ギルドマスターヨシタツと、秘書な受付嬢の会話
ぎうにう先生の、メガネなセレスのイラストに感謝を込めて。
https://twitter.com/g1un1u/status/796762969824698368
世界に広がれ、メガネ美女!
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「マスター? 起きてください、マスター」
ンガッと息を呑んで、ヨシタツが目を覚ます。
「…………セレス?」
最初はぼんやりとしていたヨシタツが、慌てて口元を拭う。
そしてキョロキョロと左右を見回し、不思議そうな顔になった。
「あれ? どうしてここにいるんだ?」
見覚えのある、豪華ではないが趣味の良い内装の部屋を眺め、首を傾げる。
大きなデスクと革張りの椅子。そこに座ったまま、うたた寝していたらしい。
「まだ寝ぼけているのですか、マスター?」
そう声を掛けてきたセレスを、ヨシタツはマジマジと見詰める。
編み上げた髪の上に、ベレー帽をちょっと傾けて小粋に被り、胸元が大きく開いたギルドの制服を見事に着こなしている。
しかし視線はどうしても、ベルトに吊り下げられたストッキングと、それに包まれた美脚に向いてしまうようだ。
「どうかなさいましたか?」
「い、いや、なんでもない」
ヨシタツが視線を無理やり引きはがし、誤魔化すように咳払いする。
セレスが悪戯っぽく笑いながら、メガネのフレームをくいっと押し上げる。
彼がどこを見ていたか、しっかりと察しているらしい。それでいて、まんざらでもない表情である。
「――――て、マスター? マスターって、俺のこと?」
「あなた以外に、誰がいるのですか」
洒落たデザインのメガネの奥で、セレスの眼差しが呆れたようなものになる。
「あ、いや、うん、そうだ、そうだったね」
ちょっと慌てたヨシタツだったが、次第に頭がはっきりしてきたらしい。
そこは冒険者ギルドの二階にある、ギルドマスターの執務室。
その部屋のデスクに座ることを許された人物は、当然ただ一人。
ギルドマスター、ヨシタツ・タヂカだけだ。
「それでセレス、今日のスケジュールは?」
ヨシタツは頭を振って最後の眠気を払うと、最近身についてきた貫禄のある態度で問い掛ける。
セレスはスケジュール帳を開くと、メガネのフレームをくいっと押し上げた。
「午前中は、最初に自治会長を訪問し、街の防衛に関する改善案について協議します。その後に商業組合に赴いて冒険者資金の運用状況についての報告を受け、そのまま役員方との会食になります。商業組合を出た後は北の森に直行し、次期大討伐の宿営地を視察します。指揮官からブリーフィングを受けた後、現地メンバーとの意見交換会。それが終了してからギルドに戻り、各部署合同の会議を行います。議題は、大討伐における各部署の準備状況の進捗確認。それが終わってから、領主開催の夜会に出席して…………」
「ちょ、ちょっと待てくれ!? なんだよその鬼のような過密スケジュールは!」
ヨシタツが悲鳴のような抗議の声をあげると、セレスのメガネの縁がキラリと光った。
「それをマスターが言うのですか?」
彼女の異様な気迫に呑まれ、ヨシタツがたじろぐ。
「お偉方と会うのは肩が凝ると、マスターがさんざん逃げ回ったせいではないですか。おかげでスケジュールの調整でわたしがどれほど苦労したか。お詫びの書状を何度も書いては送り、関係各所に頭を下げ、ようやく時間を捻出して…………」
「ご、ごめん! 俺が悪かったって!」
セレスが愚痴をこぼし始めると、ヨシタツは慌てて席を立つ。
彼女の背後に回って肩に手を置くと、懸命になだめる。
「いつも苦労を掛けてすまない」
「…………」
「本当に君には感謝しているんだ、受付嬢である君に、秘書役までやらせて、済まないと思っている」
「…………」
「だから、どうか機嫌を直してくれないか?」
「…………別に…………怒っているわけでは…………」
「君がいなけりゃ、俺にギルドマスターなんて大役が勤まるわけがない。君だけが頼りなんだ」
「…………本当に?」
「ああ、もちろん」
後ろから手を回し、ヨシタツはそっと彼女を抱き寄せる。
あっと、小さく声をあげるセレス。
「昔から考えると、夢みたいだな」
「な、なんのことですか?」
耳元で囁かれ、セレスの声がうわずる。血の気が昇り、そのほっそりした首筋を朱に染めた。
「今の状況がね、自分でも信じられないんだ」
「ギルドマスターになったことがですか?」
「いいや、違うよ。そんなのは、大したことじゃない」
ヨシタツの含み笑いに耳朶をくすぐられ、セレスが身悶える。
「君みたいな素敵な女性が、俺の恋人だってことに比べればね?」
「…………タツ」
セレスが、うっとりとしたようなため息と共に、その名を呼ぶ。
「あれ? ギルドの中じゃ、マスターって呼ぶんだって、自分で言っていたのに」
「もう! 意地悪!」
からかうようなヨシタツの言葉に、頬を膨らませて拗ねるセレス。
ヨシタツは、そんな彼女の顎に手を添え、自分の方に振り向かせる。
「君の綺麗な瞳を、直に見せて?」
そういいながら、フレームを摘まんでセレスのメガネを外す。
「あなたがプレゼントしたんでしょ。きっと似合うからって…………必要ないのに」
「はは、ごめんね? でも、君みたいに理知的な女性には、メガネがとても似合うんだよ」
「わたしには理解できない感性ね」
「でも今は、ちょっと邪魔かな?」
「邪魔?」
「うん、こうするのにさ」
そう言いながら、ヨシタツはセレスに顔を近づける。
セレスが目を閉じ、顎をあげて――――
そこで目が覚めた。
ベッドの上で身を起こし、きょろきょろと辺りを見回す。状況を悟ると、頭を抱えた。
甘ったるく、気障な台詞の数々を思い出し――――
「なんて夢みてるのよ!」
セレスは羞恥のあまり、ベッドの上をゴロゴロとのたうち回った。
翌日、ギルドマスターの執務室に入るやいなや、セレスは盛大なため息を吐いた。
「な、なんだ、いきなり朝っぱらから」
「失礼しました。いえ、なんでもありません」
訳が分からず、ギルドマスターのジントスは目をパチクリとさせる。
「さて、マスター。本日のスケジュールですが」
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新たな未来と出会い、感謝の花を手にして微笑むアステルのイラストも公開されていますよ。
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