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幽霊伯爵の婚約譚  作者: みづき
一章 突然の婚約者
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<3>

「ここがリゼルの部屋」

 ヴェルミオンは荒れのない指でドアノブを掴む。

 リゼルに用意された私室は驚くほど広い。

「一応家具は揃ってる。必要なものがあれば買い足すから、遠慮なく言って」

 中を覗いたリゼルは、ヴェルミオンの言葉に強く首を振った。

 彼の言葉通り、必要な家具や調度品はすべて揃っている。

 広い室内にはフリルをあしらった豪奢な天蓋付きベッドに、可愛らしい棚。使われた形跡のない燭台は装飾品と見紛うほど優美で、引き出しが豊富な机に椅子と揃いのテーブル、細部まで模様が見事な化粧台が惜しげもなく並んでいた。

 床には丁寧に織り込まれた絨毯が敷かれ、白地の壁には姿見と絵画が掛けられている。

 いつの間にか運ばれていたリゼルの荷物がちょこんと置かれ、それだけが妙に浮いているように見えた。

 これ以上必要なものなどなく――また、リゼルの持ってきた荷物もいらなかったのではないかと感じるほど。

 リゼルは呆然とし、次に衣裳部屋の扉を開けられてさらに驚愕した。

 ずらりと並ぶドレスの数々に目がくらむ。

 棚に置かれた装飾類もそれと同じくらいの数で、リゼルは身を震わせる。

「ここには収まるだけ入れたんだけど、まだまだ余ってしまって。向かいの部屋にもあるから、よかったら見る?」

 ヴェルミオンは開け放たれた扉の先を見やった。リゼルに与えられた部屋の前にはもう一つ扉がある。

「ドレスって意外とかさばるんだね。初めて知った」

 小さく驚きの声を上げるヴェルミオンにリゼルは言葉に詰まった。

 衣裳部屋にでさえこれほどまで並んでいるのだ、かさばるのも当然だろう。しかもさらにあると言う。

 窺うようにヴェルミオンを見、続いて閉め切られている扉に視線を移す。

 リゼルは衣裳部屋から離れ、そろりと歩み寄り扉に手をかける。

 途端、ぴしりと動きを止めた。

「……あ、あの」

「ん? どうかした? 一応、各季節に合わせて同じくらいあるんだけど」

「か、各季節ですか……!?」

 ドトナール国には四季があり、それぞれ同じくらいの期間を得て次の季節へと移り変わるのだが――これはあまりにも多い。

「全部で何着あるんですか!?」

「……数えてないね。でも単純に考えて、ここだけで五十着はあるかな」

「ごじゅっ……!?」

 首をひねるヴェルミオンにリゼルはぎょっとする。

 一年後に結婚を控えているとはいえ、まだ婚約の身だ。

やりすぎだと体を震わせるも、ヴェルミオンはさして気にした様子はない。

 圧倒的に感覚が違う。

 同じ伯爵という身分であるにも関わらず、こうも金銭感覚が違うのだろうか。人それぞれだとは分かっていても、とリゼルは怯えた瞳で第二の衣裳部屋を覗いた。

 リゼルの私室より狭いが、それでも十分な広さだろう。

 そんな部屋に並ぶ色とりどりのドレスは、手あたり次第購入したのかと思えるほど統一感がなく、その種類もばらばらだった。

 可愛らしくたっぷりのレースとフリルを使ったものから、装飾が少ないもの。その逆にゴテゴテの、一体どこに着ていくんだと言わんばかりの派手なドレスまで実に様々である。

 けれど、妙に派手なドレスが多いのはなぜなのか。

 棚に置かれた装飾品もそれに合わせたもので、悪趣味としか言いようのない帽子や髪飾り、靴などが並んでいた。

 その中でも一番目につくのは羽根つき帽子。動くと同時にばさばさと揺れるのではと思うほど付けられた羽は鮮やかな赤色である。

「……っ」

 リゼルは悲鳴を呑み込んだ。

 まさかこれを着ろと言うのではないだろうな、と胸中で叫ぶ。

 私室の衣裳部屋に吊るされたドレスたちの方が可愛らしく、〝一般的〟でリゼルの好みと一致しているのに、なぜここまで真逆のものばかりがあるのか。

 同じものばかりでは飽きてしまうからと、趣向を変えてみたのだろうか――と疑問に思いつつドレスを見つめるリゼルに、ヴェルミオンが小首を傾げた。

「気に入った? サイズはぴったりだと思うから、好きなものを選ぶといい」

 ひくり、とリゼルの顔が引きつる。

 あくまで好意だ。

 問いかけるヴェルミオンの瞳に他意はなく、純粋に聞いているのだとわかる。

 リゼルは引きつる笑みを浮かべ、弱弱しく礼の言葉を口にした。

「あ、ありがとうございます。……大事に着させていただきます」

 小さく項垂れ、軽く眩暈がしそうになるリゼルにヴェルミオンは廊下の奥を指差す。

「一つ部屋を挟んだ先が僕の私室」

「ヴェルミオン様の?」

「うん。あぁそうだ、一階に浴場がある。湯が張ってあるから入るといいよ」

 疲れただろうと言うヴェルミオンに、リゼルはありがたく思い頷いた。

 それに小さく微笑んで踵を返そうとしたヴェルミオンは、ふいに思い出したように立ち止まる。

「屋敷の中は自由にしてもらって構わないけど――くれぐれも、地下の部屋には入らないようにね」

 肩越しに振り向き、その瞳がリゼルを射抜く。

 透けるような、優しさを帯びた紫水晶の瞳がわずかに細められる。

 それが妖しげな色をたたえたような気がして、リゼルは慌てて頷いた。

「わかりました」

 じゃあね、と先ほどの空気を消し去ったヴェルミオンが手を振り、衣裳部屋から出て行く。

 ヴェルミオンの私室に入っていくのを見届けて、リゼルは呟いた。

「変わった人」

 色々と思うところはあるけれど、それが初見を終えたヴェルミオンへの素直な感想だった。

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