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第4話

 人気の無い路地の真ん中で3人の男女が互いを見つめあっている。

 これだけを聞けば艶っぽい話に思えるかも知れないが2人の女は剣を抜き放ち女の1人は今まさに腕を斬り落とされる直前である。

 リムニは突如目の前に現われたディレッタに驚き次に自分の右脇に目を向ける。

 エペ・クウランが今まさに下から跳ね上がってリムニの右腕を斬り落とす直前で止まっている。

 アルドルが助けてくれたと気付く前にディレッタの赤い顔がリムニの目に入る。

 今にも触れそうな距離でディレッタはアルドルと見つめあっている。

 

「こらぁっ!何2人で見つめあっているのよ」


 リムニの叫びにディレッタは離れようとするが右手首をアルドルに押さえられわずかに後ろに退がるだけである。

 アルドルは優しく微笑むとディレッタに話しかける。


「ダメだよ、ちゃんと止めないとリムニの腕を斬り落とすところだったよ」


 唐突に敵意も無く無邪気にそう言うアルドルにディレッタも素直に謝る。


「すまなかった、少しやりすぎたようだ」


 握っていた右手首をを離すとアルドルはリムニに振り向く。


「リムニもちゃんと避けないと危ないよ」


 的外れな事を言っていると思ったがリムニもアルドルに礼を言う。


「ちょっと油断しただけだよ、でも助けてくれてありがとうな」


 そこでリムニはまだ顔を赤くしているディレッタに顔を向ける。


「いつまで傍にいるんだよ、いい加減アルドルから離れろよ」


 その言葉にディレッタは2歩ほど後に下がる。

 

「ところで何で2人とも剣を抜いているんだい。

 確か彼女が逃げたのをリムニが追いかけて行ったはずなんだけど」


 アルドルのその質問にリムニとディレッタは先ほどまでの言い合いを思いだして困る。

 さすがにあの内容をアルドルに正直に言うのは恥ずかしい。

 今度はリムニとディレッタが見つめ合って固まってしまう。

 うかつに相手に責任を押し付けてもまた言い合いになるだけであろう。

 アルドルの前であの言い合いを再現するのはさすがにお互いに避けたい。

 リムニとディレッタが困っているとアルドルが口を開く。


「まあ騎士同士ならお互いの力量を確かめ合いたくなるのは分かるけれどケガをしないように気をつけないとダメだよ」

「ええ、そうね」

「分かったよ、気をつけるよ」


 ディレッタとリムニはとりあえずアルドルの思い込みに乗ることにする。


「じゃお互いの力量ももう分かっただろうから次は握手だね」


 アルドルのその言葉にリムニとディレッタはお互いに視線を交わす。

 表情こそにこやかな笑顔を装いあっているが互いにその目で嫌がっているのが分かる。

 

「師匠も言ってたよ戦場で剣を交えてもお互いに認め合うことができれば戦場以外では酒を酌み交わすものだって」


 悪いがここはまだ戦場だっと言う言葉をリムニとディレッタはお互いに飲みほして握手を交わす。

 アルドルに気付かれないようににこやかな笑顔を崩さずに互いに全力でその手を握り合う。


「ええっとリムニさんでしたわね、技だけでなく基礎をもっとしっかり身につけることをお勧めしますわ」

「ご教授ありがとうございます、オバさん」


 その言葉にディレッタの握力がリムニの体感で3倍に増す。

 悲鳴を飲み込み表情を崩さずにリムニは言葉を発し続ける。


「できればまた勝負して頂けると嬉しいですわ、オバさん」


 勢いを増すディレッタの握力にリムニが耐えるなかアルドルが言葉を挟む。


「オバさんなんて失礼だよリムニ、こんなに若くて綺麗な人なのに」


 その言葉に今度はリムニの握力が増してディレッタが耐える。


「まあ、綺麗だなんてお世辞でも嬉しいですわ」

「こいつは天然で言ってるだけだから真に受けるなよ」

「あら、それって嘘がつけないってことよね。

 それなら本心からの言葉ってことになるわよ」


 ディレッタとリムニはもはやお互いの手を握りつぶす勢いで握手を続けていた。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。

 僕はアルドル、アルドル・ル-ク・ソラリスです」

「ディレッタ・マーレルですわ」

「リムニ・アニマーよ」


 アルドルが少し顔をディレッタに寄せる。


「ディレッタさんですかよろしくお願いします。

 ところで先ほど僕達の後をつけていたようですが何かご用でしょうか」


 アルドルと身長がさほど変わらぬため少し顔を近づけただけで間近になりディレッタはまた顔を赤くする。

 

「ただのストーカーなんじゃないの、行き送れのオバさんみたいだから」

「リムニさん先ほども言いましたが私はまだ20才ですのでオバさんは失礼じゃありませんか」


 お互いの手袋の中を汗と熱気で満たしながら尚も互いに力が込められていく。


「すみませんでした私まだ10代なので20代が想像できませんので」

「あら奇遇ですわね、私もこんなに背の低い騎士の方って初めて見ましたので、先ほども手加減の仕方が分からずにケガをさせてしまうところでしたわ」


 徐々に無表情になりつつもリムニとディレッタはまだ笑顔で握手を続けている。


「そろそろ戻らないといけないな、師匠1人に押し付けている訳にもいかないし。

 ディレッタさんもこの後に用事が無いならどうですか。

 あとで夕食でもご一緒に」

「アルドル急に誘っても悪いわよ、ディレッタさんも断ってもいいんですよ」

「いえ、せっかくですからご一緒させていただきますわ。

 これも何かのご縁でしょうから」

「よかった、じゃ行きましょう」


 アルドルは先に歩きだしリムニとディレッタもその後に続く。

 そろそろお互いに手を離さないと不自然なのだが先に離した方が負けという奇妙な共通認識がリムニとディレッタの間に芽生えていた。

 結局はリムニとディレッタはそのまま工房まで歩き続けることになり目を合わせて同時に手を離す。




 アルドルとリムニとディレッタが揃って工房の受付の建物に戻ると商談の大まかな話し合いは済んでいた。

 ディレッタはヴォルカンに挨拶をしようとして迂闊にも本名を名乗っていた事に気付くが分かるまいと腹を括る。


「マーレル、なるほどそういう事か。

 エルメラ殿によく似ている」


 唐突にヴォルカンの口から母親の名前がでて反射的に身構えるディレッタにヴォルカンは大笑いをして。


「そうか、デイヴィッドからは何も聞いておらんか。

 アイツらしいイタズラだ」


 その言葉を聞いてようやくディレッタも祖父にからかわれたことに気付く。

 気付かれることを前提にヴォルカンの尾行をさせられたのだ。


「母をご存知なのですか」

「お主の父のルーランは元は私の傭兵団にいたからな。

 私とデイヴィッドを通じて2人は知り合ったのだ。

 ルーランとエルメラ殿は息災か」

「父と母は私が9才のときに町を襲撃してきた騎士崩れの野盗との戦いで亡くなりました。

 私はその後に祖父に見つけられて育てられました」

「そうか・・・」


 ヴォルカンはそれだけを口にするとしばらく目を閉じる。


「積もる話もあるがまずはこちらの用件を済まさせてもらってもよいかな」


 ようやく目を開けるとヴォルカンはディレッタにそう尋ねる。


「はい、それはもちろんです」


 ヴォルカンはアルドルに顔を向けると、


「工房から1人フランム・ドラゴンの確認にエスカルゴまで来るそうだ。

 具体的な話はそれからバルンガを交えてすることになるだろう」


 その言葉にディレッタが驚き混じりに尋ねる。


「もしかしてフランム・ドラゴンを倒したのですか」


 ヴォルカンはディレッタに顔を向けて、


「私ではなくアルドルがだがね」


 ディレッタがアルドルに振り向くと、


「傷を負っていたから無事倒せたようなものだよ」


 と無邪気な笑顔を浮かべている。

 先ほどの自分の剣を受け止めたことといい雰囲気からは量れない腕を持っているとあらためて認識する。


「私も見せてもらってもよろしいでしょうか、フランム・ドラゴンを」

「かまわんよ、今から戻るので一緒に来るといい」

「ありがとうございます、それならその前に祖父に連絡を取りたいのですがよろしいでしょうか」

「ならばついでにこれを届けてもらおう」


 そう言うとヴォルカン紙に筆を走らせ緯度と経度とセレキアの町からのおおよその方角と日時などを書きこむ。


「再開のときの約束を果たすと言えば分かるはずだ」

「分かりました、では少し失礼します」


 上着から小さな笛を取りだしてディレッタが吹くが人間の耳には聞こえない。

 

「妖精の笛か、珍しい者が見れそうだ」


 ヴォルカンがそう言うと小さな淡い光が空から飛んでくる。

 とがった耳と背中に小さな羽根を持つフェアリーという妖精であり成人しても15cmくらいの大きさしかない小人でもある。

 

「呼んだ、ディレッタ」


 現われたのは金の巻き毛のフェアリーの子供で若草色のドレスを着ている。


「わあぁ、妖精なんてはじめて見た」


 リムニは少しだけ近づいてその姿を見つめる。


「ル・リルルよ、お友達なの」


 そう言うとディレッタはリルルを紹介する。


「リルル、この手紙をお爺様に届けてくれないかしら」

「うん、分かった」


 首に手紙を入れた小さな筒を下げるとリルルは空の向こうに飛んでいく。



 

 アルドル、ヴォルカン、リムニ、ディレッタがエスカルゴに戻ると金髪の青年が一同を待っていた。

 工房から派遣された青年でオニロ・エルピスといいアルシミ-である、

 整備格納室の搬出口を開くと部屋に無理やりに詰め込まれているフランム・ドラゴンがその姿を現す。


「ひゃあっ、本当に丸ごと1匹なんだな。

 傷は首を斬り落としただけかい」

「あとは横腹に剣の刀傷が1つだいぶ遠くから逃げてきたみたいだから血も結構流しているかもしれない」


 オニロの質問にアルドルが答える。


「ふ~ん、刀傷ならシャ-ル・ヴィエルジュだけど血を流していたならヴィブラシオンか。

 物騒な連中が派手にやらかしているってことか」


 そう言うとオニロはフランム・ドラゴンの上に昇ろうとする。


「カゴを降ろそうか」

「ああ、頼むわ。

 そういやエスカルゴの中だった」


 アルドルは中に入ると操作盤を動かして天井からワイヤーで吊られたゴンドラを降ろす。

 

「ありがとうよ」


 ゴンドラに乗ると操作盤を動かしてオニロはフランム・ドラゴンの上に昇っていく。

 

「ウロコの傷もキレイだな。

 これなら中古の鎧なら20体は交換できるかな」

「ねえ、それならアマトゥールはどうなの」


 リムニの問いかけにオニロは、


「アマトゥールは貴重だからな。

 そう簡単には渡せないけれど交渉しだいで1人と中古の鎧1体をサービスかな」

「っう、やっぱりダメか」

「あんた、アマトゥールを持ってないの」


 リムニの呟きにディレッタが訊ねる。


「無いわよ、高価すぎて手に入らないのよ」

「そうか、普通の手段じゃ無理だもんね。

 手に入れるなら王都か工房だけど伝手(つて)と信頼が無いとダメだもんね」

 

 ディレッタは上着から手の平より少し大きい赤い琥珀の卵を取りだす。


「今なら私の舎弟になれば1個譲るわよ」

「なななにいぃッ!」


 リムニの悲鳴のような驚きの言葉にディレッタは上着からもう1個同じ物を取りだす。


「受け渡す相手が事故で死んでしまったのよ。

 それでお爺様から私の好きにしていいって許可を貰っているから今なら私の舎弟で譲るわよ」


 理性と欲望の(はざま)で悩んでいるリムニを楽しげに眺めながら顔の前で揺らすようにディレッタは見せつける。


「欲しいんでしょう、でも舎弟よ」


 悩んだ末のリムニの答えは、


「もう少し安くして」

「舎弟から、どうやって値引きしろっていうんだッ」


 思わずディレッタの声も大きくなってしまうが幸いアルドルはオニロと話していて気付いていない。


「まあいいわ、次に私のことをオバさんとか悪口言うと鍵をかけるからね。

 弟子で譲ってあげるわ」

「それって結局同じじゃないのよ」

「違うわよ、弟子ならあなたに剣も教えてあげられるわ。

 たぶん傭兵の両親から仕事の合間に教えられている時間しか鍛錬していないでしょう。

 自習練習でやるようにと言われたこともサボって」

「うっ・・・」

「やぱっりか、まずそのサボり癖が抜けたらあなたにあげるわ」

「少し考えさせて」

「いいけど本気で騎士になるつもりなら剣の鍛錬をサボらないことね。

 自殺志願者を戦場に送り出す趣味なんて誰にもないんだから。

 まずはあなたのご両親があなたに剣を持たせない意味を真面目に考えなさい」


 少し言いすぎたかとも思うが先刻の一件もディレッタでなければ一太刀で殺されていてもおかしくはなかったのだ。

 そしてアルドルが止めなければ右腕を肩の付け根から斬り落とされて今頃はここにはいなかっただろう。

 五体満足な理由はタダ運が良かっただけなのだから。

 騎士として生きるのならまず何よりも地道に努力を続けるしかないのである。

 才能に胡坐をかいていてもそれ以上の才能の者に出会えば死ぬだけなのだから。

 土壇場で己の命を掴めるのは身体に染み付いた傷跡だけなのだから。

 


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