王都_その2(B面)
王都_その2の補足として、ざっくり執筆しました。
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仔どもの微かな鳴き声に、雌獅子はあくびを漏らしつつ瞼を開く。
闇の中、苦し気に鳴く声が煩わしい。睡眠を妨げられた雌獅子は不機嫌になる。
前脚を使ってグイッと抱き寄せると、むずかる仔どもがすり寄ってくる。
温もりを求めてか、身体を密着させる仔どもに、雌獅子の鼓動が伝わる。
トクン、トクンと、穏やかな心音を感じて、いつしか仔どもが鳴き止む。
ぐすぐすと鳴らしていた鼻息も、次第に穏やかになる。
仔どもが大人しくなると、雌獅子は安堵のため息を吐いた。
雌獅子は首を伸ばし、仔どもの顎や鼻づらを舌でゆっくり舐めてやる。
やがて仔どもは、静かな寝息を立て、深い眠りに落ちていった。
やれやれと、やっとこれで眠れる。
また起こされてはかなわないと、雌獅子は仔どもを抱き寄せて温めた。
(…………どうしよう、これ)
クリスは目が覚めると、ヨシタツに抱き着いている自分に気が付いた。
ヨシタツもまた自分の背中に手をまわし、寝息を立てている。
うすぼんやりと、昨夜の記憶が蘇る。
夢ではなかったとようやく悟ると、彼女の頬が一気に熱を帯びた。
(ナめてしまったあっ!?)
彼女は羞恥に身悶える。ちょうどヨシタツの襟元に顔を埋めていたので、とりあえず匂いを嗅いでみた。
それで少し、気分が落ち着いた。
「う…………ん」
ヨシタツのうめき声に、クリスが固まる。
(うわああっ! ええとこうなったら!)
エイッとばかりに、寝たふりをするクリス。
ヨシタツがもぞもぞと身動きすると色々な部分がこすれるが、それを鉄の意志で耐える。
しかし彼が深呼吸した瞬間、思わず悲鳴をあげそうになった。
(バカ! なんで嗅ぐのよ!)
しばらくしてから、事態に気付いたヨシタツが小さく悲鳴を漏らす。
それを聞いて、無性に腹の立つクリス。
ヨシタツが窓を開けると、彼女は寝ぼけた風を装って寝返りを打った。
赤くなった顔を見られないように。
◆
ヨシタツが、今朝の出来事について何も言わない。
そのことが、クリスを不安にさせていた。
二人は黙々と朝食を摂ってから、政庁前広場へと赴いた。
昨日と同じく、猛々しい彫像の前に座ったのだが、なぜか過剰なスキンシップを求めてこない。
(どうしたんだろう、いったい)
本音を言えば、彼女は嫌だったのだ。演技で恋人役をやらされることが。
ヨシタツは終始冷静で、情熱の欠片もなく触れてきたことが、彼女を傷付けていた。
それなのに今日のヨシタツは、指一本触れようとしない。
今日の彼の態度がひどく冷淡で、よそよそしいとクリスには感じられた。
彼女には、思い当たる節が今朝の出来事しかない。
(…………もしかして、怒っているのかな?)
好きでもない女に抱きつかれ、不愉快になったのかもしれない。
自分だってそうだと、クリスは思う。ヨシタツ以外の、好意のない異性に気安く触れてほしくない。
彼女の心配は、それだけではない。
(もしも――――もしも誘っているのだと勘違いされたら?)
気味が悪いと思われたらどうしよう。面倒だと避けられているのだろうか。
そんなことを思いついたクリスは、急に泣きたくなってきた。
「もう大丈夫だから。ありがとう、クリス」
不意に、ヨシタツが言った。
なんのことだが分からないが、クリスには意味などどうでも良かった。
いつもの優しく穏やかなヨシタツの声だった。彼女の好きな声だった。
嫌われたわけではなかったのだ。安心したクリスが、ヨシタツにちょっとだけにじり寄る。
こちらを振り向いたヨシタツが微笑み、彼女は嬉しくなった。
それで、ことは済まなかった。
「タ、タツッ!? こ、これは――――」
とある衣料品店で、ヨシタツが押し付けたもの。
それが下着だと、クリスには即座に気付いた。
後で確認してみたら、下着は薄紅色で、ひどく扇情的なデザインだった。
(いったいどういう意味なのだろう…………)
男性が女性に下着を贈る、彼女には、それがひどく意味深なことに思える。
後日、クリスは仲間になったレジーナに、一般論として尋ねてみた。
「それはもちろん、身に着けて見せてほしいっていう意味よ?」
そうしてしばらく、クリスは悶々と悩む破目になる。
誤解が解けるのは、それよりもさらに後のことであった。