第10話
その町の壁を囲むように人々が寄り添うように集まり布や荷車などで各々に工夫をして寝泊りする場所を作っていた。
大勢の人々が溢れかえるその壁の上には大勢の歩哨が立ち物々しい雰囲気である。
集まっている者も老若男女問わず様々でありそれぞれに境界線を設けて互いに警戒しながら生活をしている。
荷車を横倒しにして壁の代わりにしているそのテントには7人の少女が集っている。
明るい小麦色の髪をした女が料理の準備をしていると入り口の木板が叩かれ近くの少女が塞いでいる木箱を動かす。
中に入ってきた女が料理の準備をしている少女に耳打ちするように話しかける。
「セレアル姉、門が開くみたいだよ」
「本当かい、ナビィ」
「うん、壁の上の歩哨も増えてるよ」
「ミレル、ジニカ、は私と一緒に。
エレン、ビジィ、はナビィと一緒に。
ユティ、カナル、は留守番をお願い」
素早く指示をだすセレアルにエレンが問いかける。
「ねえ、門が開くってことはまた食料が貰えるのかな」
「さあね、車が入ってくるとは限らないからね。
それといつも言ってるけれどやり過ぎはダメだよ。
町の奴らだけじゃなく周りも敵になるからね。
3人一緒に行動して服の中に隠せる分だけ持ち帰るんだよ」
先にナビィ、エレン、ビジィ、が外に出るのを見送るとしばらく時間を置いてからセレアル、ミレル、ジニカ、が続いて外に出る。
1度に大勢で外に出るとテントの中に誰も居ないもしくは残っている人間が少ないと思われることになる。
そうなるとテントの中の荷物などを狙って押し入る者がいるので時間を置いて1度にでることを避けているのである。
荷車を横倒しにして壁の代わりにしているのも同じ理由である夜中に押し入られることもあるからである。
タダでさえ若い女ばかりが集っているので警戒し過ぎても足りないくらいである。
最初は村単位など訪れた者達同士で身を寄せ合っていたが今やこの町の壁の周りは大勢の人々がひしめきあい争いも奪いあいも絶えない。
結果的に最初に身を寄せ合っていた者達も日を重ねる毎に離散せざるを得なくなっていったのである。
街の門の上に歩哨が増え物々しさが増す中で上から門の前に飛び降りる6人の男女が現われる。
6人はその体格と腰に佩いているエペ・クウランから騎士と分かる。
男が3人アルマン・ヴァルマ、ウーゴ・スーシェ、ミリアム・バウマン、女が3人エマ・カーター、クレア・ジョンソン、グレタ・ビセット。
「門の前の道は開けろと通達しているはずだッ。
叩き壊すぞ!」
アルマンの声に家族と思われる親子連れが慌てて荷車を運び出す。
「全くキリが無いな」
「通達しているとおりッ
門の前の道を塞ぐ者は強制的に排除するッ!」
「っとゆうか、どこまで増えるのよ。
本当にキリがないわよこれっ」
エマが呆れていると男が1人こちらに向かって歩いてくる。
「本当にキリがないな、これはっ」
アルマンも呆れながら男に目を向ける。
「あのこの町にくれば無償で食料や水をいただ・・・」
「そんな都合のいい話はないっ」
アルマンは男の言葉を容赦なく否定する。
男は驚きながらも言葉を続ける。
「ででですが、その話を信じて我々は村を捨ててまで」
「あのね、常識で考えてよ。
この町にこれだけの人数に無償で食料や水を与えられる余裕があると本気で思っているの。
町の人口の3倍以上も集っているのよ」
「もうすぐ4倍だがな」
エマの言葉をミリアムが補足する。
「こんな大人数に食料や水を無償で分け与えたら今度は私達が飢え死にするわ。
余力のあるうちに村に帰りなさいっ」
尚も何か言いたげな男にアルマンは、
「何度も言ってるがここは町の門に通じる道だっ。
通行を妨げるようなら我々は強制的に排除せねばならないのだ。
早々に引き返して頂けるか」
凄むアルマンに男は渋々と人だかりに戻っていく。
「ウーゴ、グレタ、頼む」
アルマンの言葉に2人がエペ・クウランを抜き放って道の端の地面に衝撃波の斬撃を走らせる。
斬撃で地面にできた線を確認してアルマンは人だかりに向かって叫ぶ。
「この線を越えた者は全て車を襲う襲撃者と判断し排除する!
我々は一切の手加減をしないっ
よいな決して線を越えないようにっ」
アルマンが門の上に合図を送るとゆっくりと門が外側に開かれていく。
門の中から4体の鋼の巨人シャ-ル・ヴィエルジュ=アネモスが現われ門の前に2体が陣取る。
残りの2体は真っ直ぐ道を進み人だかりの途絶える位置に陣取る。
大げさかもしれないが実際に騎士だけではその力の差を理解できずに襲ってくる者がいるのである。
先ほどの斬撃で地面に道の境界線を描いたのもシャ-ル・ヴィエルジュ=アネモスも襲うことを諦めさせるためには必要なことなのである。
やがて道の向こうから砂煙を巻き上げて数台の車が走ってくる。
セレアル、ミレル、ジニカ、は最前列から少し離れた場所で事の成り行きを見守っている。
ナビィ、エレン、ビジィ、達も離れた場所で同じく門の前の騎士達とシャ-ル・ヴィエルジュ=アネモスのやり取りを見守っている。
門の向こうには大勢の歩哨が見えるがおそらくは騎士も混じっているのだろう。
やや威圧的に見えるのはそうでなければ誰も言うことなど聞かないからというのはセレアルにも分かる。
力の差を見せつけなければこの場の全員が暴徒になって襲いかかることもあるからである。
彼等が本気になればこの場は一瞬で血の海になるというのに実際に騎士の力を知らない者達は多いのである。
そのような事態を彼らも起こしたくは無いからワザと力を誇示しているのである。
「来たね、いいかい決して目立たないようにね」
セレアルの言葉にミレルとジニカは頷きやがて数台の車が門の前の道に入る。
中ほどまで車が入ってきたところでセレアルは意識を集中する。
まず狙うの荷台の扉である。
大気を構成する原子を感じとり変質させる。
刹那、脳が燃えるような感覚がセレアルに襲いかかる。
「ッグワアアアァァァーーー!」
「セレアル姉、大丈夫」
呻きながら膝をつくセレアルの肩にジニカが手を伸ばそうとした刹那2人の女が割って入る。
「はいそこまでね」
「さすがに3度目は無いよ、お嬢ちゃん」
グレタとクレアが両脇からセレアルを抱えあげる。
「2度の襲撃の主犯は君だね。
言い逃れは無駄だよ。
うちのソルセルリ-が君の脳波の変化を感知したからね」
まだ苦しみ続けるセレアルをグレタとクレアが人垣から引きずりだす。
アルマンはセレアルを見つめて考え込む見せしめにするには若いうえに女である。
おそらく16前後か下手に見せしめに腕を斬り落とすと同情を集めかねない。
そうなると暴動を招く要因にもなりかねないと考える。
ひとまず連行するしかないであろうと結論づける。
「2度に渡って車を襲った襲撃の主犯はお前だな。
それとも他に主犯はいてお前は誰かに使われただけか」
苦しげな顔を上げながらセレアルはアルマンを睨む。
「傍にいた少女達も一緒に連れてこようか」
その言葉に目を見開いてセレアルは呟く。
「私だけだよ」
「悪いがこの場の全員に聞こえるように大声で認めてくれ。
我々が不当に君を拘束したわけではない事を証明しなければならないのだよ」
アルマンを更に睨みつけるとセレアルは大声で叫ぶ。
「私が魔法で車を横転させたんだよッ!
荷台の扉とタイヤを爆発させてなッ!」
「よし、動けないように拘束して連れて行け」
アルマンが命じるとグレタとクレアがセレアルを門の向こうまで連れて行きそこにいる騎士に引き渡す。
「今後、同様の襲撃があった場合は容赦なく腕や足だけでなく首を刎ねることもじさない。
合わせて我々が限られた食料や水を無償で君達に支払う義務は無い。
早々にこの場を立ち去れ、いずれは強制的に排除する事になる前にな。
いつまでも我々が甘い対応しかしないと思ったら大間違いだぞ」
そう言い放つとアルマンはエペ・クウランを抜き放って衝撃波を圧力として飛ばし地面を穿つ。
「アンパクト・プレシオンですか」
「まあ、あれくらいしないと力の差を理解できないだろうからね」
やがて車が全て町の中に入るとシャ-ル・ヴィエルジュ=アネモスと騎士達も町へと引きあげていく。
ナビィはエレンとビジィに振り返る。
「セレアル姉も心配だけど、ひとまずミレルとジニカに合流するよ」
頷くエレンとビジィを連れてその場を離れようとしたナビィの腕が掴まれる。
振り返るとゴードという名の男がナビィの腕を掴んでいる。
「ちょっと何すんのさッ!」
「きゃっ!」
声に振り向くとエレンとビジィの2人がゴードの手下に拘束されている。
「セレアルも居なくなったようだしな今までのような生意気な口が聞けると思うなよ」
そう言うとゴードは丸めた布をナビィの口に強引に押し込む。
「他の娘はどうしますか」
「3人いれば十分だ。
他にも狙っている奴らがいるしな横取りされるまえにズラかるぞ」
「ですね、騎士どもの対応も今までよりも厳しくなってますからね」
「ああ、ヤバくなる前に他の町に行ったほうがよさそうだ」
ゴードはナビィを肩に担いで手下もそれぞれにエレンとビジィを担ぎその場をあとにする。
アルマンは門を閉めるように指示すると拘束されているセレアルに足を向ける。
「さてソルセルリ-にいつまでも力を使わせている訳にはいかないのでね。
我慢してもらうよ」
そう言うとセレアルの頭にに銀の輪をはめる。
「君が力を使うのを感知するとその輪が今以上の苦痛を君に与える。
ではソルセルリ-に君を解放するように言うがおとなしくしておくようにいいね」
セレアルが頷くのを確認して門の上に向かって手を振る。
しばらくするとセレアルを苦しめていた脳が燃えるような感覚が消える。
「さて2度に渡る車の破壊とそれに乗じた混乱で物資の強奪を画策したのは君1人で間違いないんだね」
「そうだよ、ワタシ1人だよ」
「当てが外れたということか、君が彼らのリーダー的な立場にいるのなら交渉を頼みたかったようなのだがな」
「交渉ってなんのさっ」
「町長としてはこれ以上事態が悪化する前に表の全員に立ち退いてもらいたかったようだな」
「立ち退くたって、みんな行く当てなんてなんかあるもんかっ」
「それでこの町が滅んでも君達には関係ないって訳だね。
君達の言い分は」
会話に入ってきたミリアムに驚きの表情をセレアルは向ける。
「分かりやすく話をした方がいいようだな。
市長のところに連れて行く前に事前に町の状況を知っておいたほうがよかろう。
まず表の人間はこの町の人口の4倍に届くところにまで膨れ上がっている。
それにより王都などに目をつけられてこの町にいつ騎士団が派遣されてもおかしくない状況なのだよ。
これが1つ目だ2つ目は君が襲った車だ。
あれの噂が既に広まっており表の連中で不安になっていた町の後押しになり、幾つかの町がこの町との取引を今後行わないと言ってきたのだよ」
「分かりやすく言うとあんたのせいでこの町の人達が何十年とかけて築いたきた信頼が失われたのよ」
横からのエマの言葉にセレアルの表情が沈む。
「これによって今この町はかなり苦しい状況にある。
追い討ちをかけるような言い方になるが他の町との取引ができなくなったことでこの町の食料にも余裕が無くなっている」
「それもあんた達が食料と水を何の労力も支払わずに楽して手に入れようと欲をかいたせいでね」
「もうよせ、エマ」
ウーゴが止めに入るがエマはまだ引き退がるつもりはないようだ。
仕方なくウーゴはグレタと引き摺るようにエマを連れてその場を離れる。
「許してっやってくれ。
エマ、あの子の両親はこの町を野盗から守るために死んでいるんだ。
行こう君をどうするかはこのディミトリの町の町長が決める事になる」
アルマン達に囲まれるように市庁舎にへと連れていかれるセレアルの表情は暗く重いものとなっていた。
それはこの先の自分がどうなるのかという不安なのか、それとも壁の向こうに置いてきた仲間達を思ってのものなのか。
あるいはあらためて自分の行った結果が招いた事態を聞かされたためのものなのであろうか。
セレアルの頭の中に先ほどまでとは違う苦痛がそこにあった。