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レジーナの恋愛講座 (「教えて!誰にでもわかる異世界生活術」SS)

「こんにちはアッシー! 遊びに来たわよ!」

 アステルが借りているアパートメントのドアを開け放ち、レジーナが乱入した。

「来てくれたのは嬉しいが、呼び鈴ぐらい鳴らしてくれないか?」

「鍵が開いていたからよ、不用心ね?」

 アステルは、カップに香茶を注いでいるベリトを非難がましく睨む。

「最後に入ったのは、お嬢さんですからね?」

「よく来てくれたなレジーナ、歓迎するぞ」

「戸締りはちゃんとして下さいよ?」

「レジーナ、香茶はどうだ?」

「返事は?」

「…………すまなかった」

 ベリトは新しいカップに香茶を注ぎ、レジーナに差し出した。

「どうぞ、お嬢様」

「ありがと。あなた、アッシーの執事かしら」

「そのようなもんです」

「こいつはベリト、執事ではない。ベリト、彼女はわたしの友人で、レジーナ嬢だ」

「お嬢さん、言葉は正確に使って下さい」

 ベリトは朗らかに笑う。

「お嬢さんに友達がいるはず、ないじゃないですか」

 一点の迷いもなく断言され、アステルは自信を無くしたようだ。

「…………いや、友達のはずなのだが」

「はいはい、それでこの方に、いくら支払っているんですか? いくら寂しいからって、お金でお友達を作っちゃダメですよ?」

 頓珍漢な問答をしている二人をよそに、レジーナはプルプルと震えて出した。

「友達だって! あのアッシーがわたくしのことを友達って言いました!」

 感極まったレジーナは、テーブルに身を乗り出してアステルに抱き着く。

 ベリトがサッとカップを退避させなければ、大惨事になっていただろう。

「そうよね! わたくし達は親友よね!」

「ああ、そうだ、その通りだ、だからちょっと手加減をしてくれ」

 ぎゅうぎゅうと容赦なく身体を締め上げられ、アステルは必死になって逃げだそうとした。


      ◆


「それで、意中の殿方ってのは、この人なの?」

 いきなりの質問に、アステルはベリトを見やった。

 しばらく推し量るように眺めてから、ハンッと鼻で笑った。

「うわ、ひでえ」

「この間も言ったが、その件はきみの誤解だからな?」

「なんだ違うのか。それで相手に脈はありそうなの?」

「頼むから、人の話を聞いてくれないか?」

「どうせ奥手なアッシーのことだから、ろくにアプローチもしていないんでしょ?」

「そもそも相手にされてませんでしたね」

「ベリト!?」

 監視人の青年の言葉に、レジーナは目を輝かせる。

「なんだ! やっぱりいるんじゃない!」

 アステルは頭を抱えて、めんどくさいことになったと呻きだす。

「でもその様子だと、成果はさっぱりみたいね」

 そう言いながら、レジーナは手にした古びた冊子をテーブルに乗せた。

「いい、アッシー」

 レジーナの口調が改まり、ひたとアステルを見据える。

「わたし達貴族の娘はね、自分で結婚相手を捕まえられなかったら、親の決めた相手に嫁ぐしかないの。だから貴族の女達は、意中の相手を仕留めるテクニックを代々継承しているの」

「いま、仕留めると言わなかったか?」

 アステルが突っ込んだが、レジーナは聞き流した。

「普通は祖母や母親が嫁入り前の娘に手解きするんだけど…………」

 レジーナが、言葉を探して口ごもった。

「確かに養母からは、そのような話は聞いたことがないな」

 アステルはさして気にする風でもなかったので、彼女は胸を撫で下ろした。

 そして密かに、アステルの養母の非常識さに憤慨した。

「とりあえず、わたしの祖母から貰ったこの指南書を読んでみて?」

 正直、アステルはまったく興味がなかったが、友人の心遣いが嬉しかった。

「ありがとう、レジーナ」

 だから素直に感謝し、心からの笑みを浮かべた。

 レジーナは咳払いし、身悶えしたくなるのを懸命に堪える。

「これがその指南書か」

 古びた、いかにも時代掛かった冊子だ。手書きのメモを何枚も重ねて綴じてある。

 おそらくレジーナの先祖達が、代々書き足してきたのだろう。

 表紙をめくってみれば、かすれた文字で子孫への訓戒を垂れている。

 最後に、家の栄えは夫婦の和合からである。共に苦労を分かち合える相手と出会えることを祈ると、締められていた。

 子孫への思いやりに満ちた言葉に、アステルは感動しつつ、ページをめくる。

 そこにはまず、どのような心構えで相手にアプローチすべきかが説かれていた。


 ――戦術の要諦は奇襲にあり。相手の心の死角を突き、翻弄すべし。

 ――あえて自らの弱点をさらし、相手の油断を誘うべし。

 ――相手が懐に入れば、一気呵成に襲い掛かり、これを撃滅すべし。

 ――二度目があると思うべからず。

 ――この一撃を以って刺し違えんと、事に臨むべし。

 ――意中の相手に情けは要らず、ただこれを仇とも思うべし。


「…………レジーナ」

「なあに、アッシー」

「素晴らしい! さすがは王都でも古い血脈を誇る一門だ。先祖代々積み重ねられた叡智に感服したぞ!」

 アステルは立ち上がり、絶賛する。

「恐縮ですわ」

 すまし顔で香茶を啜るレジーナだが、まんざらでもない様子だ。

 とりあえず落ち着きを取り戻したアステルは、さらにページをめくる。

 どうやら章立てにして整理してあるらしい。

 アステルはとあるページで眉をひそめる。

【武技編】とあった。

「………なあ、レジーナ」

「なあに、アッシー」

「この冊子は、つまり恋愛に関する駆け引きを説いているのだろう?」

「おおむね、そういう内容ね」

「ならなんで、戦いの技を解説しているんだ。ご丁寧に図入りで」

 アステルの頭の中では、どうしても恋愛と戦闘術が結びつかない。

「どんなことが書いてあるんです?」

 興味を持ったベリトが、横から覗き込む。

 アステルは流れを掴もうと、パラパラとページをめくる。

「うん、どうやら立ち技から寝技に持ち込んで」

「うわああああああ!?」

 ベリトは大声を出してアステルから冊子を取り上げた。

「なにをするんだ、ベリト」

「なにするのよ、あなた」

 ベリトは冊子をレジーナに突き出して詰め寄った。

「うちのお嬢さんにいかがわしいもんを読ませないで下さいよ!」

「いかがわしいとは失礼ね! これは先祖代々伝わる由緒正しい指南書なのよ!」

「どこかですか! どう見ても艶本の切り抜きでしょうが!」

「どうしたのだ、いったい?」

「お嬢さんには目の毒です! ここからここまでのページは読んじゃ駄目です!」

 訝しげなアステルに、彼は問題のページを伏せてから手渡す。

「…………男が考えるより、女は生々しいのよ?」

 レジーナは軽蔑の眼差しでベリトを見やる。

「そんなことはこちとら、百も承知です。だから分かるんですよ、うちのお嬢さんは正真正銘の、箱入りをこじらせた世間知らずなんだって!」

 ベリトが主張すると、アステルが眉をひそめた。

「なあ、もしかしてそなた、わたしをバカにしてないか?」

「とんでもないです。博物館に展示するぐらい希少な女性だと珍重しています」

「そうか、ならいい」

 アステルが納得すると、禁止されたページを飛ばして読み続ける。

「なあ、レジーナ?」

「なあに、アッシー」

「この【薬学編】というのは――――あっ!」

 再びベリトが冊子に目を通すと、次第に眉が吊り上がる。

「媚薬、催淫剤、強壮剤――――あんたのご先祖様はなに考えてんですか!」

「なにって、男をその気にさせて既成事実を」

「どうぞお持ち帰りください」

 ベリトは冊子を丁重にレジーナに返却した。

 監視人と友人が睨み合い、激しい火花を散らした。


 アステルはそこはかとない疎外感を感じながら、香茶を飲んだ。

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