ、おかわり頂きますね』
『もぐもぐ……そうよね。いくら創造主だからといって、やっていいことと悪いことがあると思うわ!』
『モモもだんだん頭に来たのです。ここはひとつ子供らしく皆で反抗期に突入して女神様を困らせてやるべきなのでは?』
『ええ、我も心を鬼にして女神様に「めっ」てして差し上げますわ。くすくすくす』
『反省。要求。うん、我としても異存はないよ。どうやら我々に仕込まれていた良からぬギミックも封じられたようだし、深く反省してもらうためにも一発カマしてやろうじゃないか』
『あぃ!』
以上、迷宮一同。
なんとも頼もしい限りです。
怒りとは他者を無闇に威圧し不当に利を得ようとすべく用いる分には否定されるべき悪徳ですが、一方で世の理不尽や不正義に立ち向かうための原動力にもなり得ます。そして現在まさに彼女達はこの上ない理不尽に晒されつつあるわけです。怒りを燃やす権利は十分にあるでしょう。
今は姉妹揃ってお菓子のヤケ食いをしながら、時折虚空に向けてシャドーボクシングなどして戦意を高めている様子。もちろん創造主である女神に対しては多大なる尊敬や感謝がありますが、だからといって何でもかんでも無条件に許されるわけではない。そこのところをキチンと分からせてやる方向で、あっという間に意見が統一されていきました。
「はっはっは、親を想う子の心というのは美しいものだね。ねぇ、神様?」
『あわわわ……』
いったい何をどうされてしまうのか。いくら創造主とはいえ戦闘力に関しては生まれたての子犬にも劣ると自負する女神は、顔を青ざめさせたままビクビクと震えるばかりです。
「ん。おかわり追加」
「おや、ライムさん気が利くね。ルー君が買ってきた分はもうなくなっちゃったし、どうやら皆も調子が出てきたみたいだし」
そうこうしている間に食べ物のおかわりもやって来たようです。
ここまでずっと口の達者な誰かさん達が喋るばかりで皆の力になれていないのを密かに気にしていたのか、あるいは単に座りっぱなしで身体を動かしたくなったのか。ライムが山のような料理を抱えて戻ってきました。
ピザにフライドチキンにフライドポテト。
サンドイッチ各種に菓子パンに総菜パン。
おにぎり、焼き鳥、モツ煮込み。
キャンディやクッキー、チョコレート。
こうしている間にもどんどんテーブル上の食べ物が増えつつあるのは、あまりに速すぎてレンリには動きが見えませんが、ライムが街の各所にある飲食店とこの部屋とを何度も何度も往復しているおかげでしょう。自前のスキルで壁や障害物をすり抜ければ、最短距離で直線的に店との往復が叶うというわけです。
「ずいぶんフラストレーションが溜まっていたようだね。今回は誰かしら分かりやすい黒幕なりワルモノなりをボコスカ叩きのめせば解決するタイプのトラブルでもなさそうだし」
「ん」
「うんうん、もっとライムさん向けの案件なら良かったんだけど……いや、そう判断するのは早計かな? この後のコーナーで神様に色々自白ってもらう予定だけど、その内容如何では遠慮なしにブン殴っても問題ない真の闇の裏の黒幕的な相手が生えてくるかもだし?」
「わくわく」
「そんなワケだから、神様。ライムさんもこの通りわくわくしてることだし、そういう方向の真相を一丁よろしく!」
『えぇ、そこでよろしくされても困るんですけど……』
女神はささやかな抗議の意思を示していますが、今やほとんど誰も聞く耳を持ってはくれません。これで休み明けに言わされるであろう真相がつまらないものならば、果たしてどんな目に遭わされてしまうのか。
いえ、皆の目的そのものは女神を救うことで一致しているのですが、その過程で発生するであろうアレコレを思うと今から恐ろしいものがありました。
まあ、それはそれとして。
「おや、誰か用事でもあるのかな?」
休憩室の戸を叩くノックの音が聞こえてきました。
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≪おまけ≫
1000話目です。
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