1.1人の新入生
春の陽気が、ひんやりとした森の中でも微かに感じられる季節となった。
のどかな雰囲気ただよう田舎。緑に囲まれたこの学校には、学校へ向かうための電車があり、数分ほど登っていく先には大きな白い建物がある。そこが“聖シャレンド学園”だ。
仕事をしていてずっと学校に残っている生徒もいれば、この新学期になるまで旅行や帰省をしていた生徒もいた。そんなわけで、久しぶりの学校生活にはしゃぐ声が駅のホームに響いていた。
真新しい白のブレザー姿の新入生たちも、続々駅に来ていた。中学から持ち上がった子どうしで引っ切り無しにお喋りしていたり、「クラスが楽しみだね」という話で盛り上がっていた。春からシャレンド生になる編入生たちは、少しだけ肩に力が入っていた。高校からこの学校という生徒は少なくないとはいえ、それぞれの地方から来ていると、不安な気持ちの方がどうしても強かった。
そして、沢山の感情がごちゃまぜになりながら、一気に電車に押し込まれた。10分ごとに数本、この駅から出発していく。ぎゅう詰めになったところで、お喋りが止まる事もなければ、相変わらず一人の子は一人だ。
「あのさ。」
背の高い男子生徒に挟まれながら、無理やり携帯電話をバッグから取り出し、縁は縮こまった。
「朝から余裕がないんだけれど、行ってくるね。」
「いってらっしゃい。初日で“帰りたい”なんて言い出さないでよ?」
「うん。」
取りあえず電話の向こうの母へ連絡を入れると、縁は携帯電話をさっとしまった。
縁もこれからシャレンド学園へ入学する新入生だった。住んでいた場所はここから少しだけ遠い。母に電話をかけてみたのも、話す相手がいなかったからであった。行き道で誰とも知り合えず、仕方なく電車に乗ってみただけだった。
胸元のリボンを整えて、縁は気分を落ち着かせた。
「知らない人ばっかり…。それもそうか、芸能人はきっと寮にいるとか、専用車両とか、何かあるんだろうな…。」
縁は唯一身動きのとれる首をひねって、辺りを見回した。どこにもオーラを漂わせている生徒は乗っていないし、テレビで見るような顔ぶれは居ない。
「ちゃんと音楽を勉強しなくちゃ。」
縁は心の中で言った。
「もしかしたら学校の中で、“本人たち”に会えるかもしれないし。…でもダメだな、私みたいな地味っ子は用なし。それに、きっと私の夢はバカにされちゃう。」
この自信のなさはまさに性格通り。縁は中学時代までずっと“地味っ子”という存在だった。例えばクラスの中では男女で仲良くなれる人と、そうでなく静かにしている人がいたりするものだが、縁はずっと静かにしている方だった。音楽を聴いて、騒ぐこともなく一人でいる事が多かった。ここへ来た理由も、音楽を学びそれに関係した仕事をしたかったからだった。地元を離れる事にはなるが、そもそもあまり仲良くしていた訳ではなかったから、さほど辛くはなかった。
「もし友達ができても、このことは言わないようにしよう。このこと…。」
ますます不安な気持ちがこみ上げてきたころ、学園行きの電車はちょうど到着した。