教えて!誰にでもわかる異世界昔ばなし
「それではみなさん、お掃除、がんばりましょうね?」
「「「はーいっ!」」」
モーリーの掛け声に、元気よく返事をする子供達。
今日は彼女の神殿で、近所の子供達が奉仕活動をするそうだ。
差し入れに来た俺はモーリーに声を掛けず、しばらく様子を見守ることにした。
奉仕活動は社会勉強の一環らしいが、集中力が持続しないのが子供である。
最初こそ、自分の身長よりも長い柄のホウキで落ち葉を掃いていたが、だんだんと飽きてきたようだ。
一人がホウキを引きずって駆け回ると、すぐさま大騒ぎになった。
せっかく集めた落ち葉を蹴散らされて泣き出す男の子。それに怒った女の子が、他の落ち葉を蹴散らしながら犯人を負いかけ――――
混乱が次々と拡大する中、モーリーが孤軍奮闘して子供達をまとめようとする。
泣きじゃくる子供をなだめ、いたずら者を捕まえ、喧嘩を仲裁する。
そんな風に右往左往するモーリーを、俺は木の陰に隠れて温かく見守った。
彼女は動きやすいように神官服の裾をめくって結わえている。
走りまわるたびにチラチラと、白いふくらはぎが覗いて見えた。うん、なかなかだ。
「どうも御見苦しいところを…………」
モーリーが自分の格好に気付いたのは、俺が子供達に差し入れの饅頭を配り、一息ついた頃である。
やはり子供を大人しくさせるには、甘いお菓子が効果抜群だ。
裾を直しながら赤面する彼女に、香茶のカップを手渡す。
「しかし一人だと大変だね。こんなにたくさんの子供達の面倒をみるのは」
神殿前の石畳には、一〇人もの子供達が座り込み、饅頭を食べている。
これだけ数が揃えば、もはや魔物を相手にするよりも厄介だろう。
「…………そう思うのでしたら、隠れていないで手伝って下さればよかったのに」
バレてら!
恨めしげに上目遣いで睨むモーリー。
子供相手にあたふたする彼女が可愛くてつい眺めていました、などとは言えない。
「なにするのっ!」
「ぼくじゃないよっ!」
男の子と女の子が、喧嘩を始めた。モーリーの視線から逃れるため、彼らの側に近寄った。
「どうしたんだい?」
「タンがね、ココに石をぶつけていじわるするの!」
「ぼくじゃないったら!」
「ウソつき! タンはいっつも、ウソばっかりつくんだから!」
どうやらココちゃんに、誰かが小石を投げてイタズラしたみたいだ。
疑われたタン君は無実を主張するが、信じてもらえないようだ。
どうやら彼は、嘘つきのレッテルが貼られているらしい。
キンキンと、甲高い声で言い争う二人を前に、さてどうしたものかと悩む。
「二人とも、喧嘩はいけませんよ?」
モーリーも隣に来てしゃがみ込んだ。その声音は、彼女の人柄がにじみ出るように柔らかくて優しい。
「こんな話を、知っていますか?」
それなのに、なぜだろう。子供達が目に見えて怯えだした。
昔々、とある村に、ウソツキ少年がいました。
少年は村を囲む柵を見回り、魔物が来たら知らせる仕事をしていました。
しかしウソツキ少年は、魔物がいないのに大声で叫び、大人達を何度も騙しました。
ところがある夜、ついに本物の魔物がやってきました。
少年は悲鳴をあげて知らせましたが、村の誰も本気にしません、
どうせまた嘘だろうと、そのまま眠ってしまったのです。
そして逃げ回っていたウソツキ少年は、とうとう魔物に食べられてしまいました。
さらに魔物は柵を越え、こっそり家々に忍び込んで人々を食べたのです。
お父さんをパクリ。お母さんをパクリ。
淡々と語るモーリーが怖い。ココちゃんとタン君が、涙目になって震えている。
男の子をパクリ。女の子をパクリ。お祖父さんとお祖母さんもパクリパクリ。
そして村人はみんな、食べられてしまいましたとさ。
モーリーは無表情に、ぺろりと舌なめずりした。
その村があった場所では、今でも風が強い晩に、ウソツキ少年の声が聞こえるそうです。
…………魔物がきたぞ…………魔物がきたぞ…………魔物が…………
「魔物が来たぞ――――っ!!」
モーリーが大声を出すと、子供達がワッと悲鳴をあげた。
「ごめんなさいごめんなさいもう嘘はつきません!」
「信じなくてごめんなさい!」
「石を投げたのはボクですごめんなさい!」
真犯人が自白するほどの恐怖が伝染し、関係のない子供達まで泣き出した。
「おとぎ話には、子供達が正しく生きるための教訓が含まれているのです」
泣きじゃくる子供達を、モーリーは眺める。
その眼差しは、子供達に対する深い慈愛の念に満ちていた。
「そう言えばタヂカさんは、私のことを助けてくれなかった悪い子でしたね?」
モーリーの素敵な笑顔が、今は無性に怖い!
「タヂカさん、こんな話をご存知ですか?」