トカゲ in 8畳間
二話目ですよ。ポテトチップスはコンソメパンチが好きです。
「あら、辰巳さんこんばんは」
不意に後ろから名前を呼ばれて振り向く。彼女愛用の竹ボウキを持って立っていたのは大家の「大野竹子」だった。年齢は秘密らしい。
言い忘れていたが俺の名前は「辰巳哲平」だ。誰に言い忘れていたかは言わんが。
彼女は何かに気付いたらしく、こちらに近づく。
「そのダンボールなんですか?」と俺の抱えるモノを指差し興味ありげに聞いてきた。
「捨て犬・・・です。」
少しウソを付いた。
だってトカゲだもん。女の子にこんなヘヴィ級のトカゲを見せたらキャーと叫ぶか、泡を吹いて倒れるに違いない。ホウキで殴られる可能性もある。
「ワンちゃんですか!?ちょっと見せてくださいよ!」
と彼女が言った。次の瞬間、俺が持っていたダンボールは既に彼女に取られていた。
忘れてた。彼女はものすごい犬好きだったのを。
眼を輝かせ、タオルケットを剥がすエプロン+三角巾姿の大家。はたから見ればとても不思議な光景だろう。
・・・そんな事考えてる場合じゃなかった!
「キャー!」
やっぱりね!
「何この子カワイイ!」
えっ?
・・・えっ?
「辰巳さん!どこで見つけたんですか!?こんな可愛いイキモノ!」
声が裏返ってる。まさか、大家さんは爬虫類は大丈夫な女子だったのか。
ま、丁度良かった。これで飼う許可は得たようなモノだ。
・・・一応聞いておこう。
「大家さん大家さん、ソイツ飼おうと思ってるんだけどいいかな?」
「はい!メチャクチャオーケです!」
メチャクチャオーケいただきました。
いやぁ安心安心。もし断られたらどうしよ「そのかわり・・・」かと思ってたん・・・
ん?
「たまに私にも触らさせてくれるなら・・・ですが。」
「どうぞどうぞ」
そんなお願いなら選択肢は「はい」と「YES」と「サー」しかない。
こうして、大家公認でトカゲ in アパートの暮らしが始まった・・・。
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「キィ!キィ!」
ダンボールから出してみると、このトカゲについて色々発見があった。
ひとつ、デカい。
ふたつ、臭い。
みっつ、前足が翼みたいになっている。
1つ目はまぁ、「こういう品種なんだろ」と思えばなんの違和感もない。
2つ目は泥だらけでダンボールに入っていたから無理もない。後で洗おう。
3つ目・・・これはどういうこった?
ダンボールの中に居たときは折り畳まれていたのか全然気が付かなかった。体長の二倍くらいのコウモリの翼みたいのが前足があるはずの場所に付いていた。
何コイツ、飛べんの?
しかも二足歩行してやがる。
「キィ?キー!」
ペタペタとエリマキトカゲのダッシュのような格好で走り回るソイツ。
すげぇ邪魔。
飼うと決めたのは自分なのだが・・・だって翼を横に広げて走ってるんだもん。8畳間なのに狭く感じる。
「キィ、キュゥ・・・」
お?ガス欠か?
さっきまで元気に駆けていたトカゲは急に元気を無くし停止した。
天下の2WDもガソリン切れにはかなわなかったか。
ちょうどいい、夜飯作るか。
「よし、おすわり!」
試しに言ってみる。アタマに「?」マークを浮かべたあと「キィ!」と鳴くトカゲ。
違う、そうじゃない。
仕方ないので尻尾の付け根を手で押し、ゆっくり腰を地面に着かせる。
実家の飼い犬にやった方法だが・・・
「キィ」
ストンっと綺麗に座った。コイツ、中々賢いぞ!
芸を仕込むときは「ごほうび」をあげるのが、犬のしつけの基本だ。コイツは犬ではないが。
と言っても・・・与えられるエサが無いな。
味噌汁の出汁に使う煮干しでいいか。
「ほら、ごほうびだ。」
座っているトカゲのアタマに煮干しを差し出す。パクっと食いついた。よしいい子だイタタタタタタタタタタタタ。
コイツ指まで食いやがった。ちょっと引いたらすぐ離してくれたからよかったが。
「めっ」と叱ってみる。
「キィッ!?」
両手(?)で頭を隠してしょんぼりしてるだとっ?!どんだけ器用なんだこのトカゲは!
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「ふぅ。」
やっと一息ついた。
今夜のご馳走は白米と大根の味噌汁と肉じゃが(ウインナー入り)だ。
肉じゃがは作りおきしてよし、隣の部屋にあげてよしの最高の料理だ。
折り畳み机に料理を並べ、調理中のことを思いだし、ため息が出た。トカゲが走り回って俺の足にぶつかって指をヤケドしたり、大根の葉の部分を与えたらムシャムシャと小気味良く食べていたり、まぁ色んなことがあった。
「いただきまーす」
「キィキィ!」
いただきますも言えるのかッ!?
「はい、あーん」
今度は噛まれぬよう箸でウインナーをトカゲの口に持っていく。ポリッとウインナーが途中で食い千切られ呑み込まれる。
コイツなんでも旨そうに食うなぁ・・・。
ポロっ
おっととと、ウインナーを落としてしまった・・・
床に落ちたウインナーをヤツは見逃さなかった。素早くウインナーに飛び付き後ろ足でじゃがいもを押さえ付けて食べ始めた。
「お前は怪獣か!」
いいえトカゲです。
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「はぁ~食った食った」
腹を撫で満腹感に身を震わせる。
「キィー・・・」
こっちも満足そうにくつろいでいる。
食後のこの一時ほどを幸せと感じない人は少ないであろう。最高だ。
「風呂入るか・・・」
ついでにトカゲも洗ってしまおう。
うちのアパートはワンルーム8畳で、トイレと風呂が各部屋に付いている。それでも家賃は安いほうで、大屋さんには頭が上がらない。
「お湯かけるぞー」
シャワーを弱くしてトカゲにかける。小さく「キュアー」と鳴いたあと身体をプルプルさせた。
泡をたてたスポンジで身体を擦ってもまったく動じないぞコイツ。しかもすごい気持ち良さそうだ。
「おおお・・・」
一通り擦ったあと流すと、泥でくすんでいた身体は見違えるような碧色になった。何コイツすごい格好いいんだけど。
「はぁ~・・・極楽極楽」
湯船に浸かり身体を休める。トカゲも気持ち良さそうにしている。頭にタオルのせてみようかな。
「なぁトカゲ」
「キィ?」
そうだ、名前どうしよう。飼う以上は何かしら名前を付けなければ様にならないしなぁ。
「ポチ・・・犬じゃないしなぁ・・・タマ・・・猫じゃないし・・・ポチ・・・タマ・・・ポタ・・・」
ーーーーーハッ!?
「ポタージュ!お前の名前はポタージュだァ!」
決まった。ダサい?なんの事だ?
とにかくこのトカゲは「ポタージュ」だ。
「ポタージュ!」
「キィ?」
「ポタージュ!」
「キィ!」
「よし!いい子だ!煮干しをやろう!指は噛むなよ!」
「キャイ!」
「イタタタタタタタ!」
・・・などと面白いやり取りをしているうちに、夜は更けていった。
「寝る場所、どうするかなぁ」
頭を掻いて考える、この8畳間にどうやってゆとりを出すか。
まず俺の布団を敷こう。
「ポタ、危ないからそっち行きな。」
足でシッシッの形にするとポタージュはすり寄ってきた。違う、そうじゃない。
一度布団をおいて、ポタージュを持ち上げてダンボールのとこまで持っていく。
「ポタ!おすわり!」
ビシッ!と自信満々な顔で座るポタージュ。煮干しをたくさんやらねば。
「よいしょっ」
布団を敷く。・・・アレ?
布団の端から緑色の物体がはみ出てジタバタしている。挟まっちまったか!
布団を捲ると案の定、埃で咳をしているトカゲさんとご対面。
「実におバカさんだな」
猫の襟首を掴むよろしくトカゲの脇を持ち、俺の布団の枕元にある寝床へ運ぶ。
ダンボールの底に新聞紙を敷き、元から置いてあったタオルケットでポタージュ用ベッドを作った。
「ここがお前のベッドだぞ、どうだ立派だろう?」
「キィ!」
言いお返事です。時刻は午後10時半。健康的に考えれば寝る時間だ。
「明日は日曜だから散歩にでも連れていってやんよ」
「キィ!」
欠伸をし、布団に入って眼をつぶる。
今日はなんやかんやあって疲れたから良く眠れそうだ・・・・。
こんなお粗末なモノを最後まで見てくださったかた。堅あげポテトも美味しいですよね。