第2話
バルンガ達傭兵が本拠地にしている山間の村は街道からは外れており人の往来もなく10年以上も前にうち捨てられた村である。
石造りの家には大きな損傷は無く簡単な補修だけで住めるようになった。
井戸の下を塞いでいた固い岩盤も騎士の力ならば用意に破壊できるほどの厚さであり今では水も沸いている。
残すは食料の問題であったが山とはいっても岩だらけの荒野の山である。
作物を育てるのも困難であるがそれはこの時代では普通の事である。
王都や王都の恩恵を受ける周辺の町、そして独自に王都の廃墟から技術を手に入れた者達そういったわずかな者だけが飢えに苦しむ事がないのが現状である。
彼らとしても資源は有限であり無作為にまた無制限に人を救えるほどの余裕などは無く簡単にその恩恵に授かれるものではなかった。
見返りも無く人を救えるほどに優しい時代ではなかった。
それでもヴォルカンはエスカルゴに積んでいた食料をわずかではあったが町のために分け与えることにする。
バルンガをはじめ傭兵達ははそのことに感謝し礼を言うがヴォルカンはそれは今後の方針を決めるまでは早いと頭を下げるのをとめる。
とはいえシャ-ル・ヴィエルジュのほとんどを失い傭兵団も休業の状態であり今後の方針の目処も立たないのが現実である。
食事を終えてエスカルゴのリビングには6人の人物が集っているアルドル・ル-ク・ソラリス、ヴォルカン・エーポス、バルンガ・アニマー、リムニ・アニマー、それからバルンガの妻で傭兵団の副団長グライア・アニマー。
ヴォルカンのヴィルジニテであるアクロ・デアトリアスはキッチンで夕食の片づけをしている。
「ひとまず今後の事だがシャ-ル・ヴィエルジュがないと傭兵団の再編も難しい状況なのだな」
「今うちで動けるのは3機だけですね。
それと3機が自動修復も難しく修理にださないと厳しいですね。
あとはシャ-ル・ヴィエルジュは失いましたがヴィエルジュが無事なのは7人。
ヴィエルジュまで失って騎士だけなのが3人になります」
ヴォルカンの問いかけにバルンガが丁寧に答える。
「王都の軍勢相手によくぞそれだけの被害で済ませられたな。
ひとまず修理の必要な3機はここで見てみよう予備部品で直せそうならいいのだがな」
「そんな、いくらかつての団長でもそこまでしてもらっては」
「無論、これは貸しだそのうち返してもらうぞ。
それならばどうだ、私としてもかつての団員に盗賊まではさせたくはないのでな」
その言葉にバルンガは居住まいを正しヴォルカンに頭を下げる。
「ありがとうございます。
このご恩は必ずお返しします」
バルンガの言葉にグライアとリムニも一緒に頭を下げる。
「では修理の必要な3人は明日アクロに診させるとして何人かヴィエルジュを助手として手伝いにまわせてもらえるかな」
「はい、それは問題ありません。
今はもっぱら力仕事ばかりなのでヴィエルジュも子守りばかりさせておりますので」
その言葉にヴォルカンはアルドルに顔を向けて、
「それならアルドルにも何か力仕事をさせてやってくれ。
普段から扱いているので体力だけはあるからな」
「分かりました、それはこっちもありがたいのでお願いします」
アルドルはバルンガに顔を向けて頭を下げて、
「よろしくお願いします、バルンガさん」
「こちらこそよろしく頼むわ兄ちゃん。
明日このリムニに迎えに来させるんで」
「分かりました、ではリムニさんよろしくお願いします」
「おっおう、よろしくな」
突然、自分に話が振られて少し上ずりながらリムルが返事を返す。
「もし3機の機体が直せればこれで6機か。
傭兵団としての体裁は揃えられるな」
「そうですね、それだけあれば全員を何とか食べさせられる額で雇ってくれる町も見つけられるでしょう」
翌日リムニの迎えと一緒に3人の騎士がそれぞれのヴィエルジュを伴なってくることになり、詳しくは明日のシャ-ル・ヴィエルジュの修理状況を診てまた話し合うこととなってその場は解散となる。
翌朝にエスカルゴ内に響く警報音に起こされてアルドルはリビングに向かう。
すでにヴォルカンとアクロがそこに居りモニターを見ている。
「何事でしょうか、師匠」
アクロが宙のホログラムパネルを操作しながらアルドルに答える。
「町の周囲に飛ばしていたレ・ジュー・ヴォラン(各種センサーを内臓した自動飛行監視機)がフランム・ドラゴンの姿を捉えました。
傷を負っていることからどこからか逃げて来たものと思われます」
アクロの言葉を受けてヴォルカンが、
「こいつは丁度良いな。
ドラゴン1匹丸ごと売れればバルンガも大助かりだろう。
アルドル修行だこいつを1人で仕留めてこい。
アクロは念のために町の人間のエスカルゴ内への避難準備と呼びかけを行ってくれ」
「分かりました、それでは行ってきます」
そう言うとアルドルは飛び出すようにドアの向こうに走っていく。
フランム・ドラゴンはドラゴンの下位種にあたり翼は無く4本足で歩き炎属性を持っている。
大きさは首を上にあげるとシャ-ル・ヴィエルジュの3倍はある。
他のドラゴンと比べても口から吐き出す炎は強力でありシャ-ル・ヴィエルジュでも直撃すればひとたまりも無い相手である。
アルドルは懐から卵のような乳白色の琥珀を取り出す半透明の表面から透けて見える中のそれは胎児である。
ヴィエルジュを胎児の状態で固定したものでアマトゥールという。
胎児状態で固定されているためヴィエルジュにはあらゆる面で劣り騎士の負担も大きくなる。
しかしどの騎士でもシャ-ル・ヴィエルジュに乗れるというメリットがあり広く普及しているものである。
アルドルの手を離れ宙に浮くとアマトゥールを中心にクリスタルフィールドが形成される。
アマトゥールを内部に包み込むように亜空間に圧縮されている白のシャ-ル・ヴィエルジュ=エクレールが姿を現す。
300年前に開発され未だにその安定性に定評のある機体である。
エクレールが膝をつき右手をアルドルにへと差し出す。
胸部装甲が展開されると操縦席が現われ右手が動いてアルドルを導く。
操縦席の後ではアマトゥールのクリスタルフィールドが淡い輝きを放っている。
アルドルがエペ・クウランを腰から抜くと柄のディエスアムが輝きを放つ。
質量を亜空間に預けることで縮小化され短剣となったエペ・クウランを両足の間の操作盤にへと刺し込む。
機体は300年前に開発されたものであるが操縦系統には第2世代型アフェクシオン・ヴィルジニテの開発途上の技術が導入されている。
第2世代型アフェクシオン・ヴィルジニテは聖地でも王都でも無い場所で極秘裏に開発された技術である。
アルドルも師匠ヴォルカンからは未だに詳しい話を聞いていないがまだ1部でしか導入されておらず対王都の切り札となりえる技術である。
エペ・クウラン、アマトゥール、エクレール、のディエスアムが輝きを放ち精神感応によりアルドルと心が繋がる。
「ゆくぞッ!エクレール」
アルドルの声に応じるように一際高く起動音が辺りに響くとエクレールが駆けて走りだす。
フランム・ドラゴンは狂うように怒っていた傷ついた身体からはとめどなく血が溢れ流れるたびに痛みが全身を駆け巡る。
「ゴアアアァァァーーーーーーッ!」
自分達の巣に現われて仲間を殺した鋼の巨人達に復讐するまでは死ぬわけにはいかなかった。
突如の辺りに響き渡るような地鳴りにも似た音に振り向くと鋼の巨人が自身に向かって駆けてくるのが見える。
「ガゴオアアアァァァーーーーーーッ!」
フランム・ドラゴンは己を鼓舞するように一際甲高い声を辺りに轟かせる。
エクレールの操縦席でアルドルはドラゴンの怒りのような強い意思を感じ取っていた。
傷ついた身体は明らかに剣による斬撃である。
フランム・ドラゴンにシャ-ル・ヴィエルジュの見分けがつくかは分からないがそれとは関係無く騎士としてその怒りを受け止める覚悟を決めアルドルはエクレールを走らせる。
大きく息を吸い込むとその口から轟火を吐き出すフランム・ドラゴンにエクレールは左腰のエペ・クウランを抜き放つ。
剣から電撃が迸り展開される電磁フィールドがバリアとなってフランム・ドラゴンの轟火を防ぐ。
轟火が収まるとすかさず剣から電撃が宙を走りフランム・ドラゴンの顔を撃つ。
たいしたダメージは与えられていないであろうがその隙にエクレールはフランム・ドラゴンに迫る。
フランム・ドラゴンが首を伸ばして牙が迫るのをステップを踏むようにエクレールは避ける。
ケガもあり敏捷性という点ではエクレールが勝っている。
轟火を吐けばその前に斬られる距離なのはフランム・ドラゴンも理解している。
なので離れれば首を伸ばし噛みつき、近づけば前足で踏みつける。
エクレールの操縦席でアルドルは尻尾に気をつけて後ろ側に周りこまないように注意しながらフランム・ドラゴンの攻撃を避けている。
さすがに尻尾で叩かれれば1撃で動かなくなる可能性もある。
シャ-ル・ヴィエルジュの内部の精密機械は確かに衝撃に弱いがそれだけに様々な対策が施されている。
それゆえにメイスやハンマーなどの打撃武器では有効なダメージを与えられないほどである。
しかし遠心力を生かして放たれるドラゴンの尾の衝撃はその対策以上のダメージを与えることが実例を持って確認されている。
なのでドラゴンと戦うときは正面からの方がむしろ安全なのである。
とはいえその顎の力で締あげてくる噛みつきも協力であり油断できる相手ではない。
離れれば轟火を放たれることになるのでドラゴン戦は正面からの接近戦となり騎士の胆力が試される。
エクレールのエペ・クウランが電撃を帯びると柄のディエスアムが輝きを放ちエクレールと変わらぬ大きさになる。
騎士とシャ-ル・ヴィエルジュのエペ・クウランは本来かなり大きなものであるがその質量を亜空間に預けることで短剣サイズまで縮小でき普段は各騎士の持ちやすさや使いやすい大きさで携帯される。
また鍔のディエスアムは騎士の精神に感応し電撃や大きさなどの各操作を瞬時に行うことができる。
エクレールは巨大なエペ・クウランを両手で持ち右肩に担ぐように構える。
口を大きく開けてフランム・ドラゴンの首が迫る。
エクレールは身体を回転させて首をかわすとその勢いを込めて右肩に担いだエペ・クウランをフランム・ドラゴンの首へと撃ちおろす。
電磁フィールドに包まれたエペ・クウランは硬い鱗で覆われているフランム・ドラゴンの首を1撃で断ち斬る。
電磁フィールドに焼かれたその首からは血が流れる事もない。
アルドルはあらためて動かなくなったフランム・ドラゴンの身体を見てみる。
血は流れているが太刀筋は綺麗である。
思い当たるのはエペ・クウランの1世代前の剣にあたる振動剣ヴィブラシオンであろうか。
ビーム拡散コーティングなどの技術の普及で光剣を無効果されて1番困ったのは王都の騎士達である。
王都の騎士は聖地から支給された光剣を権威の象徴として考え鉄の剣を使うことは無かったからである。
そこで光剣を無効果された王都が造ったのがヴィブラシオンである。
しかしその後に王都ではない場所でエペ・クウランが造られると瞬くまにとって代わられる事になったのである。
王都でも殺した騎士などから奪ったりすることでその技術を手に入れ使用されている。
未だにヴィブラシオンを使う理由があるとすれば聖地や王都を崇拝するあまりそれ以外の技術を忌避している連中であろうか。
アルドルはドラゴンの血も貴重な物として売れるので傷を焼きそれを終えると感謝と詫びの気持ちからフランム・ドラゴンに一礼をする。
それからエスカルゴに戻るとヴォルカンに事の詳細を報告する。
「そうか、ヴィブラシオンの傷口ならば王都崇拝者の可能性も高いな」
その言葉に興味を持ち傍にいたリムニが尋ねる。
「王都崇拝者って、そんなのがいるの」
アルドルがリムニに振り返り、とはいえ30cmも身長差があるので見下ろす形になる。
「王都崇拝者って言うのは王都の権威に固執する人達のことだよ。
その権威の固執を崇拝という形に置き換えることで自分達の矜持を保っているんだ」
アルドルの言葉をヴォルカンが引き継ぎ、
「1番やっかいなのは王都の権威に固執するあまり王都の権威を脅かす可能性に容赦しないことだ。
王都以外での技術の発展や繁栄を許さず罪の無い町を焼き払い罪のない者を殺す。
彼らに滅ぼされた町や殺された冒険者それにセ-ルマン・アルシミ-も数多い」
アルドルがリムニから顔を逸らし空を仰ぎ呟くように、
「それに王都もね・・・」
その言葉の意味を理解するのに数瞬の間を要してリムニは尋ねる。
「いやぁ、だって王都崇拝者なんだろう何で王都を滅ぼすんだ」
空を仰いだままアルドルが答える。
「彼らにとって大事なのは王都ではなく王都の権威なんだ。
だからその権威を脅かすのなら王都だって容赦なく滅ぼすんだ。
たとえば聖地の技術を無償で広めようとする王都だとその広めた技術が将来自分達の権威を脅かすかもしれないだろう。
だからその原因になる王都を滅ぼすんだ・・・」
「アルドル・・・」
アルドルがどこか遠くに感じられリムニは思わずアルドルの名を呼ぶ。
その声に振り返りアルドルはリムニに優しく微笑みかける。
その瞳がどこか哀しげに見えたのは何故だろうか・・・。
そのとき初めてリムニは自分がアルドルの事を何1つ知らないのだと気付いた。