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仕切り直し


 広場に何人も現れた眼帯の男の偽者、黒幕が身代わりに利用した被害者達は、一人残らず無力化されました。



「おのれ……っ!」



 ですが、シモンの胸中にあるのは安堵ではなく焦りと怒り。

 肝心の術者を逃がしてしまった以上、いずれまた新しい被害者が生み出されることでしょう。


 卑劣な敵に対しての、そして自分の無力さへの怒り。

 その激情が彼から冷静さを奪いつつありました。

 どこに逃げたのかも分からない相手を探すべく、闇雲に走り出そうとしましたが、



「……ぐっ」



 しかし、即座に止まりました。

 走らなかったというより、最早走るだけの余力がないのです。


 先程シモンが使った重力結界は、本来であれば5~10m程度の範囲での使用を想定した術。魔力の消耗は範囲の拡大に比例して加速度的に増加します。

 怪我人を出さず、物品も壊さずに済ませる為にはあれが最適解だったとはいえ、通常の三十倍を超える範囲の結界は、彼にとっても相当の負担だったのでしょう。並の魔法使いなら魔力が枯渇して干物になっていたかもしれません。


 顔は病人のように青褪め、立っているのもやっとという有様。

 ナイフを素手で掴み止めた際の出血も止まっていません。

 こんな状態で先程の偽者を全て無傷で制圧できたのが不思議なくらいです。



 ですがシモンはふらつく足取りで、どこにいるとも知れない犯人を捜しに行こうとして……突然、身体が楽になったのに気付きました。



「とりあえずの対症療法ですけど、私の魔力を」


『うぅ……シモンさぁん……っ』



 いつの間にかレンリが背に触れて魔力を送り、ウルが泣きそうな顔でシモンに縋り付いていました。

 彼女達以外に、ルカ達や周囲にいる民間人も心配そうな面持ちを浮かべています。

 詳しい事情は分からずとも、彼ら彼女らも、何らかの脅威からシモンが身体を張って自分達を守ってくれたのだとは理解しているのです。



『あ、手から血が!? は、早く手当てしないとバイキンが入っちゃうのよ!?』


「うちの店に救急箱があるわ。すぐ取ってくる!」


「誰か、医者か治癒術使える奴はいないか?」


「オレ、走って呼んでくる! あ、騎士さん、よく分かんないけどさっきはありがとな!」



 さっきまでとは反対に、人々がシモンのために動き出していました。

 彼だけではなく、巻き込まれて怪我をした者や、操られ今は意識を失っている者にも、手分けをして応急手当てをし、まるで広場全体が激戦区の野戦病院になったかのようでした。



「……はは。俺もまだまだ、か」

 


 その光景を見て、何かしら思うところがあったのでしょう。

 いつしかシモンは普段の落ち着きを取り戻していました。








 ◆◆◆








 やがて、本部で指揮を執っている副団長が寄越した兵隊達も広場にやってきました。

 人手が足りない中、どうにかやり繰りして大急ぎで隊を編成したのでしょう。本来の所属や階級もごちゃまぜの混成部隊でした。



「団長、遅れて申し訳ありません」


「構わぬ。事情が事情ゆえ止むを得ぬ」



 この頃にはシモンの魔力欠乏も幾らか回復し、戦闘は難しくとも普通に歩けるくらいにまでは回復していました。


 治療の引き継ぎや、具体的な被害状況の調査、操られた人々の保護など各部隊の隊長格と協力してテキパキと指示を出すと、普段から厳しい訓練を積んでいる兵達は、流石の手際の良さで次々と課された役割を果たしていきました。



 そして、指揮官としての仕事がようやく一段落した頃。



「あ、あの……あり、が……」


『ありがとうございました! おかげで助かったの!』


「うむ。どういたしまして、だ」



 先程から話しかけるタイミングを窺っていたのでしょう。

 周りで待っていた面々が改めてお礼を言いにきました。



『お姉さんは我を囮にして自分だけ助かろうとするし、危ないところだったのよっ』


「ははは、何を言っているんだい? あれは敵を油断させる作戦に決まってるじゃないか!」


『え、そうだったの!?』


「もちろんだとも!」



 レンリは一瞬も躊躇わずに言い切りました。

 素直なお子様であるウルは、こうも堂々とされると自信がなくなってきてしまうようで、



「ウル君ならきっと私の真意を分かってくれると信じていたからこそ、ああいう策を実行できたのだよ。だからこそ、キミもあんな低レベルな争いに応じてくれたのだろう? だよね? ね?」


『えっ、え? えっと……も、もちろん我も分かって演技してたのよ? なんか、そんな気がしてきたの……』


「うむ? よく分からんが無事で何よりだ」



 まあ、レンリとウルに関しては大丈夫。普通なら絶交の危機でしょうが、この調子ならウルが完全に言い包められるのも時間の問題でしょう。




 

「それにしても、逃げないでいてくれて助かったぞ」


「えぇと……どう、いたし……まして?」


 そして、アルバトロス一家の三人と一匹もまだこの場に残っていました。

 シモンが弱っていた時ならロノに乗って脱出することも出来たでしょう。

 ですが、仁義を重んじる血がそうさせたのか、あるいは別の理由によるものか、彼ら三人と一匹もさっきまで市民の有志に混ざって怪我人の救護や諸々の後片付けを手伝っていたのです。


 もっとも、そのせいで逃げるタイミングを逸してしまったのですが。



「ま、助けられちゃった分の義理もあるしね」


「そなたは、その少年とルカ嬢の……姉君でよいか? 先程、怪我人の救護を手伝ってくれていたな。かたじけない」


「……ふんっ」



 シモンが感謝を述べると、リンは居心地悪そうにそっぽを向いてしまいました。どうやら、良い事をしてお礼を言われるのに慣れていないせいか照れているようです。



「そなたらには色々と聞きたいこともあるのだが」


「ぁの……お手柔らか……に」


「そりゃ、そうなるよねー」



 すっかり恐縮したルカと、飄々とした様子のレイル。

 今更逃げ出したところで帰る家はありませんし、完全に顔を覚えられています。先刻目の当たりにしたシモンの実力を思えば、下手に抵抗や逃走を図るよりも少しでも従順に振舞ったほうが賢い選択なのは間違いありません。



「いずれにせよ、ここでするような話ではあるまい。レンリ嬢達も、可能性は低いが再び狙われるやもしれぬ。ひとまず場所を変えるとしよう」








 ◆◆◆







《オマケ》


 一同が場所を移動する少し前。

 ようやく手足の縄を解いてもらったルグにシモンが声をかけました。



「ルグよ、その足はどうしたのだ?」


「逃げる時に靴を持ってくるヒマがなくて……」



 実際にはもっと複雑な事情がありますが、ルグはあえて言葉を濁しました。

 それについて詳しく話そうとすると、同い年の女の子にお姫様だっこをされた件や、その前の監禁事件についても話さねばなります。詳細を説明しようとすると、どうしても自身の恥ずかしい話をしないといけなくなるので、躊躇いがあったのです。



「そうか、裸足では何かと不便であろう。ほれ、これを靴代にするがよい」


「あ、ありがとうございますっ!?」



 シモンは懐から財布を取り出すと、金貨を一枚渡しました。

 幸い、この広場のすぐ近くに靴屋はあります。

 これでどうにか、ルグもまともに動けるようになるでしょう。



「その代わりと言ってはなんだが、一つ遣いを頼めるか?」


「ええ、俺にできることならなんでも!」


「なに、そう大したことではない。ちょっと迷宮にまで行って彼奴あやつを呼んできてくれぬか」








 ◆◆◆◆◆◆





《オマケのオマケ》

ウル

※頭の花や葉っぱはアクセサリではなく直接生えてます

※その気になれば引っ込めることもできますが、本作は人外に寛容なタイプのファンタジーなので基本そのまま

※花の色はその時々の気分で変えられます


挿絵(By みてみん)



シモンが彼女を呼ぼうとしたのは、別に凄腕のヒットマンに依頼をするとかそういう類の用件じゃないのでご安心ください。いやマジで。

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