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幽霊伯爵の婚約譚  作者: みづき
一章 突然の婚約者
9/18

<8>

 屋敷に舞い戻ったリゼルは、緊張した面持ちで玄関扉を開けた。

 玄関ホールは静寂に包まれていて、リゼルは音を立てないように扉を閉める。そのままの足取りで応接間を覗くとソファにヴェルミオンが座っていた。

「おかえり」

 ゆったりと腰かけ、微笑むヴェルミオンは温和なそれである。地下室で垣間見た不気味さはすでになく、今まで通りの雰囲気の彼がそこにいた。

「ずいぶんと長い散歩だったね」

「朝食を食べ過ぎたのですよ、きっと」

 小首を傾げる主人にティーカップを差し出したのはラシェルである。

 十四という若さにして、すでに立派な使用人として働く彼はすべてを知っている顔で紅茶を注ぐ。

 そんなラシェルの言葉に、納得したように頷くヴェルミオンに訂正したい気持ちが沸き起こるが、リゼルはぐっと堪えて対面のソファに座った。

 ラシェルはちらりとリゼルに視線をやると、すぐに応接間を出て行ってしまう。

 ただ一人の使用人である彼は毎日忙しなく働いている。手伝わなければという気持ちになり、けれどリゼルは小さく首を振ってヴェルミオンを見た。

 今はこちらの方が優先である。

「ヴェルミオン様。お訊きしたいことがあります」

「うん?」

「あの地下室は、なんですか」

 直球な問いにヴェルミオンは目を瞬く。

 考えるような間の後、小首を傾げてあっけらかんと答える。

「遺品、と言った方がいいかな。遺族から譲り受けたものを並べてる部屋だよ。ただの私物ではなく、亡くなった時身に持っていた物だから集めるのには苦労したんだ」

「ゆ、譲り受けたって……っ」

 ヴェルミオンの口調が普段と何も変わらず、リゼルは唇を戦慄かせた。

「きちんと許可はもらって、何より大切に扱ってる。決して蔑ろにしたりはしない――何も問題ないと思うけど?」

「問題あります! い、遺品を集めるなんて、それも見ず知らずの人でしょう……!?」

 本気でわからない、というように首を傾げるヴェルミオンはやはりおかしい。

 遺族に許可をもらい、大切に扱っているからといって遺品を収集する趣味など常識ではありえない。さらに死した際に身に着けていた、あるいは持っていたもの限定など。

 囁かれる噂以上の不気味さである。

 そんなものを、あんな風に愛でていたのかと思うと身震いした。

 ヴェルミオンはというと優雅にティーカップを口に運び、何食わぬ顔でリゼルを見ている。それがやけに腹立たしくて、リゼルの声に棘が含む。

「私とヴェルミオン様は、わかり合えないと思います」

「そうかな」

「そうです。少なくとも、私には遺品を愛でる趣味なんて考えられません」

「――望むものを手に入れるために、仕方のないことだったとしても?」

 身を固くするリゼルにヴェルミオンは真っ直ぐな瞳を向けた。

 透けるような紫の瞳に心臓が小さく跳ね、リゼルは視線を逸らす。

「ヴェルミオン様の望むものとは、遺品のことですか」

「そうだよ。けれど、そうではない」

 ヴェルミオンの返答にリゼルは小さく眉を寄せる。

 ならどういう言意味だと目で訴えるも、ヴェルミオンはそれ以上口を開かない。頑なにも感じるその態度にリゼルは深く息を吐き出した。

「ラシェルは、知っているのですか」

 頷くヴェルミオンに頭が痛くなる。

 あの少年は、すべてを知ったうえで黙認しているのだ。主人であるヴェルミオンの趣味にまで口出しはできぬと考えたのか、たいして気には留めていないのか。

 どちらにせよ、この屋敷に住む二人にとってあの光景は何ら普通のことなのだ。

 リゼルはもう一度息を吐き、そして姿勢を正すとおもむろに口を開く。

「……私は〝田舎娘〟だと言われています。同じ貴族の令嬢が好むものではなく、町に出て子どもと遊び、散策するのが趣味だからだそうです」

 目を瞬くヴェルミオンに構わず言葉を続けた。

「どれほど眉をひそめられ、はしたないと言われても、趣味嗜好をそう簡単に変えることはできません。ですから、もうこれ以上ヴェルミオン様の趣味に口出すことはしません」

 きっぱりと告げるとヴェルミオンは驚いた表情に変わる。

 本当は、そんな不気味で気味の悪い趣味はやめて欲しい。

 けれど好きなものを変えるためには、周りがとやかく言うよりも本人の意思が必要だと知っている。

 ならばどれだけリゼルが口うるさくしようとも、ヴェルミオンにその気がなければ意味がないのだ。

 そして、その気が彼にはない。

 趣味以外はごく普通の人。不思議そうな顔をしたヴェルミオンを見つめながら、リゼルはそう自分を無理やり納得させる。

「……君は、変わっていると言われない?」

「どういう意味ですか」

「大抵の人は眉をひそめるんだけど。地下室になんて近寄らないし、ましてや屋敷にも近づこうとすらしない」

「そ、それは私があなたの婚約者だからで……っ」

 何も好き好んでこの屋敷に住まうわけではない。

 不可抗力だと声を震わせると、ヴェルミオンは考えるように小さく唸る。

「受け入れた人なんていなかった。……やっぱり変わってるね、リゼルは」

「ヴェルミオン様に言われたくありません!」

「似たもの夫婦、ということかな」

 どこか嬉しそうな表情でヴェルミオンが言う。

 ――幽霊伯爵と呼ばれる男との婚約は、思った以上に波乱の幕開けかもしれない。

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