第12話
鉄格子のはめ込まれた窓の向こう側には町並みとそれを取り囲む壁が見えるだけである。
しばらく窓の向こうを眺め続けたあとセレアルはあきらめたような表情でベッドの上に座る。
ナビィ、ミレル、ジニカ、エレン、ビジィ、ユティ、カナル、町の外に取り残された彼女達がどうなったのかそれを知る術は今のセレアルには無い。
町の外には大勢の人々が寄り集い食料も乏しいことから常に一触即発の状況である。
そのため争いも絶えることがなく喧嘩沙汰も日常茶飯事である。
セレアルのように若い女達は特にそのはけ口にされやすくなる。
だからこそセレアルは行き場の無い彼女達を引き取る形で仲間にしたのである。
自分には他の人間には無い力があるからと・・・。
それは過信だったのか自惚れだったのかそれとも無知であったのか。
少なくとも自分は力の使い方を間違ってしまったのは確かであろう。
10日前に町の騎士達に捕まったあとの町長ソフィアとの会話を頭の中で反芻する。
それはこの10日間ずっと繰り返してきたことである。
案内された部屋では大勢の人々が忙しく働いておりセレアルにも理解できるほどの活気があった。
その部屋の奥の本棚に囲まれて書類の山に埋もれた机の前まで行くとアルマンが声をかける。
「ソフィア町長、輸送車の護衛を無事に終えました。
今回は被害は無く輸送車は全て無事に町に入りました」
「ありがとうアルマン、輸送車の荷降ろしは誰が指揮しているの」
「今はエマとミリアムの2人に任せています。
この場に連れてくると感情的になるだろうと判断をしまして」
「そう、それなら連れてきたのね襲撃犯のソルセルリ-を」
書類で山積みになっている机の向こうから聞こえてくるその声にセレアルは驚く。
自分よりも若い否幼い少女の声だったからだ。
「はい、ここに連れてきました」
机の脇をまわって姿を現したのは幼さの残る顔にそばかすのある黒髪の少女である。
「初めましてこのディミトリの町の町長のソフィア・ディミトリアです。
お名前をお教え願えますか」
「セレアル・オリジャです」
「ではセレアルさん、あなたが2ヶ月ほど前と1ヶ月ほど前の2度に渡る食料輸送車の襲撃犯に間違いありませんのですね」
「はい、ワタシが行いました」
「本来なら斬首ですがセレアルさんと少しお話をさせて頂きたく今回はこちらまでお越しいただきました。
申しわけありませんがこのまま立ったままお話させてくださいね」
「分かりました」
「まずセレアルさんには町の外に集っている方々との交渉を行うにあたっての仲介をお願いしたいのですがあちらには今まとめ役といえる方は何人いらしゃいますか」
「先ほどそちらのアルマンさんにも言いましたが今回の襲撃は私の独断であって私は外に集っている方々に対しては何も言う事はできません」
「では、まとめ役といえる方に心当たりはありますか」
「恐らくですがそう呼べるような人はいないと思います。
最初は一緒に訪れた村ごとにまとまっていましたが諍いや揉め事が起こるたびに互いに疑心暗鬼になって今では大きなグループは存在しませんので」
「そうですか困りましたね。
今、この町はかなり苦しい状況にあります。
それこそ明日にでも王都の騎士団が派遣されてきて滅ぼされてもおかしくはありませんので」
「なぜ人が集っているだけでそのようなことになるのですか」
「王都も我々と立場はそれほど変わらないからです。
王は聖地と契約を交わして技術という恩恵を授かります。
その契約という対価を支払わずに王都の廃墟をときには墓を暴く我々を危険視しているのです。
いずれ力をつけた我々が王都を襲い滅ぼしてまでその技術を奪いかねないと」
「そんなことが・・・」
「起こらないとは言いきれませんからね。
事実、冒険者が現れ王都の廃墟から技術を持ち帰るようになった800年前から500年で王都に比肩する町が生まれて王都を攻めた記録があります。
その300年前から積極的に危険と判断した町を王都は滅ぼすようになったのです」
セレアルが話の内容を理解するのを待ってソフィアは話を続ける。
「なのでここ数ヶ月という短い期間で人を集めている我々はそれだけで十分に王都の討伐対象になりうるのです。
ですから我々としては一刻も早く町の外に居る方々に退去していただきたいのです。
それが双方の安全のためでもあるからです」
「1つお伺いしてもよろしいでしょうか」
「答えられることならばですが、どうぞ」
「そもそも何故このようなことになったのでしょうか。
私の村では毎年何人も飢えで人が死にます。
食料も近くの小さな水辺で取れる本当にわずかな魚や植物です。
それも冬には全く取れなくなるし年によっては魚もいないこともあります。
ですから村の大人達は食料を分けてもらえるというその言葉にすがりつきました。
そもそも何故そのような噂が広まったのでしょうか。
そんな噂がなければ大人達も村を離れようとしなかったのに・・・」
セレアルが落ち着くのを待ってソフィアは話を始める。
「最初は本当に小さな善意でした。
その日は他所の町から取引のために多くの車が行き来していて忙しく迂闊にも全員が門を離れてしまいました。
それでも門の上に人はいたのですが遠くを見ていて足元を見ていなかったのです。
その隙に幼い男の子が1人町の外へと飛び出しました。
そこでその男の子はお腹を空かせて泣いている女の子に出会って持っていた1つのパンをあげたのです。
それを見た周りにいた大人達はその男の子に自分達にもパンをと男の子に詰め寄りました。
怖くなった男の子は逃げ出して背中にその女の子の悲鳴を聞きましたが怖くて振り返れなかったそうです。
その女の子がどうなったのかは今となっては知る術はありません。
そのとき町の外にいた者の中に王都の出身者なのかは分かりませんが通信機を持っている者がいたようです。
他の町にいる仲間にその話をすると誤解があったのかこの町では無償で食べ物を分け与えると彼らは押しかけてきました。
立ち寄った村々で噂を広げながら」
「その男の子がパンを1つ女の子にあげただけだったんですか」
「ええ、そうです」
セレアルは考える男の子の行動は本当に無垢な善意であったのであろう。
だとすれば何故それがこのような歪みをもたらしてしまったのであろうか。
幾つもの小さな歪が重なって大きな歪みになってしまったのだとすればその小さな歪とは何なのであろうか。
子供の持っていたパンを欲しがった大人達、それを通信機で知らせた者、そして自分達も無償で食べ物を分けてもらおうと町にきた者達、なのであろうか。
だとしたらその小さな歪はどこから生まれたのであろうか。
「よろしいですか」
ソフィアの言葉にセレアルはは思考を現実に戻す。
「っはい、大丈夫です」
「では話を戻しましょう。
先ほどお話したようにセレアルさんには外との交渉をお願いしたくこちらまでおいでいただいた訳ですがそれはかなわぬ事ということでよろしいのですね」
「はい、・・・」
「では、あなたには食糧輸送車の襲撃犯としての事実だけが残る事になります。
なのでここからはそのように対応させて頂きます。
あなたが最初に襲った食糧輸送車並びに2度目の襲撃そして今回の未遂の3件ですが。
2度目が決定打となり現在この町との取引を今後一切行わないとの通達が多く寄せられています。
このためこの町における食料の安定供給が著しく下降しています。
この先この町は信頼を取り戻すためにも今まで以上の苦難を背負う事になりました。
よってこの件は厳しく対応させて頂かねばなりません」
そこでソフィアは一拍間をおいて話を続ける。
「その前に少し個人的なお話をさせて頂きます。
このディミトリの町は最初から豊かな町ではありませんでした。
私の祖父が冒険者仲間と町を興した頃は本当に小さな貧しい町でした。
それでも仲間達と協力をして王都の廃墟を探索し近隣の町との信頼関係を築いてここまで発展させました。
その途上で野盗などに襲われたことも1度や2度ではありません。
エマとミリアム、あなたを拘束したときに一緒に居た騎士2人ですが。
エマの両親も騎士でこの町を野党から守るために亡くなりました。
ミリアムの母親と私の父親も同じです。
他にも大勢の者がこの町を守るために家族を失っております。
確かにこの町は荒野の村々に比べれば遥かに豊かでしょう。
でもそれは多くの人々があきらめずにその想いを明日に繋ぎ続けたからなのです。
どうかそのことはだけは覚えておいてください」
その日のソフィアとの1度目の面談はここまでとなった。
後日ソフィアからソルセルリ-としての力を町のために使うのならば恩赦として牢から出すことが告げられる。
アルマンがこっそり教えてくれた話では反対意見も多かったそうであるがソフィアが1人1人説得して納得させたそうである。
無論受け入れるかどうかはセレアルの自由である。
ただし断る場合は右腕を斬り落としたうえで咎人の烙印(罪人と分かる焼印を額に)を押し当てられることになる。
咎人の烙印は罪人と判別するためのものであり額にこれがあるとどの町にも入る事はできなくなる。
ソフィアとしても決して同情から助けようとした訳では無いそれだけソルセルリ-という存在が町にとって有益であると判断したからである。
ソフィアから返答までの猶予として与えられたのはあと4日である。
町としてもいくら罪人とはいえ餓死させるわけにはいかず食事を与えられているがそれをいつまでも続ける訳にはいかないのである。
恩赦とはいえ監視つきの生活になることは教えられている。
それでも町に住めることになるのなら断る理由はないのだろう。
昼をまわったであろう時間にソフィアがアルマンとグレタを伴なって現れる。
「期限までにはまだ時間がありますが返事は決まりましたか」
「ワタシに今何ができるのかそれをずっと考えていました、けれど答えは自分勝手なものばかりでした。
外で一緒だったナビィ、ミレル、ジニカ、エレン、ビジィ、ユティ、カナル、の事が心配なんです。
彼女達だけじゃなく外は今若い娘が居られる状況じゃないんです。
今でも人は集り続けているのでしょう」
「この10日で更に3つの集団が合流したようです」
「この町が外に強引な手段を取れないのはそれをすると他の街からの信用を失くすからでいいんですよね」
「そのとおりです、無抵抗の一般人に騎士が襲いかかったなどという噂がたてばそれだけでこの町は他の町からの一切の取引も支援も受けられなくなるでしょう」
「それなら町と関係のない者が暴れたのならいいのではないでしょうか」
「残念ながら騎士が出た時点で町の関与が疑われることになるでしょう」
「それならば明らかに町とは関係のない例えば罪人が暴れたならいかがでしょうか」
「それであなたのメリットは何になるのかしら」
「ナビィ、ミレル、ジニカ、エレン、ビジィ、ユティ、カナル、の7人をこの町に住まわせてあげてほしいのです。
そのためなら腕を1本斬られてもかまいません」
「その7人はあなたにとっての何になるのかしら。
他人ではないのかしら」
「たぶん、ワタシが人間らしくいられるために必要だったんだと思います。
ずっと考えていたんです。
どうして輸送車を襲ったように外の人々を襲わなかったのか。
そのほうが危険も少なかったのに、でもそうすれば私は獣になっていたでしょうね。
ワタシは彼女達を守る事で自分が獣にならないように一線を引いていたんだと思います。
結局、全て自分勝手な身勝手な理由でした。
輸送車を襲ったことも彼女達を守ったこともここに来たことも。
だからせめてケジメだけはつけたいと思います。
この町にも彼女たちにも」
「分かりました、ではその案を受け入れるかで検討してみます」
ソフィアはアルマンとグレタと共にその場をあとにし残されたセレアルは再び窓に足を向ける。
たとえ自分勝手な理由であろうとセレアルは彼女達の無事を祈らずにはいられなかった。