第14話
登場人物
アルドル・ル-ク・ソラリス 18才 騎士 本編主人公 明るい茶色の髪、身長180cm
リムニ・アニマー 15才 騎士 肩まである茶色ぽっい黒髪 自称身長150cm
オニロ・エルピス 19才 アルシミ- 首まである金髪、身長169cm
ディレッタ・マーレル 20才 騎士 腰まである赤い髪を編んでいる 身長178cm
ル・リルル 年齢不詳 フェアリーの少女 淡いピンク色の髪 身長10cm
メキル 年齢不詳 ヴィルジニテ 肩より長い黒髪 身長170cm
セレアル・オリジャ 17才 ソルセルリ- 肩まである明るい小麦色の髪 身長160cm
ディミトリの町で輸送車の襲撃をした少女
気だるげに目を覚ましてまず感じたのは全身に重く圧し掛かる疲労感であった。
呆然と天井を見続けてどのくらいたったのであろうか不意に見知らぬ青年が彼女を覗き込む。
「・・・・・・」
何か言っているのは分かるがそれを聞き取ろうとするだけの気力はまだ彼女に沸きあがってはこなかった。
青年が顔を近づけ思わず彼女は頬を赤らめる。
しばらく覗き込んだあと顔をあげて誰かに声をかけているのだろうか。
青年は再び彼女を振り返るとその額に手をあてる。
微笑を残して青年は彼女の元を去り彼女の意識は再びまどろみの中に沈んでいく。
エスカルゴの整備格納室では鎧に変形させたヴァン・ブランシュを装備してリムニとディレッタが鍛錬を行っている。
今はシャ-ル・ヴィエルジュが置かれておらずその広い空間を持て余しているので動き回るのに十分な広さがある。
リムニはまだシャ-ル・ヴィエルジュでの実戦経験がないので脳波コントロールの感覚に慣れさせることも兼ねている。
ときどき速度を上げすぎて転んだり壁として設置しているエネルギーフィールドにぶつかったりを繰り返している。
「ひとまず走れるようにならないと戦いにならないわよ」
そう言うとディレッタは軽くリムニの足を払って転ばす。
「転ぶときも上手く転ばないと危ないわよ。
いくら鎧に対衝撃の措置が多く取られていても限度があるんだから」
今ディレッタとリムニが行っているのは鬼ごっこである。
リムニがディレッタを捕まえるわけだが、まず操作に慣れさせるにはこの方法が適しているのである。
剣を振るにも足を動かすことがまず必要になるからである。
「足幅も意識しなさい広げすぎるから転ばされるのよ」
頭からこけるリムニを見て修理よりも頭ごと交換したほうが早いだろうなとオニロが考えているとアルドルが階段から降りてくる。
「どうだいリムニの方は」
「今のところは立っているより床に突っ伏しているほうが長いかな」
背中から派手に転ぶリムニを見てオニロが呟く。
「彼女だけど少しの間だけど意識が戻ったよ。
今はまたすぐに眠ったけれどね」
「それなら大丈夫だろう。
まあ、あれだけ無理をしたから今日は体を起こせないだろうな」
「詳しい話はまた明日にしたほうがいいのかな」
「そうだな今は休ませることを考えた方がいいかもしれないな。
一応、脳も体も問題はないけれど精神的な疲れは数字にはでないからな」
派手に3回転してエネルギーフィールドにぶつかるリムニに修理用部品から1台組み立てたほうが早いかなと考えながらオニロが答える。
「今はメキルに任せておいて構わないだろう。
ところでアルドルはどう思う」
アルドルはリムニとディレッタに目を向けて、
「捕まえることに夢中になって上半身が前のめりになっているね」
「まあ、あとで録画した映像を見せるってディレッタも言ってたからな。
今は何も言わずに転ぶ事に慣れさせるってことだろうな」
てこの原理で宙に投げられるリムニを見てこれは使える部品を取り出して廃棄かなと考えながらオニロは答える。
その後も何度も派手に転んだり投げられたりを繰り返しながらもリムニは元気に走りまわる。
セレアルが目を覚まして自分が見知らぬ場所にいることをようやく自覚したのは陽も沈んだ頃であった。
全身の気だるさは和らぎ疲労感も幾分か楽になっていた。
ドアの開く音に顔を向けようとするがまだ体を動かせるまでには回復していなかった。
黒髪の女が顔を覗き込んで微笑む。
「大丈夫ですよ、今はゆっくり体を休ませてくださいね。
詳しいお話はもう少し回復してからいたしますので安心してくださいね」
その言葉を聞きながらセレアルの意識は夢の中に落ちていく。
その年は村の近くの水源も枯れて大人達は新たな水源を捜すことに必死であった。
ようやく見つけた水源もわずかなものではあったが水を飲みに来る大型の獣を狩れたことでなんとか飢えと渇きをしのぐ事ができた。
そんなギリギリの生活の中で父は旅に出ることを母とセレアルに話す。
村で安定した食料を得るための方法を探しに行くというのだ。
当てなどあるはずも無くいつ帰れるとも分からない旅である。
それでも母は笑顔で父を送り出すとセレアルの前でも弱音を吐くことはなかった。
父が旅に出て10年が過ぎた頃もう帰ってくることはないだろうと言うと母は初めてセレアルの前で涙を流した。
それでも母は笑顔でセレアルに、
「心配しなくても大丈夫よ。
お父さんはセレアルのこともお母さんのことも絶対に忘れたりしないから。
どんなに遅くなっても必ず帰ってくるから」
どうして自分は母を泣かせてしまったのであろうか。
どうして自分は母のように父を信じられなかっただろうか。
苦い想いがセレアルの中に積もる。
父が旅に出て12年目のその年に母が病に倒れた。
それでも母はセレアルを安心させようと笑顔で話しかける。
「大丈夫よ、お父さんが帰ってくるまでお母さんはどこにも行かないから心配しないで」
その年の冬に母が亡くなる。
ずっと待っているのに母だってずっと待っていたのにどうして父は帰ってこないのだろうか。
(もうセレアルのこともお母さんのこともお父さんは忘れてしまったんだ)
母のように父を待ち続けることをセレアルはあきらめる。
苦い想いがセレアルの中に積もる。
その年村の傍を大勢の人々が何度か通り過ぎていった。
小さな村である襲われるのではないかと不安に思う者も現れはじめる。
何度目かの集団が村の傍に現れたとき村長が代表として尋ねにいく。
「食料や水を分け与えてくれる町があるらしい」
最初にその話を聞いたときセレアルはバカらしいと思った。
何の見返りも無く助けてくれる者などいるわけが無いのに。
そんなことは村の誰もが分かっている事であるだろうに。
セレアルは村の集会には顔をださなかった。
そんなバカげた話を大人達が信じるわけなど無いだろうと答えの決まった話だと関わるのを避けた。
翌日、村中が慌ただしく準備に追われるなかセレアルは母の墓前に別れを告げる。
誰も居ない村に1人で残ることなどセレアルには想像ができなかった。
いや考えたくは無かったのだろう。
1人で生きていく勇気が無かったのだ。
あのとき村の集会に顔を出さなかったのも同じ理由だ。
自分が発言をすることで村の人間に疎まれたり無視をされるのが怖かったのだ。
苦い想いがセレアルの中に積もる。
その町に着いて幾日かが過ぎていた。
何の見返りも無く助けてくれる者などいるわけが無いのに。
そんなことも分からないバカな大人達が大勢そこで身を寄せ合っていた。
町の近くに水場を見つけた者がいた。
当然、力のある者達が独占をした。
誰かが獣を狩って戻ってきた。
当然、力のある者達が奪い取った。
誰かのテントが襲われ荷物が奪われた。
当然、誰もが無関心だった。
誰かのテントが襲われ女がさらわれた。
当然、誰もが無関心だった。
誰かが殺されても犯されても奪われてもそれが例え明日に自分に降りかかるかも知れないことでも。
今日の自分が無事なら誰もが無関心で居続けた。
セレアルもそれが当然だと思っていた。
何の見返りも無く助けてくれる者などいるわけが無いのだから。
苦い想いがセレアルの中に積もる。
その日セレアルは1人の少女を見かけた。
その手に大切そうに抱える布包みがセレアルの瞳にはっきりと映った。
もしかしたら奪い取ろうと思ったのかもしれない。
もしかしたら殺そうと思ったのかもしれない
立ち上がるとセレアルは少女の後をつけていた。
それほど歩かないうちにセレアルは自分以外にも少女の後をつけている男達に気付く。
不意に少女の前に男達が立ちはだかり少女を抱きかかえる。
他の男達も争うように奪うように少女に群がる。
周りの者達は関わり合いにならないように逃げている。
「助けてッ!」
その言葉にセレアルは母と人には見せないようにと約束した力を解き放つ。
何故そうしたのかは自分でもよく分からなかった。
ただ母との約束を破った後悔だけが残る。
苦い想いがセレアルの中につ・・。
「ありがとう・・・」
気付くとそこにその少女の顔があった。
「ありがとう、お姉ちゃん」
笑顔を浮かべる少女にセレアルは戸惑う。
気付くとセレアルの頬を涙が濡らす。
幾日ぶりだろうか母の笑顔を失なってから初めてセレアルの中に暖かなものが積もった。
それから気付けば自分の周りには同じような身寄りの無い少女達が集っていた。
助けた者もいれば噂を聞いて頼ってきた者もいた。
あの頃は自分が正しい事をしているんだと思い込んでいた。
だけど気付いてしまった。
そうじゃなかったことに。
何の見返りも無く助けてくれる者などいるわけが無いのだ
それはセレアルも同じであった。
ただ聞きたかったのだあの言葉が。
ただ見たかったのだあの笑顔が。
だからもう一度聞きたくて。
だからもう一度見たくて。
助けただけなのだ。
いや助けたつもりになっていたのだ。
本当は誰も助けられてなどいなかったのに。
ただもう一度あの言葉が聞きたくてみんなを騙していたのだ。
ただもう一度あの笑顔が見たくてみんなを騙していたのだ。
自分も同じなのだ他人に無関心のくせに見返りを求める。
そうバカにしていた大人達と何もかわらなかったのだ。
苦い想いがセレアルの中に積もる。
ここはどこだろうか・・・。
炎の爆ぜるような音が聞こえる。
風を切り裂くような音が聞こえる。
喉が焼けるような熱さがその身を包み込む。
風に運ばれて火の粉がその身に降りかかる。
ああ、そうか自分は罰を受けているのだ。
当然であろう自分勝手な理由で多くの人を騙して傷つけて裏切ったのだから。
当然であろう身勝手な理由で多くの人を騙して傷つけて裏切ったのだから。
だから自分は罰を受けなければならないのだ。
その喉を熱に焼かれその身を火の粉にさらして自分は罰を受けなければならないのだ。
「っやめるんだッ!」
不意に炎の爆ぜるような音でもなく風が切り裂くような音でもないその声が聞こえる。
目を向けると誰かが自分に向かってくるのが見える。
いけない自分の罰に彼を巻き込んでしまう。
この場から去るように言うと再び罰を受けるために・・・。
不意に誰かが自分に覆い被さる。
何をしているんだ彼は。
この場から去るように言ったはずだ。
早くこの場から離れるんだ。
ここにいれば自分の罰に巻き込んでしまうのだから。
頼むから離れてくれ。
「私は罰を受けなければならないんだッ!」
「こんなことが罰になんてなるものかッ!
君が何をしたのかなんて僕は知らない。
君がどうしてこんなことをするのかも僕は知らない。
君がどうして罰を受けなければならないのかも。
何も分からないことばかりだ。
だけどこのまま君が死ぬのを黙って見ていることなんてできやしない」
「どうして・・・」
「そんなの当たりまえだろう。
目の前で誰かが死のうとしているのに何もしないまま黙って見ていることなんてできやしない」
「それで、あなたにどんな見返りがあるの」
「そんなものなんていらないッ!」
「っうそぉ・・・」
「ただ君に死んでほしくないだけなんだ。
嫌なんだもう誰も助けられずにただ見ているだけなんて。
確かにこれは僕の自分勝手で身勝手な我がままだ。
それでも君に生きていてほしいんだッ!
君に死んでほしくないんだッ!」
セレアルの頬に涙が零れ落ちる。
「どうして、あなたが泣くの」
「君が生きようとしてくれないからだ」
「ワタシは生きていていいの」
「当たりまえだろう、そんなこと」
「あなたの名前を教えて」
「アルドル・ル-ク・ソラリス」
「っアルドル・・・、ありがとう、アルドル」
そこでセレアルの意識は再びまどろみの中に沈んでいく。
オニロは医務室でセレアルの脳波が安定した事を確認して病室のモニターを切る。
音声は切っているがこれ以上は医者の領分では無いのだから。
代わりに医務室の扉の前をモニターに映す。
そこでは扉を蹴破ろうとしてなのかリムニが足で何度も扉を蹴りディレッタが扉を全力で叩いている。
脳には異常が無いのは確かである。
それでもなかなか目を覚まさずに脳波が乱れるのはセレアルの心の問題であろう。
昨夜の1件からセレアルに生きる意志が希薄なことはオニロにも感じられた。
だからアルドル1人に病室に行かせたのだ。
それでどうなるかはオニロにも予想できないことであった。
ただアルドルには人を安心させ信頼させる何かがあるとそう思っただけだ。
今の彼女に必要なのはそういった誰かだとオニロが直感で判断しただけである。
医務室が防音なことに感謝しつつアルドルが戻るまでオニロは篭城を決め込む。
その間にリムニとディレッタへの言い訳を考えながら。




