第4幕 道と光と
重装殻は巨大な鎧である。故にその戦闘方法は人とそう変わりはしない。遠距離では銃による射撃。近距離では剣などによる白兵戦が主になる。
ただ、人と違うのはその強度である。
重装殻の装甲は極めて硬度の高いオリハルコン合金板を使用しているため、通常の火器が有効であるとは言い難い。
故に狙い目となるのはその関節部となるわけだが、現行の重装殻のウリの一つは高機動であること。そうそう狙ってできることではない。
―――しかしサブはそれを行う。
「………っ!」
敵の攻撃は盾で弾き、銃で牽制。近寄って剣で確実に叩く。
サブの戦い方には面白みがない、とエーナは言う。まったくその通りだと自分でも思う。
「死ねえーーー!!」
「―――っ!」
敵の剣を盾で受け流し、体勢を崩したところにすかさずカウンターを入れる。剣術でも基本となる『パリィ』と呼ばれる闘法。
自分にはこれしかできない。だが、これだけは必ず行う。
サブリナ・グンタヌークが『鉄板』と呼ばれる所以である。
「総員、自分に続け!」
そして同じことを繰り返すだけだからこそ、余裕を持って戦場を見回すことができる。
サブは戦況を確認すると、小隊を伴って前方へと飛び出した。そしてそれに釣られた敵の重装殻が、我先にと殺到する。
「……素人だな」
統制が取れていない。まともに訓練を受けていないのか。そこらのゴロツキにしては良い騎体を着けているが、
「性能に頼るだけでは……っ!!」
不意に前方に影が現れる。どうやら囲まれたらしい。
前方と後方。包囲網がじりじりと狭まる。しかし、
「――今です!」
「イエッサー!」
崖の上に影が差す。そこには新たな重装殻たちの姿。
「落とせーーー!!!」
重装殻ほどもある岩をゴロゴロと落としていく。基本的な戦術の一つではあるが、果たして重装殻にも有効であった。
巨大な質量に押され、ひしゃげ、壊れないながらも隊列を崩される敵兵士。
「だ、誰だぁ?!」
「問われて名乗るもおこがましいがッ!!」
その声に応えるのは先頭に立った一騎の重装殻。そして大仰なポーズをとりながら彼女は叫んだ。
「やあやあ遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 天真爛漫、豪放磊落、威風凛然、無我夢中! 特騎隊が一番槍! マリエーナ・テンガちゃんとはアタシのことだあああああああああ!!」
唖然とする一同。しかしエーナは空気など一切気にすることなく、天高く跳びあがった。
「チェイサーーーーーッ!!!」
唸りを上げて、エーナの棍が舞う。敵重装殻の装甲がひしゃげ、手足が砕け落ちる。
重装殻の装甲がいくら固かろうとも、中の装着者へ衝撃は伝わる。初速マッハに近い棍を受けると人はどうなるのか。
「エほ……っ!」
答えは失神する。エーナに打たれボコボコになった装甲を見て、サブは敵兵が若干気の毒になった。
「―――っ!? エーナさん!!」
ならば、とエーナへ剣を振りかぶり突進する敵重装殻たち。サブや他の隊員たちでは間に合わない。
まともに食らう、と思われた。
しかしその剣を受け止めたのはエーナ騎の背後に現れた光の障壁。ニヤリと笑い、エーナは叫ぶ。
「『勇気の盾』!!」
エーナ騎の背部から射出される板状の力場。その八つの光の壁は宙を飛び、味方を敵の攻撃から守り、はたまた、棍の先端に合体し、戦斧へと姿を変える。そしてそれを無茶苦茶に振り回すエーナ。
「どりゃあああーーーーー!!!」
嵐が止んだ頃、その場の敵重装殻はすべて沈黙していた。
「さっすがは最新装備! えー、えこーるど、ぱり……?」
「エーテライトです」
特殊力場形成機構。通称『エーテライト』。精霊核から発生される力場を重装殻の起動のみならず、武装にも利用したものである。
その特性は物に反発すること。しかも反発する対象は、使用者がある程度調整することができるというご都合設定。
「ま、便利なのには違いないよね!」
「……ですね」
そんなことを話してるとエーナの騎体にセラーネから通信が入る。
「エーナ。そこは片付いた?」
「うん。今終わったよ」
「じゃあ一度拠点に戻ってきて」
エーナがアイマムと言った瞬間切れる通信。
ちゃんと聞こえてるかなー、などと心配になりつつ。
「じゃああたし行くねー」
「ええ。お気をつけて」
「サブもね」
目指せ百騎とか言いつつ立ち去るエーナ達。能天気な様子にサブは溜息を吐きつつ、
「ホントにやりそうだな、あの人……」
と若干引きながら呟いた。
一方その頃、レッドとブルーの姿は施設の喫煙室の中にあった。
「……なんか始まったな」
「そっすねー」
せわしなく動き回る『聖鷹』のメンバーを眺めつつ、我関せずと紫煙をくゆらせる二人。寝癖のついた頭を掻きながらレッドがぼやく。
「ウゼえなあ。どうするか?」
「そこらへんの奴に聞くってのはどうです?」
ブルーの提案にその手があったか、と手を打つレッド。丁度その時、
「お前たち。ここで何してるんだ?」
「あ、あのときの……」
二人が(なりゆきで)助けた指揮官が喫煙室に入ってきた。
「どうしたオッサン。暇なの?」
「お前らに言いたいよ。……まあ俺はこれだ」
そう言って松葉づえを持ち上げる指揮官。前線での指揮も考えたらしいが、
「どのみちこのザマじゃあ足手まといになるだけだ。撤退も近いわけだし―――」
「「ええっ!!」」
二人の驚きように逆に驚く指揮官。
「なんだお前ら。知らなかったのか?」
うんうんと頷く二人。そして二人顔を寄せるとひそひそと話しだす。
「やべーよ。なんかとにかくやべーよ」
「今の内に聞いとくしかないじゃないすか? とにかくなんとかもう色々と無理やり的に?」
「そうすべそうすべ」
そしていきなり笑顔になると、ニコニコと指揮官にゴマを磨る二人。
「いやー、本日は大変お日柄もよくー」
「実に良い髭でゲスね~。先の方まで決まってるでゲス~」
「お、お前ら。どうした……?」
いきなりの豹変に気味の悪いモノを感じる指揮官。しかし二人は構わず顔を寄せると、
「いやいや大将、実はですねー」
「聞きたいことがあるんでゲス~」
「な、何を……?」
徐々に高くなる圧迫感に指揮官は内心悲鳴を上げた。
彼は焦っていた。
(チマチマやっててもしょうがねえだろうが……!)
彼はコードネーム『フェザー3』。『聖鷹』の中でも数少ない重装殻戦経験者であった。
故にこそ思う。こんな行き当たりばったりの戦術ばかりを繰り返しても勝利はないと。
敵の指揮官を叩かねばならない。そのためには、なんとしても敵拠点に辿りつかなければ。
そのため彼の小隊は単独で戦線を離れて進んでいた。うまくいけば相手の無防備な側面を叩けるはず。
(いや……!)
きっと叩ける。自分には積み重ねた経験と勘がある。
そしてここを抜ければ敵の司令部までもうすぐ、という所で、
「遅かったな。うむ」
しかしそこに胡坐をかいて座っていたのは一騎の重装殻であった。
見たことのない重装殻だ。両肩に小型の盾が付いていて、その腰には二本の剣。見たところ装備はそれだけだ。それだけだというのに。
(なんだ……?!)
――踏み込めない。自分の中の何かが警鐘を上げている。
そしてそれは部下も同じだったらしい。こちらが誰ひとりとして動けないこの状況で、目の前の重装殻がゆっくりと立ち上がる。
と、同時にフェザー3は気付いた。自分達が囲まれていることに。
「指揮官は誰だ」
周りを取り囲む複数の気配。おそらく目の前の一騎が合図を送れば、一斉に仕掛けてくるだろう。
敵の数は不明。状況的にはこちらが不利。故に彼は言った。何が狙いだ、と。
「――一騎討ち。わんおんわんと言うやつだ」
目の前の騎体は事もなげに言った。
「拙者が負ければ道を譲る。しかし拙者が勝てば降伏せよ。悪いようにはせぬ」
なんだそれは。今時分に騎士道精神とやらであろうか。彼は内心噴き出したが、それをおくびにも出さずに言った。
「……良いだろう」
面白い。どの道読まれていた策。敵に乗ってみるのも一興だろう。彼は久しぶりに一戦士としての血がたぎるのを感じた。
銃は要らない。構えるのは武剣と小剣。対して敵が腰から引き抜いたのは一本の反り返った剣。
聞いたことがある。東国アズマの騎士があの様な武器を使うと。そしてそれを自在に使う者をこう言うと。
「なるほど。貴様が武士か……」
「……ジン・マゴロク。参るっ!」
両者が同時に動く。
敵はいきなり横薙ぎに剣を振りかぶる。速い。
重装殻の装甲すら切り裂く必殺の一撃。しかし自分はそれを地面に伏せてかわす。そしてそのままの姿勢で敵の懐に飛び込んだ。
両手剣の弱点は振りが大きいこと、そして間合いが遠いことにある。このように足を崩し、引き倒せば―――。
―――ドンッッッ!!
衝撃と共にフェザー3の『プラーガ』が吹き飛ぶ。相手が使ったのは剣の柄尻。それをこちらの脇に思い切りぶつけたのか。先の大振りはフェイントだったのか。
重装殻の胸部には装着者が収納されており、脇下の部分は装甲が比較的薄い。いわゆる重装殻の弱点とも言える。
装甲越しの衝撃に頭がぐらつき、足元が定まらない。そうこうしている内に相手が起きてしまった。
……おい。何やってる。しっかりしろ。
無理やり自分を奮い立たせ、野獣めいた叫びと共に相手に斬りかかるが、
「―――御免っ!!」
相手の方が速い。しかしフェザー3はなんとか剣を軌道修正させ、相手の剣を受け止める――はずだった。
「―――っ!!」
彼は見た。自分の剣が根元から真っ二つに断たれるのを。そしてその剣は自分の元に―――。
フェザー3は死を覚悟した。しかし彼を迎えたのは、風だった。
「………?!」
見上げると空がある。重装殻のモニタ越しではない、肉眼での空。
重装殻の上半身が絶たれていたのだ。彼は肉眼で相手の事を見ると、苦笑しながら両手を上げるしかなかった。
ドアが軽々と宙を舞った。
そして暗い部屋の中に入ってきたのはジャージとツナギの男たち。傍らの少女が歓喜の表情で立ち上がりジャージに飛び付く。
「よう、イワ。元気してたか?」
コクコクと頷く少女をレッドはよしよしと撫で上げる。
状況が良く分からないリオンが様子を見ていると、不意にブルーが彼に銃口を向けた。
――銃声。そして金属音。
「悪いっすね。手錠の鍵が見つかんなかったもんですから」
「時間がないらしいんでな」
見れば自分の四肢を拘束していた手錠が壊されている。リオンは小さく頭を下げた。
「……礼を言う」
「なに。仲間を助けるついでって奴だ」
それに怪我させちゃったしー、と頭を掻くレッドにリオンは疑問を呈す。すなわち、あんたたちは何者だ、と。
「――掃除屋さ。綺麗なことから汚いことでもなんでもござれの株式会社『翁の会』ってな」
「名刺は忘れて失敬。まあ今回は仕事じゃなくて仲間の救出、て感じっすけどね」
仲間。と言うことはこの少女も。その枷をナイフで切断しながらレッドは言う。
「こいつはイワザル。うちらの組織の物資調達や運搬なんかをしてる」
ペコリと頭を下げるイワザル、略してイワ。
「見ての通り荒事には向いてなくてな。こんなナリで銃とか危ない物も運んでるから攫われることも―――」
ズズンと言う音が響く。施設の近くまで戦線が後退してきたらしい。
「センパイ。時間」
「そうだったな。じゃあな青年。死んでも恨むな」
「……待て」
不意に呼び止めるリオンに驚く二人。詫びも済んだし、他に何が。
「……俺と一緒に居た女の子はどうなった?」
その質問にそういえば、と顔を見合わせるレッドとブルー。
「どうなりましたっけ?」
「確か司令官っぽい眼鏡に連れて行かれた、気がする。あいつロリコンっぽいもの」
「……イーオ」
彼の立ち去り際の思いつめた顔を思い出す。あの時も昔も、あいつはそう冷静な奴ではなかったな。
「……もういいか? とっととトンズラしたいんだが」
「待ってくれ」
ベッドから立ち上がるリオン。その足取りはとても瀕死の重傷を負った者には見えない。そして強い決意に満ちた瞳でレッドを見つめた。
「……頼みがある」
ヒビキ・ユズハは小高い丘から戦場を俯瞰で眺めていた。
敵の動き。味方の動き。何処が優勢で劣勢か。戦場という川はどう動いているか。
それらを眺め、装着席で小さく頷く。
「総隊長の仰ったとおり、ですわね……」
敵は素人の集団だ。重装殻は所詮歩兵の延長でしかないと言うのに、組織的行動を全く考慮していない。敵の通信手段が旧世代の物という可能性もあるが、
「指揮官が仕事をしていない……?」
合戦までの『聖鷹』は戦術的に見ても合理的な動きを行っていた。しかしそれをしなくなったということは、もはやこの戦の勝利を狙ってはいないということ。
――ならば劣勢の将校がすることは一つ。
「……とはいえ」
視界の端に数騎の重装殻に追いかけられる味方歩兵が映る。故にヒビキは一瞬の逡巡もなく、
「―――『水破・豪雨』」
光の矢を番え、放った。
放たれた矢は空中で糸の様にほどけ、無数の矢の雨に姿を変える。そしてその雨は敵重装殻を撃ち抜いた。
一本一本は小さくとも、それが面で来れば避けることも防ぐこともできない。故に敵重装殻は悉く沈黙した。
「後はリオンさん次第、ですか」
ヒビキは小さく溜息を吐きながら戦場の監視を続けた。
銃声と爆音。最初は小さかったそれらが段々と近づいてくるのを感じる。
それらは明確な死の予感。しかしノヴァを支配している恐怖は、もっと別のところから来るものであった。
イオスの言葉が蘇る。父が作った機械で、人が大勢死んだ。
自分の父が竜脈を利用したエネルギー開発を研究していたのは知っていた。そしてその核となる装置に付けられた名前が、
「……『ロティアナ』」
自分の母の名前。
ノヴァは母親を知らない。物心着いた時には父と各地を転々としており、それが普通だと思っていた。
父から母の話を聞いたことがある。花と歌を愛する美しい女性だったと。
だから、父はいつかこの荒れ果てた大地いっぱいに花畑を作る事が夢だと語った。
……その父が、人殺し……?
例の事件は聞いたことがある。あの街で昔起こった『黒害』と呼ばれる事件。周囲には突然の魔獣出現による『災害』と報道されていたが。
「……嘘だ……っ!!」
信じられない。信じられるはずがない。父がその事件を引き起こしたなんて。
研究熱心でも、いつでも自分に優しく笑いかけてくれたあの父が。
「………でも」
血で塗れているのは自分も同じだ。
N型核活性機構。6年前自分が考案した、精霊核から多くのエーテルエネルギーを取り出す新理論。
……それによって一体どれだけの人が死んだ?
帝国の歴史はすなわち悪夢の歴史、と歴史家は評する。血に塗れた現皇帝を人々は『冷帝』を呼ぶ。
――だがそれを生んだのは自分だ。私は、
「人殺し、だ……っ」
ずっとずっと今までずっと。必死に考えないようにしていた思い。それが涙と共に溢れ出る。止める術は、自分にはない。
真っ赤に腫れた目を擦ると、ふと外から不穏な物音が聞こえた。ノヴァの身体が強張る。
無意識に隠れようとするノヴァ。しかしその暇もなくドアが蹴破られた。
「―――お前、ドアを蹴破ったら世界一なんじゃねーの、ひょっとして」
「いやー。センパイには負けますよー」
いや、俺蹴破ったことないし、とか言いながら部屋に入ってきた二人にノヴァは驚愕する。リオンを刺し殺した連中。それが何故此処に。
しかしすぐに納得する。そうか。口封じか。自分はあの装置について知っているから。
そこまで考え、ノヴァは逆に心が落ち着いてくるのを感じた。
「……いいよ」
「あ?」「へ?」
「ノヴァは殺していい。けど……」
まだ自分には心残りがある。目の前の者に託すのは筋違いでも、言わずにはおれない思いがあった。
「お願い! あの装置を……『ロティアナ』を止めて!!」
あれをここに居る様な奴らに渡せばまた戦争が起こる。また大勢の人が死ぬ。
『ロティアナ』は父と、そして母の願いから生まれた物。それをそんなことに使われたくない。
「お願い、です……! お願いします……っ!!」
涙や鼻水を垂らしながら、必死に頭を下げる。その姿を見て、レッドは大きく溜息を吐いた。
「……ガキのくせに色々背負ってんのな、お前も」
そしてひょいとノヴァを抱えると、ブルーにそのままパスする。
「回収完了。ズラかるぞ」
「りょーかい、センパイ♪」
「ちょ、ちょっと!!」
また何処かにでも連れて行こうとでも言うのだろうか。その腕から逃れようとするノヴァ。しかし細身かと思いきや、意外と太いその腕はビクとも動かない。
「あー、勘違いすんなよ。俺達お前を助けに来ただけだから」
助けに? もしや帝国の手先だったのだろうか?
しかしレッドはすぐさまその言葉を否定する。
「あの白黒の兄ちゃんに頼まれたのさ。お前を助けてくれってな」
――リオンに?
その言葉を聞いてノヴァの動きが止まる。そして気付く。この部屋の見張りが全員気絶しているのを。
……これをこの二人が?
「本当に……?」
「ああ。ホントに」
メンドーだったけどな、とか言いつつ頭を掻くレッド。そしてノヴァを真っ直ぐ見詰めながら、
「あの兄ちゃんから伝言だ」
「え……?」
「『お前達のせいじゃない』だとさ。なんのことかわからんが」
……ひょっとしたら。
ひょっとしたらリオンは全部知っていたのかもしれない。父があの事故を引き起こしたのを。そして自分がその娘であることを。
勿論気のせいなのかもしれない。でも―――。
「ううう………」
「お?」
「うううあああああああーーーーーーーんんっ!!」
父の、自分のしたことは取り返しのつかない罪。当然贖われるべき罪。
(……だけど)
―――許されることは、こんなにも満たされることなのか。
「わあああーーーーーーーーんっ!!」
「うっせーーっ! 黙らせろブルー!! こう首の後ろをこう。こうって感じで!」」
「いやいや、それどこじゃないみたいっすよ~」
ノヴァの泣き声を聞いた兵たちの足音が徐々に近づいてくる。それを聞いてまた嘆息するレッド。
「……みたいだな。じゃあ―――」
「―――行きますか!」
そして駆けだすのは廊下の窓。ブルーが片手の銃で窓にひびを入れると、
「―――っ!!」
レッドが窓を突き破り、外へ飛び出す。続いてブルーも。
(ここ、確か4階―――!)
そして言葉にならない落下感がノヴァを襲った。そして事更に大きい着地音と同時に戻ってくる重力。
半ば呆然とするノヴァを抱えながら二人は逃げる。その先には一台の車。
「イワ! 出せ!!」
三人が乗り込むや否や走りだすジープ。しかしその上に刺す影をノヴァは見上げた。
ノヴァたちが逃げ出す少し前。
領主、ではなく最早セラーネ率いる帝国軍の本拠地。そこに巨大な物体が運び込まれていた。
それは無骨であまりにも前時代的な遺物。一言でいえば投石機であった。ただその大きさは遥かに巨大で、かつ片方に積まれたのは石ではない。
それが指定の位置に配置されるのを眺めるセラーネを、領主が慌てて問いただす。
「どういうおつもりなのですか?!」
「何が?」
「アレですよ! アレをみすみす手放すおつもりですか?!」
「設計上の強度は問題ないわ」
そういうことではなく、と悶絶する領主を冷ややかに見つめるセラーネ。好対照な二人に整備員が叫ぶ。
「搬入終了しました!」
「御苦労さま。……エーナ!」
「イエス! アイマム!」
声と共に舞い上がるリード・キャリバー。そしてエーナは空中で棍を構えると、
「刹那式棒術奥義『奈落落とし』いいいいいいいいいいいいっ!!」
落下する騎体の重量と加速、下半身から上半身に至る全てのバネを用いて、渾身の一撃を投石機の片端へ叩きこむ。
その破壊力。筆舌に語り難し。
投石器は木端微塵に砕け散り、もう片方に乗ったソレは遥か宙を飛んだ。
リオンが施設を脱出したのはほぼ同時刻。そしてソレはまさしくその時に施設へと飛来した。
ソレはコンテナ。一騎の重装殻は運悪くその飛来に気付かずまともにぶち当たった。
吹き飛ぶ重装殻と、四散するコンテナ。重装殻の装着者は十中八九失神しているだろうが、それはどうでもいい。
コンテナから飛び出したのは人型の巨人。ソレは受け身もとらずに転がり、丁度リオンの眼前で横倒しになった。
素早く背部ハッチを開くリオン。しかし装着席は無人。
―――計画通り。リオンは頷くと、素早く席に滑りこみ、ハッチを閉める。
着席するとすぐさまソフトが起動する。流石は特騎体の整備班。乗り込むのが自分ということですでに初期設定はやってくれていたらしい。
(……俺なら一時間はかかっていた)
装甲越しにいくつかの気配を感じる。敵の重装殻に相違なし。
そして起動画面に映る銘は、
「……『メサイア』。作戦行動に移る」
バンッと腕を地面に叩きつけ、その反動でもって立ち上がるメサイア。突然の動きに一瞬動きが止まる敵重装殻。その隙を逃さず接敵する。
重装殻に人体の急所は通用しない。故に素手での格闘はナンセンスと言わざるを得ない。
―――しかし、だ。
「―――っ!!」
メサイアの掌体が敵騎の胸部に突き刺さる。そして貫通した衝撃は装着者の意識を容易に刈り取った。
他の重装殻がメサイアに斬りかかる。しかしリオンは気配のみでその動きを察すると、瞬く間にその両腕を叩き折った。
敵にしてみればちょっとしたホラーである。自分が攻撃しようとした瞬間、メサイアの姿は消え、代わりに自分がやられている。
緩から急へ。リオンが行っているのは詰まるところそれだけである。ローギアからトップギアへ一気に加速することで、傍から見る者にはあたかも瞬間移動しているように見える。そしてその力を敵にそのままぶつければ。
結果は明瞭である。重装殻一個小隊は瞬く間に全滅した。素手の重装殻一騎相手に。
そしてそれを見ている者がいた。
「うわぁ……」
ノヴァである。ジープの荷台で揺られながら、眺める重装殻の動きはまさしく、
「―――リオン…っ」
自分がデザインした重装殻に彼が乗っている。ノヴァはそのことを確信した。
それにしても空をイメージした白と青のボディのなんと美しいことか。全体の英雄的なシルエットも何とも筆舌に尽くしがたい。
「マ、マーベラス……!!」
「おいこのガキ、クネクネして気持ち悪いぞ」
「蹴落とします?」
それはさておき。
『聖鷹』の兵が集まってきている。時間がない。リオンの腹部の包帯が赤く滲む。
付近の敵を一掃した後、リオンが跳んで向かった場所。そこは敵の司令部であった。そしてそこには当然、
「……来たか」
自分の重装殻に乗り込んだイオス・リーベルがいた。
間髪なく飛び込んできた護衛を苦もなく一蹴し、重装殻越しに二人が対面する。
「――リオンだな?」
「……イーオ、だな」
自分達がこうやって相対するのは何度目だろうか。しかし子供の頃は思いもしなかった。自分達が敵になるなど。
「強くなったな……リオン」
あの事件で何もかもを失った虚無感が彼をそうさせたのか。それとも、
「貴様が半ば魔獣化しているから、か……」
「………」
あの頃とは違う髪や瞳の色。致命傷のはずがこうも動けている事実。昔とは違う、後天的に何らかの変異を起こしてしまった可能性。
―――しかし、それは今や関係ない。
「だが貴様は勝てん。この俺の重装殻、『ハーレクイン』にはな!!」
イオスが瞬時に槍を突き出すが、リオンは紙一重でかわすとその持ち手を粉砕した。
「この重装殻はこれまでのものとは遥かに性能が違う!!」
メサイアの抜き手がハーレクインの盾の隙間を縫って左腕の間接を穿つ。
「スピードも、パワーも、何もかもがなあああああああっ????!!!!」
掌体が首ごと相手を吹き飛ばした。かろうじて意識を保ったイオスは呆然と呟く。
「……何故、負ける……?」
自分には大義がある。帝国を打倒するという大きな目標が。
なのに、何故。
「……何が違う……!?」
「………」
「俺とお前、何が違うと言うんだ……っ!!」
その問いに、リオンは静かに答える。
「……イーオ。お前は正しいよ」
「……なに?」
「お前はお前だけの道を、俺は俺だけの道をひたすら走った。それだけ、だろ」
それが二人の違い。だからこの結果は重要な事などではない。そう言いたいのか。
あるいは。この白黒髪の青年は羨ましいのかもしれない。自分とは違う生き方を選択した幼馴染が。
否定ではなく、ただあるがままを受け止める。ひょっとしたらそれが彼の強さなのかもしれない。
イオスはそれを―――。
「―――まだだ」
イオスが懐から取りだしたのは後ろにある装置――『ロティアナ』の遠隔操作装置。
「まだ我々は……『六の魔』は負けていない!」
全ての値を最大値で入力。それは装置の許容範囲を完全に超えていて、
「―――待て!!」
「導師、万歳っ!!」
装置が極光を放った瞬間、イーオは小さく呟いた。
「―――じゃあな、リオン」
ただ愛おしい、親友へ向けて。
それは戦場の全てを駆け抜けた。
最初は微かな違和感。腕が少し重たい、そのくらいの。しかしそれは徐々に大きくなり、遂には身動き一つとることができなくなってしまう。
だが装着者には不思議と戸惑いはなかった。そこにあるのは圧倒的な多幸感。まるで世界中が幸せに包まれたかの様な錯覚。
ああ。こんなに世界は美しかったのか。
しかし彼の前にはそうでない人がいる。まだこの感覚を味わっていない人が。なんという不幸か。
ならば自分と一つになろう。一つになって幸せになろう。
そのために彼は味方を喰い殺す。慈悲も躊躇いもなく、皆の幸せのために。
―――嗚呼! ハレルヤ!!
「大変です! 戦場に魔獣が出現しました!! すごい数です!!」
「なに?!」
突然の報告に司令部が色めきだつ。伝令は息を切らせながら言葉を続ける。
「し、しかも……」
「しかも、なんだ?!」
「魔獣に変化しているのは、敵重装殻です!!」
「―――それは」
一人冷静なセラーネが伝令に尋ねる。
「それは生きながら、と言うこと?」
「…………はい」
「……同じだ」
領主が顔を覆って椅子に沈み込む。人が生きながらに魔獣に変わる。それはまるで、
「……十一年前の再現ね」
セラーネの言葉にその場に居る全員が沈黙する。だが彼女は溜息を一つ吐くと、マイクに怒鳴る。
「状況っ!!」
すると彼女の耳に慌てた声が次々と響く。
報告によれば変化しているのは敵重装殻、それも装着者が中で生存しているもののみ。だが生者を取りこんで変態する性質は通常の魔獣と変わらず。後は通常のものより活きがいい、というところか。
「了解! これより政府軍は負傷者を連れて即時撤退。特騎体総員は大規模魔獣戦用意!」
イエス、アイマムという声がセラーネの耳に届く。なおも自信満々な顔をするセラーネを領主は信じられないという顔で見つめる。
「どうして、そんな顔ができるのです?」
「どうして……?」
「聞いたでしょう。おおよそ百以上の魔獣だ。しかも今こうしている間もどんどん増えている」
人から変化した魔獣すら、対処するには重装殻一個小隊が必要。しかも今回変化しているのは重装殻。一体どれほどの被害になることか。
「勝てるわけがない。皆死ぬ……」
「死にたいなら勝手にして。ただし心残しはなしでね。魔獣化しちゃうから」
セラーネは冷静に、冷徹に司令部を眺め渡す。
「私は生きるわ。私の部下たちも誰ひとりと死なせはしない。何故なら―――」
その時、轟音が戦場に響き渡った。
戦場を縦断する砂煙。それを作りだしているのはメサイアと、元ハーレクインという銘の重装殻だった魔獣。
「イーオ……っ!」
悲鳴のような、嬌声のような声が魔獣から放たれる。そのボディは先ほどまでの金色から一変し、どす黒いタールのようなもので塗りかためられている。
リオンが蹴りを放ち、魔獣はそれをまともに受ける。通常の騎体ならば吹き飛ぶはず。しかし、
『RRRRAAAAAAAAAAっ!!!!』
魔獣は声にならない悲鳴と共に伸びた腕でメサイアの足を掴むと、駄々をこねる子供の様にメサイアを繰り返し地面に叩きつける。
圧倒的な出力。魔獣の背に張り付いている装置がその源だと言うのか。
『AAAABYAAああああAAAAAAA!!!!』
遂にはメサイアを力任せに投げ放つ魔獣。リオンを乗せたメサイアは、二転三転してセラーネ達のいる司令部直前まで転がり、沈黙した。
「「―――リオンっ!」」
その模様を見ていたノヴァが叫び、セラーネがインカムに怒鳴る。
しかし二人の少女の叫びにリオンは声を返すことができない。代わりに口から出るのは大量の血糊。
腹を押さえた手が真っ赤に染まる。薄らぐ視界に見えるのは、親友の乗った重装殻……だったモノ。
……殺されるわけにはいかない。だが、動けない。
だが魔獣はそんな彼に容赦しない。刃状になった腕を振り上げると、それをメサイア目がけ振り下ろ―――、
「―――待ってえーーー!!!!」
しかしそこに一台のジープが滑りこんできた。小柄な少女はその荷台から飛び降りると、自分の何倍もある魔獣の眼前で腕を広げた。
「リオンを殺さないでええええええっ!!!!」
―――ピタリと。魔獣の動きが止まった。
『り、お、…………っ?!』
そしてフラフラと後ずさると、頭を抱えて絶叫する。
声と共に魔獣から噴き出る無数のタール状の物質。それは様々に形を為し、しかしすべからくノヴァを敵とみなした。
一斉に飛びかかる小型の魔獣。しかし飛来したナイフと銃弾が少女を救った。
「ったく! とんでもねえガキだぜ! 魔獣の真ん前に飛び込むなんてな!」
「でもセンパイだって結構ノリノリだったじゃないっすか!」
そうかあ、と言いつつレッドの白刃が魔獣を斬る。その背から襲いかかるモノをブルーの弾丸が撃ち据える。小さいのはイワがジープで轢いていく。
しかし数が多すぎる。どんどん増えていく魔獣たちに徐々に追い詰められていくノヴァたち。
特騎体たちも状況を分かっていた。しかし魔獣たちは示し合わせたように彼らの行方に立ちはだかる。
だからエーナは叫ぶ。
「リオンっ!! リオンしかいないんだよ!! 今やらないとノヴァちゃんがっ!!」
ああ。分かってる。薄れゆく視界の中、彼女らが必死に自分を守ってくれていること。なのに自分は何をやっているのか。
―――昔と同じだ。自分は何も守れない。自分は、なんと無力なのか。
だから強くなろうとした。どんな相手にも、状況にも負けぬようにと、ただただ力を求めた。そのために様々な物を犠牲にした。
―――なのに、駄目なのか。なにもできないのか。
涙の代わりに溢れてくるのは思い出。平和だったあの頃の記憶。挫折し、師に頭を下げたあの日。
その中で、自分は言った。もう道はどこにもないと。もう生きていたくないと。
なのに彼女は言った。生きていてくれて嬉しいと。貴方がいてくれた事が、自分にとっての最大の幸福なのだと。
―――道は、すぐそこにあるのだと。
「――リオン・テンガっっ!!!!!」
―――光が、見えた。
それは、一体なにか。煌めきと呼ぶには美しすぎる光が、風となって一帯を吹きすさぶ。
それは帯。メサイアの腕から伸びた光の帯が、ノヴァ達に襲いかかる魔獣を祓い滅す。
光はその帯から発せられるものだけではない。メサイア全体から放たれるそれは、メサイア自身の外郭すらも変化させていく。
「―――『最大活性』っ!!」
ノヴァが提唱した核活性理論の応用。最大限に活性化されたエーテルは周囲の物質を変化させうる。それには精霊核と完全にリンクする必要があり、机上の空論だと思われていたが、
「やってのけるとはね。本当にアイツは―――」
セラーネは溜息ひとつ。
「―――オロカモノだわ」
そしてインカムを掴むと叫ぶ。
「行きなさいっ!! リオン・テンガ!!」
「イエス! アイマム!!」
迷いはない。自分にはもう、はっきりと見えているから。
―――彼女という光と、そこから導かれる道が。
碧く光り輝くメサイアが、ノヴァ達を飛び越えて魔獣に接敵する。しかし魔獣は相手から放たれる光を嫌がり、容易には近づけさせない。
魔獣が繰り出すのは無数の腕。それは周囲の重装殻を取りこむことで得たハーレクインの新たな力。腕は刃となってメサイアに襲いかかる。
避けることもできた。しかしリオンはそうしなかった。
およそ一撃一撃が重装殻を破壊しうる攻撃。だがリオンはそれらを正面から受け止め、払い、弾く。
愚直なまでに真っ直ぐと、碧き重装殻は魔獣へと迫る。
―――しかし。
メサイアの掌体が、蹴りが、肘が、裏拳が魔獣を打つ。その手ごたえは、紛れもなく有効打だとリオンに教える。
―――しかし、だ。決定打ではない。
「リオン騎の活性値、徐々に低下していきます」
オペレーターの声がセラーネに耳に響く。
分かっている。これはあくまで火事場のバカ力のようなもの。長くは続かない。
だというのに―――。
「何故装置を狙わない……っ!!」
だがそう言いつつも、セラーネには薄々分かっていた。
まずひとつは近づけないのだ。背部の装置から放射される圧倒的なエーテル圧は並の騎体では近づいただけでバラバラになるだろう。
そしてもうひとつ。これが重要だが、おそらくあの馬鹿は救いたいのだ。魔獣と化した装着者を。
―――ならば。
セラーネは作戦プランをリオンに叫ぶ。
果たしてその声は届いたか。メサイアは片方の帯で魔獣を縛ると、もう一つの帯を明後日の方向へと飛ばした。
そこには一隻の輸送艦の姿。
「……総員、対ショック準備」
セラーネの声が残酷に響く。
大出力のエーテルに対抗するには、こちらも大出力で対抗するしかない。そしてそれほどの大型精霊核を積んでいるものはこの近くにはひとつしかない。
メサイアの帯に引っ張られるルナトーク。そして遂には空高く浮かび上がると、一気に魔獣の元へ。
「―――艦底部最大出力!!」
ルナトークから吹き荒れる圧倒的なエーテルの波が魔獣を、そしてメサイアすら吹き飛ばした。
耳から聞こえる絶叫やら悲鳴やらを聞きながら、セラーネはネージェに煎れさせた紅茶をすすり、一言。
「名付けて『ルナトーク一本釣り』―――なんてね」
続く