第3話
フランム・ドラゴンの撃退からは10日が過ぎていた。
バルンガ達傭兵のシャ-ル・ヴィエルジュは2機が修復を終えており1機が部品の不足から保留となっている。
倒されたフランム・ドラゴンのその身体は骨、爪、牙、鱗、内臓、に至るまで高い魔力を有している。
それゆえに高値で取引されるので輸送のためにエスカルゴの整備格納室に押し込むと部屋はフランム・ドラゴンで一杯になる。
ヴォルカンとバルンガの話し合いでドラゴンの売り先と傭兵の売り込み先として山から西の先にあるセレキアの町が選ばれる。
王都からは完全に独立しているが多くの冒険者が集っており彼らの発見した技術もあって豊かな町である。
町を警護する騎士はそのほとんどが傭兵なのでバルンガ達にも雇ってもらえる可能性はある。
またそのような町ゆえにシャ-ル・ヴィエルジュの修理に必要な部品も手に入りやすい。
あとは交渉しだいであるがフランム・ドラゴンを売った代金で中古ではあってもシャ-ル・ヴィエルジュの鎧を購入できる可能性もある。
ヴィエルジュは7人いるので鎧だけなら何とかなる可能性は高いであろう。
町に出かけるのは、
アルドル・ル-ク・ソラリス、ヴォルカン・エーポス、アクロ・デアトリアス、バルンガ・アニマー、リムニ・アニマー、
バルンガの傭兵団の騎士、ナイティス、カルロム、シルキー、アリエラとそのヴィエルジュ達と鎧を失ったヴィエルジュ達合わせて10人である。
副団長グライア・アニマーとシャ-ル・ヴィエルジュを持っている騎士を1人村の警護に残す。
フランム・ドラゴンの件もあったので念のためであるがいざというときは逃げる事を優先するようにと伝えている。
一行がセレキアの町に到着するのは町を出発してから3日目の正午過ぎになる。
屋台が道の端で軒を連ねる道の真ん中には簡易な長椅子が並べられている。
テーブルなどと気の利いたものは無く誰もが各々に空いている長椅子に座ると露天で買った物をその横に置いている。
昼を少しだけまわったばかりなのでまだ人も多い。
人を避けながらディレッタ・マーレルは長椅子に座る人々に顔を動かさずに目だけを向ける。
目的の人物を見つけると真っ直ぐにそちらへと足を向ける。
「お爺様、行ってまいりました」
そう言うとデイヴィッドの横の男が立ち上がりディレッタに席をゆずる。
空いた席に座るとデイヴィッドは振り向くことなくディレッタに話しかける。
「こういうときは何かを買って手に持っておくものだ。
食事をしている方が傍から見ても自然だからな」
「すみません、では何か・・・」
デイヴィッドは立ち上がろうとするディレッタを手で制して座らせる。
「で、どうであった闘技大会のほうは」
「はい、今参加申請をしているのはいずれも元王都の騎士ばかりのようです。
傭兵や冒険者といった者は参加していません」
「人数は」
「今は5人ですね」
「予想通りだな傭兵や冒険者はこのようなことでシャ-ル・ヴィエルジュを失うことはしないであろうからな。
集るのはシャ-ル・ヴィエルジュの有用性を理解していない王都を追われた騎士どもばかりであろう」
デイヴィッドはディレッタに聞かせるように話をする。
「参加者もある程度は事前に目処をつけてのことではあろうが問題は目的だな。
ただの遊興ならともかく戦力の増強や戦意高揚ならば報告する事も考えねばならないだろうがな」
「正直、この町をどうこうすることにメリットを感じられないのですが」
「それはワシも同じだよ」
デイヴィッドはディレッタに同意しつつ話を続ける。
「元々プラークシスは王が聖地との契約を実行するために編成されたのだ。
だが王都も長く続きすぎたか王が表に出なくなったのをいいことに円卓議会の中に王都を私物化するような連中が現われ始めた。
円卓議会を無視し王の言葉を待ち続けるにも円卓議会の力は大きくなりすぎているのだ。
今はおとなしく従うしかあるまい。
それでも納得できないのであれば王都を捨てるという選択肢もあるがな」
ディレッタはデイヴィッドに振り向いて、
「お爺様は王都を捨てようとは思ったことはありますか」
「ワシは王をよく知っておるし、この年で今さら王都を捨てようとは思えんよ。
それよりディレッタお前はまだ若いお前の母親エルメラがそうしたように王都を離れることも選択肢に加えておきなさい。
エルメラとルーランが亡くなりお前を引き取ったときにも同じ事を言ったとは思うがな。
お前は私が個人的に養っている訳であり王都のことも知らない訳だからな」
「デイヴィッド様、左屋台の傍を歩いてくる男ですがヴォルカン・エーポスでは」
前の長椅子に座る女のその言葉にデイヴィッドは素早く目を走らせる
ディレッタの視線もその後を追いかける。
「ヴォルカン・エーポスというとあの凄腕の傭兵団を率いていたという」
「うむ、18年前に解散してそれからは行方が分からなかったが間違いはあるまい。
・・・ディレッタ、ヴォルカンに探りを入れてきてもらえるか」
「分かりました、今は何をしているのかとこの町に来た目的ですね」
「まあ、そんなところだな」
「では、お爺様またあとで」
そう言って立ち上がって人ごみへと向かうディレッタをデイヴィッドが見送っていると隣に先ほどの男が座る。
「よろしいのですか、正直ディレッタでは荷の重い相手ですよ」
「これも経験の1つだ、あの子は少し融通が利かないからな。
それにヴォルカンなら信頼できるからな、ディレッタの正体を知っても酷い目にはならないだろう」
そう言うデイヴィッドの目は今からイタズラを仕掛ける子供の目であった。
町に着くとバルンガはナイティス、カルロム、シルキー、アリエラを連れて町の市庁舎のほうに向かい傭兵の売り込みに向かった。
アクロと他のヴィエルジュ達はエスカルゴに残ることになる。
アルドルとヴォルカンとリムニの3人はヴィエルジュの修理部品を買うのとドラゴンを売るために町の工房へと向かう。
「工房ってさ、あたし初めて行くけど。
シャ-ル・ヴィエルジュを造っているだけじゃないの」
リムニのその質問にアルドルが答える。
「町の規模にもよって変わるというよりはアルシミ-の性格かな。
発電機、車、騎士のエペ・クウラン、から鍋や針なんて物まで造っているよ。
基本的には冒険者が王都の廃墟から集めた技術の解析とそこからの開発になるね。
なので冒険者から技術や素材なんかを買い取っている。
それにドラゴンや魔獣といった魔力を秘めた生物なんかもね」
「ふ~ん、ようするにアルシミ-しだいで何でも造っているわけか」
「そうだねシャ-ル・ヴィエルジュはアルシミ-でないと造れないからどうしてもそうなるんだ。
簡単な修復だけならヴィエルジュでもできるんだけれどね」
「それなら、アルシミ-がいないと工房は成り立たない訳だから工房の数も少ないわけか」
リムニのその言葉を受けてヴォルカンが答える。
「いやアルシミーだけでも難しいというのもあるな。
そのアルシミーが学ぶ場所なんかも必要になるだろう。
そでなければ全て1から発見したり開発することになるからな」
「そうか、それだとなかなか先に進めなくなるんだ。
みんなで同じ事を繰り返しているから」
アルドルがリムニの呟きを受けて答える。
「だから工房はそういったアルシミーに技術を伝えたり研究を引き継いだりする場所でもあるんだ。
だけど大掛かりに技術を教えようとすると真っ先に王都や王都崇拝者に狙われることになるからね」
この世界で大規模な技術革新が起こりにくい理由の1つがこれである。
アルシミー同士の交流も難しく仮に大掛かりに呼びかければ王都や王都崇拝者の襲撃を招いてしまう。
革新的な技術も人知れず埋もれてしまうこともあり研究途中で引き継ぐ者もなくアルシミーが亡くなることもあるからである。
工房はその規模から施設のほとんどは町の地下に造られる。
これは重要な技術に関する情報を守る意味合いもある。
仮に町が滅び工房が破壊されても地下の最奥のその部屋さえ無事なら冒険者などに発見され次に受け継ぐ者達がいることを信じてのことである。
工房に用件のある者は地上に造られた受付用の建物に赴くことになる。
それを知らないリムニは平屋の小さな建物を工房と言われ、
「いや、おかしいだろうこんな平屋じゃシャ-ル・ヴィエルジュを寝かしても入んないだろう」
と思わず叫んでしまったものである。
実際にはシャ-ル・ヴィエルジュなどは町の入り口近くにある工房専用の入り口から地下に入れることになる。
建物に入る前にヴォルカンはアルドルに、
「気付いているな、及第点ではあるがまだまだ甘いな。
こそ泥にしては腕がありすぎるのも気になる」
その言葉の意味が分からずに呆けるリムニにアルドルが答えを教える。
「屋台通りの辺りから誰かが後からつけてきているんだよ。
今は右斜め後の建物から気配を窺っているよ」
その言葉に思わずリムニが振り返ると逃げていく赤毛の女が見えた。
「あああぁぁぁッ」
「まあ、あれだけはっきり振り返れば逃げるよね」
のん気にそう言うアルドルを無視してリムニが追いかける。
「あたしの責任だからな、捕まえてやるよ」
走っていくリムニを見送りながらヴォルカンは、
「やれやれ、元気なお嬢さんだ、
まだ何かあると決まった訳ではないんだがな」
「でも、さっき走っていった人ですが騎士ですよ。
エペ・クウランを持っていましたから」
「ということは騎士であることを隠すつもりはなかったということかな」
「どうでしょうね、うかっりしていただけかも知れませんよ」
正解はアルドルである。
尾行などで騎士であることを隠すなら短剣サイズにしてエペ・クウランを服の中などで隠すのは常識であるので普通はヴォルカンのように考えてしまう。
「リムニの光剣ではエペ・クウラン相手では不利だな。
ケガをさせる訳にもいかないからアルドルに任せよう。
工房の方は私が話をしておくので」
「分かりました。
では行ってきます」
そう言うとアルドルは跳び上がって屋根の上を走っていく。
「若いとは良いものだな、何事にも夢中になれるのだからな」
走り去った3人をヴォルカンは微笑ましく見送る。
ディレッタは尾行に気付かれたことに驚きながらも直ぐに逃走に思考をきりかえた。
ヴォルカン・エーポスという傭兵の話は祖父デイヴィッドから聞かされている。
若い頃から何度か戦場で剣を交えたがお互いに決着はつけられなかったそうである。
デイヴィッドの剣の腕をよく知るディレッタにはそれだけでヴォルカンの強さが分かる。
気付かれたからには全力で逃げる以外の選択肢は無いだろう。
「待てえぇ!そこの女ッ」
振り返る余裕はないと思い無視しているが後から聞こえる声は一向に離れる気配はない。
自分についてこれることと追うことを任されたからにはその腕前を信頼され実力もあると考えられる。
ここはやはり無視して逃げることを考えるべきだとディレッタは結論づける。
「こらッ!そこのオバサンッいい加減に止まりやがれぇ!」
「だれがオバサンだ私はまだ20才だ」
思わず自分の年齢をばらしていることにも気付かずに叫び返す。
「15才の私からすれば十分オバサンだッ!」
「このクッソガキ!ってチビじゃないかッ!」
振り返ってリムニが騎士にしては身長が低い事に驚く。
そこで先ほど尾行していた時のことを思いだす、あの時は小さすぎて騎士とは考えずに無視していたのである。
「だれがッチビだぁっ!
身長はまだ伸びる可能性があるんだからな」
「いや無理だろう、騎士なら10才を過ぎれば急に伸びるものだぞ。
15才でそんなチビなんて聞いたことがないぞ」
「黙れッ!身長差は縮まる可能性があるけど年の差は縮まらないんだぞオバサン」
そこでディレッタは足を止めて振り返る。
「貴様3度目はさすがに許さんぞ。
こいっ!相手になってやる」
リムニが懐に手を入れ光剣を取り出し刃を抜き放ちざまに斬りかかる。
ディレッタもエペ・クウランを懐から取り出そうとして腰に佩いたままなのを思いだす。
初動が遅れるが後に跳んでかわすが騎士の装甲服でなく普通の服を着ていたのでつま先が焼かれる。
「そんな骨董品で戦うつもりなのかっそれなら」
上着から親指くらいの玉を取り出してディレッタはリムニに見せつける。
意味が分からずにリムニはきょッとんとしておりディレッタが叫ぶ。
「ちょっと待ってッ、ブリュレ粒子を知ないのかっ」
「何よそれ、知らないわよ」
「光剣を持っていて何故知らない、バカなのかっ」
ディレッタに呆れるように言われリムニも怒る。
「知らないわよ、そんな玉。
欲求不満じゃないのオバサン」
「このチビガキッ、頭の中身が空っぽだから背も伸びないのか」
「身長と頭の良さは関係ないわよっ!」
リムニが光剣を縦横無尽に振りかざすと無数の光弾がディレッタを襲う。
腰からエペ・クウランを抜いて電磁フィールドを展開させるとディレッタはブリュレ粒子を上着にしまう。
電磁バリアに阻まれて光弾は全て弾かれ霧散する。
ブリュレ粒子は引火性の高い微細な粒子であり空気よりも軽く宙に長く留まることで粉塵爆発を誘発する。
空気よりも軽いために風に流されやすいという弱点もあるがビームだけでなくちょっとした火花でも大爆発を起こせるので利便性が高い。
もしリムニでなければ光剣の使用を諦めるのが普通である。
多くの騎士が残した数多くの言葉に共通する言葉がある。
非常識な素人ほど恐ろしい者はいない・・・。
ディレッタとしてもこんな狭い路地でブリュレ粒子が大爆発をすれば巻き込まれる可能性があるので使用を諦める。
でたらめに光弾を飛ばしていることに気付きディレッタはエペ・クウランを地面に向けて真横に振るう。
衝撃波の壁が光弾を弾きながら地面を駆けてリムニに襲いかかる。
リムニは光弾を飛ばすのを止めて同じく光剣を地面に向けて真横に振るう。
地面を駆ける衝撃波の壁がぶつかり合うがディレッタの放った衝撃波のほうが勝る。
これは剣の重さの差もあるが2人の体格差も影響している。
小柄なリムニが軽い光剣で同じように衝撃波を放ってもかき消されるのは必然である。
「こんのぉっ!」
迫る衝撃波を跳んでかわすとその姿勢のまま宙で衝撃波の斬撃を飛ばす。
「本当に素人なのね」
エペ・クウランの電磁バリアで衝撃波を弾きディレッタは呆れる。
宙で衝撃波を飛ばしても身体のバランスが安定していなければ衝撃波の威力は落ちる。
加えて地面の反動などを利用して放ったほうが威力は高いのである。
先ほどリムニの衝撃波の壁が競り負けた理由にはこれも含まれている。
「や~めたぁ、お子ちゃまに勝っても嬉しくないわ」
そう言うとディレッタはエペ・クウランを腰に収める。
「待てぇっ、勝負はまだついてないわよ」
「そもそも、私と勝負するために追いかけてきたの。
あなたの剣は手打ちになっていて腰が入ってないのよ。
技を覚えるだけでなく技の性質を理解しなさい」
「説教くさいオバサンね、理屈はいいから勝負をしてよ」
「またぁっオバサンと言ったなチビガキ!」
激昂するように叫んだディレッタの覇気と闘志が急速に萎んでいく。
「そこまで言うなら腕の1本は覚悟できているのでしょうね」
そう言葉を放つディレッタからは既にあらゆる気配を感じられない。
リムニは本能的に死を覚悟した。
完全な無となったディレッタからは初動を読み取る事など不可能である。
先手必勝というより考える前に動くリムニに相手が動いてから先に制することは無理である。
リムニは攻撃を諦め避けることにのみ集中する。
ディレッタがいきなり目の前に現われるとリムニの右腕を狙い下からエペ・クウランが跳ね上がる。
刹那・・・、
「はい、そこまでね」
抜き放った剣を持つ手が動かない・・・・。
突如、現われた手に押さえられディレッタはその手の先アルドルに振り向く。
目の前、触れそうな距離にアルドルの顔があり思わずディレッタは頬を赤らめる。
リムニが思ったよりもバカな子になってしまったのが心配だな成長に期待しよう。