当て字 (「教えて!誰にでもわかる異世界生活術」SS)
「おはよう、田近君!」
「やあ、おはよう栗栖さん」
HRが終わり、一限目の準備を整えている彼に、栗色の髪をポニーテールにした少女が話しかける。
「もう学校には慣れた?」
「さすがに転校二日目で、それはないです」
そこまで適応力はないと、田近は苦笑する。
「それもそっか。ところでお昼は大丈夫?」
転校初日にお弁当を忘れた彼に、栗栖は自分のパンを分け与えた。
それが切っ掛けで、二人は友人となったのだ。
「今日はちゃんと持ってきた。妹の璃々がお弁当を作ってくれたんだ」
「そうなんだ、えらいね妹さん」
「うん。これぞ愛妻弁当ならぬ愛妹弁当」
「へっ? そ、そうだね?」
真面目な顔で告げる田近に、栗栖はちょっと引く。
「そ、そういえば義理の妹さんなんだってね?」
「シルビア母さんの連れ子なんだ」
「お母さん、外国の人なんだ!?」
「言わなかったけ? 前の旦那さんが日本人だから、妹はハーフ」
「どんな子なの、妹さんって」
「とっても素直で、すごく可愛い子なんだ、今度紹介するよ」
「うん、ぜひ!(義理の妹さんなら、もしかしてライバルになるかも)」
キーンコーンカーンコーン ガラガラピシャ!
「あ、先生が来たよ」
「生徒諸君、おはようなのです!」
「ちょっと待て! なんで小学生が先生なんだよ!」
教室に入ってきたおかっぱ頭な少女に、田近は思わず突っ込む。
「失敬な転校生なのです! これでも二〇歳過ぎなのです!」
「無茶言うな!」
「よくぞ見抜いたのです!」
「やっぱり嘘かよ!」
「小桜先生って、外国で飛び級して博士号を取った天才なんだよ」
隣の席に座る栗栖に教えられ、田近は驚く。
「そうなのです! 人を年齢や見掛けで判断するのは幼稚な証拠なのです!」
「ぐ…………悪かったよ」
しぶしぶ謝罪する田近に、小桜は勝ち誇ったように下から見下す。
「申し訳ありませんでした、小桜先生?」
「…………申し訳ありませんでした、小桜先生」
「素直で感心なのです。それではさっそく自習を始めるのです!」
「はい――――て、授業しろ!」
「七面倒なのです!」
「見掛けや年齢以前の問題だ、エセ教育者!」
「うるせえぞ転校生! いいじゃねえか自習で」
窓際の席から野次が飛んできた
「さすが湾流君! ご褒美に単位をあげるのです!」
「教育委員会に訴えるぞ!――――いやちょっと待て」
田近は訝しげに聞き直す。
「今の名前、もう一度教えてくれ」
「湾流君なのです」
「無茶ぶりにもほどがある!?」
何故だか、そう思った。
「おうおう、人様の名前に文句があるのか? 喧嘩なら買うぜ?」
金色に染めた髪を逆立てた少年が立ち上がる。耳にいくつものピアスをぶら下げた彼が、田近に向かって凄む。
「止めぬか愚か者め、学校の中だぞ」
湾流の隣の席に座る、髪を七三に分けた少年がたしなめる。
「なんだと我武、てめえが相手になるか?」
「あんたら、寄ると触るといっつも喧嘩ばっかりだねえ」
髪を赤く染めた少女が、やれやれと肩を竦める。
「うるせえぞ、愛伊」
「まったく。朝から騒々しいことじゃ」
机に突っ伏していた少女がむっくりと起き上がり、彼らに文句をつける。
「硝子、その爺むさい喋り方どうにかしなよ」
「そなたに言われたくはないぞ」
愛伊の指摘に、不貞腐れた硝子が反論する。
「ちょっと待てよお前ら!!」
――――深く考えてはいけないのです。
ヨシタツはベッドから跳ね起きた。
ぐっしょりと汗にまみれた額を、手で拭う。
しばらくぼうっとしていたが、もそもそとベッドに潜り込んだ。
安堵と同時に、気になった 残りの連中は、どんな当て字になるんだろう?
いったん気になり出すと、どうにも寝付けない。
ヨシタツはとうとう、まんじりともせず夜を明かした。
「どうしたヨシタツ、ぼーっとした顔をして」
宿を出て冒険者ギルドに行くと、そこに冒険者筆頭がいた。
「…………カティアか?…………カティア、カティア、カティア」
「お、おい? だ、大丈夫か、ヨシタツ?」
ブツブツと呟き出したヨシタツに、彼女の腰がちょっと引けた。