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月読戦記 特騎体  作者: アレス02
3/6

第2幕 赤と青と


 オーライオーライという声と共にコンテナが運び出される。それを行うのはやはり重装殻。ただし軍用ではなく作業用であるが。

 その作業を見ながらリオンが呟く。

「……いいのか?」

「良いも悪いもないわよ」

 しかしそう言うセラフの顔には、サングラス越しでも分かるほどはっきりと不愉快の字が浮かんでいた。

「仕方がないじゃない。元々軍に納品される予定だったんだから、突然の接収も文句は言えないでしょ」

 街の港に入って早々の事だった。

 軍に包囲されたルナトークは隅々まで臨検され、その際提出された書類より重装殻の数が一騎多いことに気付かれたのである。

「……しかし廃棄部品に紛れ込ませたのによもや気付くとはね。どうにもナイーブになっているようね、この街は」

 港の外を見ると、そこかしこに武装した兵が歩いている。彼らはギラギラと目を光らせ、不審者はいないかと首を回す。だが一般人の姿はひとっこひとり見受けられない。

 セラフが大きく溜息を吐く。これじゃショッピングもできやしない、と嘆く彼女にリオンは言う。

「……あの子のことだ」

「………」

 ノヴァもまた軍に連れて行かれた。駄々をこねるかとも思ったが、彼女は意外にもおとなしくついて行った。

「身元は私たちよりはっきりしてるから大丈夫、だと思う……」

 ただ、立ち去り際の寂しげな笑顔が忘れられない。

 慣れてるから、と。

「………」

 親は科学者で、しかも軍部の重要な仕事までこなす超エリート。様々な地を点々とする生活で、彼女はどう過ごしてきたのか。

 金に困ったことはないだろうが、しかし友人を作ったことはあっただろうか。しかも彼女には稀有な才がある。

 聞けば現在の帝国の重装殻に搭載されている機構の多くは彼女が考案したものらしい。それを形にする彼女の父は紛れもなく天才だが、もし彼女にそのアイデアを現実に興す知識が備われば。

 ……博士の失った穴を埋めるのにはちょうど良い。軍だけでなく多くの者がそう思うかもしれない。

 だとすれば、彼女はこれから先も、ずっと―――。

「……やめましょ。この話は」

「……分かった」

「さ。ここから先はビジネスの話よ。領主のタコ面でも拝みに行きましょう、オロカモノ」

 そう言って踵を返す彼女にリオンは何か言葉を掛けてやりたかった。だが、何も浮かばなかった。

 ―――寂しい気持ちは一緒だったから。


 イオス・リーベルは静かにそれを見つめていた。

 帝国の次なる発展の礎であり、多くの者が夢見たシステムの雛型。目の前で唸りを上げるそれに、しかしイオスが抱く思いは別だった。

 憎悪と嫌悪。それだけが彼の心を支配していた。

 できることなら今すぐにでもこれを壊してしまいたい。しかし、できない。

(導師の命令さえなければ……)

 ピリッと手に痛みが走る。どうやら強く握り過ぎていたらしい。手のひらが爪の形に切れていた。

 包帯を巻くのも煩わしい。ポケットから手袋を取りだして嵌めようという所で、部下の呼び止める声が聞こえた。

「どうした?」

「手紙です。差出人は導師だとか」

「っ?! よこせ!!」

 突然の剣幕に驚く部下を他所に、手早く封を切るイオス。そこには援軍が間もなく到着する旨と、彼の組織の長直々の言葉が書き添えられていた。

 ――期待している、と。

 導師の微笑を思い返し、イオスの顔に朱が走る。

「どうしました? もしや恋人からのもので?」

「う、五月蠅い!」

 珍しく取り乱してしまった。イオスは咳払いをひとつすると、わざとらしく話を逸らす。

「それよりも兵の補充の方はどうなった?」

「は、はい。今面接中なんですが、その……」

 言い淀む部下を訝しむイオス。

 なんだ、と問い詰めると、部下は言いにくそうに呟いた。

「見た目と性格に多少問題のある奴らが来まして……」

 その言葉に腕を組むイオス。

 はて。その辺の好奇心旺盛な市民でも紛れ込んだか。最近の若者は礼儀知らずと聞いたがそれか。まあいい。

「私自ら見て判断する」

「は、はい」

 内心それを期待していたのか、顔を上げ笑顔を浮かべる部下。

 ……やれやれ。この位分かりやすい人材だといいのだが。


 率直に言えば、イオスの期待は裏切られた。

 目の前にいる二人の男。一人は黒いジャージの小柄な男。もう一人は青いツナギの糸目の男。年は双方とも二十代半ばと言ったところだろうか。しかし問題はその態度である。

「ブルー、ヤニの予備ある? 俺あと一本しかねえんだけど」

「一応ありますよ。けどタダってわけにもねえ……」

「今度出る重プラ一個」

「どうぞどうぞ」

 因みに重プラとは巷で大人気の重装殻のプラモデルのことである。まあそれはともかく。

 そういう感じのくだらない会話を煙草をバカスカ吸いながら繰り広げているわけである。ただここは休憩室ではなく、デモニアス帝国に反旗を翻す反政府組織『聖鷹』の構成員を面接する場だということは忘れてはならない。

 だというのに緊張感の欠片もない二人の様子に、イオス含め面接官全てが怒りを通り越して若干引いていたが、それでも一応聞いておくべきことは聞いておく。

「ええと……名前は?」

「ん? ああ、ええっと……レッド・プレスマン、だったか?」

「ブルー・プレスマンっす!」

「御兄弟、ですか?」

「「ええ、まあ」」

 息はピッタリだがまるで似ていない。しかし、とりあえずまあ。

「以前は何を?」

「自動車の整備工っす」

「どうしてこの組織に?」

「暇だったから」

「………」

「あ。戦いは苦手なので配属は後方でヨロシク」

 因みに質疑応答の間も煙草は吸いっぱなしである。

 他の面接官のこめかみがピクピクと痙攣する中、イオスは眼鏡をクイと上げ頷いた。

「……採用します」

「「「ええええええええええええっ!!!!」」」

 その場にいる全員が目を丸める。そして面接官の一人がすかさず耳打ちしてきた。

「どういうおつもりなのですか?! こんな得体のしれない奴らを採用するなど」

 息が臭い。ハンカチで口を押さえながら、イオスは冷静にこう返す。

「だからこそだ」

 彼らが敵方のスパイの場合、拷問にかければ良いだけの話。しかしこいつらはあまりにも胡散臭い。スパイだとするなら潜入する気がまるでない。

 逆に言えばもしこいつらの目的がこちらに捕まる事にある場合。そしてそこから脱出して、例の装置を奪取するほどの実力を持った構成員ならば。

「殺しておくべきです。何かあっては……」

「もちろん殺すさ。ただし―――」

 イオスはそこまで言って先ほどの部下を呼び、ボソボソと耳打ちする。

 部下は頷くと、男たちを無理やり立たせて部屋を出ていく。それを見ながらイオスはニヤリと笑った。

「ただし奴ら自身の手で死んでもらおう」


「は……?」

「だから。諸君らの仕事は終わったと言ったのだ」

 街の領主は冷徹に、厳格にそう断言した。

 しかしセラフは眉をひそめることもなく彼を問い詰める。

「しかし私たちは人質の奪還に―――」

「その人質がいないのにかね?」

 大きく溜息を吐きながらこめかみを押さえる領主。

「……先日街の広場に、人質とされていた施設の研究員が全員解放されているのが見つかった。ただし裸でな」

「………」

「そして『聖鷹』と呼ばれる反政府組織の犯行声明も見つかっている」

 彼らの要求は60億ガルトと死刑囚数十名の解放。そんな額は街をひっくり返しても出てきやしない。

「無論そんな要求を受けるわけにはいかん」

 ここで弱みを見せれば奴らは更に多くを求めてくるだろうことが予想できる。それは何としても阻止しなければならない。

「よって我が街は例の施設の廃棄を決定した」

「え?」

「そもそもあれは国が極秘裏に作った研究施設。ならば事が大きくなる前に闇から闇に消しておくのが得策であろう」

 そこでセラフは悟った。この男はあの施設が何のためにあるのか、何のために極秘だったのかを知らされていないのだ。

 だから自分には施設の事はどうでもいい。だが自分の領地で反政府組織が蔓延っていることは許し難い。よって施設ごと潰す。

 愚かだ。それによって帝国が被る損失がどれほどかを分かっていない。あるいはそれすら予想してのことか。

 だがその愚かさが自分にとって有利に働いていることをセラーネは理解していた。

「分かったかね。すでに君たちの様な自警団もどきの出番は終わったのだ。これから始まるのは―――」

「―――戦争、ね」

 セラフの言葉に領主は一瞬沈黙すると、静かに頷いた。

「そうだ。だから諸君らは早々にこの街から退去して―――」

「もう始まっている、の間違いではなくて?」

 言うが早いか領主の机に乗り出すセラフ。その動きに対応して護衛が動いた。

 しかし、

「―――っ?!」

 それより早くリオンが動いた。二人の護衛の内一人の腕を極めると、銃を奪い取りもう一人へと構える。それはもう一人が銃を構えるよりもよほど早く。

 部屋が緊張感に満ちる。そんな中セラフは微笑むと、ゆっくりとサングラスとカツラを外した。

「な―――っ!!」

 領主が絶句する。何故ならその顔は間違いなく、

「帝国第3皇位継承者、セラーネ・デモニアス皇女殿下ぁ?!!!」

 驚きに椅子から転げ落ちる領主。そんな彼を見てセラフは、いやセラーネは満足げにニッコリと笑う。

「お久しぶりね。元気そうで何よりだわ」

「な、亡くなったはずでは……」

 そう。自分の目の前にいるのはとうに死んだはずの人物。だというのになんという存在感か。

「偽物だと?」

「……恐れながら」

 自分の目がおかしいとは思わない。しかしそう簡単に信じられないのも人のココロというもの。

 そのことを察するまでもなく、セラーネは懐からある物を取り出した。

 それは金色に輝く薬入れ。しかしその表面に紅に描かれている紋章は、

「ま、まぎれもなくデモニアス王家の紋章……!!」

「これでお分かり?」

「は、ははああああ!」

 地面に頭をこすり付けんばかりに平伏する領主をポカンと見つめる護衛たち。この人の下で働いてそこそこ長いが、こんな領主初めて見た。

「リオン。彼を放してあげなさい」

「お、お前たち! 銃をさっさとしまわんか!」

 それぞれの上司の命令でスッと身を下げる双方。それを見ながらセラーネは小さく頷く。

「良い部下ね。護衛としてはイマイチだけど」

「……本日は、どのような用向きでしょうか?」

 立ち上がり直立不動で問う領主。一応落ち着きを取り戻したようで何より、とセラーネは笑うと、

「もう一度聞くわ。すでに施設には攻撃を仕掛けた。そうでしょ?」

「………」

「ここに来るまでにいくつかの小競り合いの跡が見受けられたわ。そして街の中に多数の負傷者。街の人は隠れているのではなく一時的に避難させたのね」

 流石だわ、と言うセラーネに粛々と頭を下げる領主。

 おそらく内々に処理しようとしたのだろう。彼は元々軍部の士官であり、現在でも大分顔が利く。おそらくこの街に駐在していている軍は彼がそのコネで呼び寄せたものだろう。

「それも非公式の、ね……」

「……私を解任させるおつもりですか?」

 セラーネは笑う。非常に生真面目だ。自分の職務に対し実直である。

 ……だからこそ付け込みやすい。

「兵」

「は……?」

「貴方の兵たち、私に預けてみない?」

「……どう言う意味でしょうか?」

 その問いにセラーネは笑みを深めると、領主に対し挑発的に身を乗り出す。

「この戦い、勝たせてあげる。そういう意味よ」

「………」

「本国にも知らせずに、ね。元々死んでいる者が何を言ってもってことよ」

 そう言ってウインクする彼女に、領主は苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。

「……それを受けなければ……?」

「別にどうにも。でも貴方は負ける。そしてこの件は本国の知るところになり、この街は再び消える」

 その言葉にピクリと肩を震わすリオン。しかし崖っぷちに立たされた領主はそれに気付かない。

 どの道目の前にいるのは自分より遥かに高みにいる方。選択の余地はないが、それでも領主はすんなりとは頷けない。

 その苦悩を読み取ったか、セラーネはそれじゃあ、と提案をした。

「A-2地点。ここに敵兵がいるわ。先の戦闘で負けたのはそのため」

「な……っ」

「現在はB-3、と見せかけてA-5地点に移動しているはず。兵を向かわせて」

「………」

「もしここに敵兵がいなければ私たちは潔く立ち去る。しかしもしいれば……」

 ニヤリと笑うセラーネ。その笑顔に領主は混乱する。

 どこまで知っている? もしや皇女殿下の顔をしたスパイ? しかしあの紋章は本物のはず。

(いやしかし、いやしかし……っ!)

 繰り返す自問は、しかし何の回答も導き出しはしない。

「別室で待たせてもらうわ。気長にね」

 そう言って悠々と部屋を出るセラーネ。その背を脂汗を流しながら見送ると、領主は静かに決断した。

「……A-5に兵を向かわせろ」

「よろしいのですか?」

「どのみちだ。どのみち、指揮官は有能な方が良いだろう」

 そう言って領主は椅子に深々と座ると、大きく溜息を吐いた。

 それを知ってか知らずか、自信満々に廊下を歩くセラーネ。リオンはそんな彼女を呆れた顔で見つめる。

「……やりすぎだ」

「別に。先に仕掛けたのはあちらでしょう」

 自分はそれを立ててあげる、と言っているのだ。むしろ感謝してほしいのだが、とセラーネは笑う。

 それにしても、とリオンはひとりごちる。

 ハッタリを効かせすぎだ。自分達の入ってきた方向は施設とは別方向。負傷した兵士もそうそう見なかったはずだが。

「……本当にいるのか」

「いるわ」

 リオンの懸念を吹き消すように、セラーネは自信を持って宣言した。

「私はセラーネ・ヴィクトリア・デモニアスなのだから」


 ノヴァは軍が接収したホテルの一室で暇を持て余していた。色々な遊び道具をルナトークに忘れていたからだ。

「どうしよう……」

 なんだか今日は重装殻のことを考える気にはならないし。軍の人も気を利かせてくれればいいのに。

「……皆に会いたいな」

 同じ街にはいるはずなのに会えない。それがまた寂しさを募らせる。

 また会えるだろうか。それを心の底から望むほど、あの艦での生活は楽しかった。たった数日間ではあったけれども。

「……あ」

 そういえば確かあの艦は拠点の一つだと言っていた。だったら手紙のやり取りができる施設のひとつも持っているかもしれない。

「だったら聞いとかなくちゃ!」

 会うのに丁度いい理由を見つけたところで、ベッドからピョンと飛び降りる。テッテと出口に向かい、薄くドアを開けて周りを伺う。

 外には憲兵の姿をした男が一人だけ。これはチャンス。

「あのね、おじさん。ノヴァね、お腹空いちゃったんだけど~」

 美幼女にここまで言われれば、いいだろうおじさんが好きなだけ美味しいところに連れてってあげるよ大丈夫おじさん怖くないから、というのが普通の反応だが、その男は違った。代わりにノヴァの耳に小さく囁く。

「……『ロティアナ』」

 ノヴァの目が驚愕に見開かれる。どうしてその名前を知っている?

「あれは我々『聖鷹』の手にある。最早あれをどうするかは我々次第」

「あれは……あれは、パパの……」

 その言葉にふんと鼻を鳴らすと、男は折りたたんだ紙をノヴァに押し付けた。

「しばらくの間監視はいない。そのようになっている。お前が我々に協力する気があるなら書いてある場所まで来るがいい」

 そこまで言うと、男はそそくさとその場を立ち去った。スパイか何かだろうか。

 ノヴァは呆然と男が残したメモを見つめていた。


「面倒くさいことになりましたねえ、センパイ」

「お前の作戦はいつもこうだよ」

「俺のせいスかぁ? センパイだってノリノリだったじゃないですか」

「いや。心の中では『ないわ~、これないわ~』って思ってたって」

「まったまた~」

「何ごちゃごちゃ言ってる。着いたぞ」

 そう言って車が止まったところには何もない。と思いきや、物影や地面のくぼみからわらわらと人が出てくるわ出てくるわ。

 重装殻の姿はないものの、機関銃を担いだ者もいたりとやけに本格的な連中だ。

「………」

 だがよくよく見れば装備はほとんどがボロボロ。どいつもこいつも泥まみれだし、銃口を覗きながらガチャガチャと弄っている者もいる。

嫌な予感にげんなりするレッドたちに、その中の指揮官そうな男が敬礼をしてくる。

「お待ちしてました。そちらが補充の兵で?」

「あ、ああ。まあそうなんだが……」

 何やら指揮官に耳打ちする運転手。だが指揮官は頷くと、

「おい。降りろ」

 と、レッドとブルーを車から降ろした。そして車はそのまま戻っていく。

「あらららら……」

「どうしましょ、センパイ」

 途方に暮れる二人を見て、指揮官が溜息を吐く。

「お前らも可哀想になぁ……」

「は?」

「まだ若いのになぁ……」

 そう言って二人に着せるのは大きめのジャケット。ただしそこかしこに爆弾が括りつけられたスペシャル仕様。

「お前らは人々の真の解放のため、腐った政府に痛打を与える栄誉に選ばれたー」

 棒読みでそう告げる指揮官。そしてわらわらと他の者たちも集まってくる。

「ま、要は鉄砲玉だよ」

「敵部隊の中心に突っ込んでチュドーン、てな」

「大抵はそこに着く前にやられるけど」

「アタシたちはその隙に別方向から奇襲、というわけ」

「……骨は拾ってやる、ヒヒ」

「まま、これ食えこれ。今の内美味いもん食っとけ。な?」

 ちなみにこの部隊は全員男である。差し出されたチョコを食べながら眉を顰めるレッド。

「どうするよ、ブルー」

「じゃあプランBで」

 そんなんあったか、とレッドが問うた瞬間、ボッという音と共に兵の一人が倒れた。そして広がる鮮血。

「―――伏せろおおおおおっ!!」

 指揮官の怒号が響くのとほぼ同時。響く殺人音楽。

 咄嗟に伏せることができなかった者は全身を穴だらけにされ、くぼみに辿りつけなかった者は頭を狙撃され、辿りついた者はグレネードで吹き飛ばされる。

 ほんの一瞬の出来事。その一瞬で辺りは地獄絵図へと変わった。

 レッドとブルーは被弾した指揮官を抱え、なんとか物影へと避難することに成功した。

「な、なんであいつらここに……っ」

 腹を押さえ息を荒らげる指揮官。敵軍は拗導に引っ掛かって別方向に行ったはずではなかったのか。そこを自分達が急襲する手筈だったのに。

「これじゃあ、まるっきりアベコベだ……」

 突然の状況に焦りが募る。しかし隣の二人はのんびりと一服中。

 ………いや。

「お前らが正しい、な……」

 見たところ突然の奇襲に隊は壊滅状態。負傷者は多数。周りは敵軍に囲まれている。

「年貢の納め時って奴か……」

「若いのに諦めの早いこって、てか」

 レッドは紫煙を吐き出すと、煙草を地面に押し付けた。

「アンタ、家族いる?」

 その問いに指揮官は下を向いて答える。

「……死んだ。妻も娘も。十一年前に」

「……あ、そ」

 そっけないレッドの言葉に苛立ちもしない。そこにあるのは空虚感。

「あの時俺は一度死んだ。だから今更もう一度死んでも……」

「でもあんたは生きてる」

 そう言って指揮官を見つめるレッドの瞳には、微かな怒りが感じられた。

「あんたが生きてんのはさ。きっと家族のおかげだと思うぜ」

「だが俺の家族は……」

「心の支えってさ。きっとそう簡単には無くなんないもんなのよ。そいつと共に培ってきた時間が、まあ―――」

 そこまで言っておいてなんだが、気恥ずかしくなって頭を掻くレッド。そして背中から幅広のナイフを取りだすと遠くに見えるソレを指さした。

「向こうに車がある。動くかどうかは分からんが、俺らが引きつけるからそこまで走れ」

「な……っ! ぎ、逆だろ。俺がオトリに」

 その提案をレッドは鼻で笑う。そして犬歯丸出しの笑みを浮かべると、

「……俺はあんたを背負う気はないぜ」

 指揮官が止める間もなく物陰から飛び出した。

「ブルー!!」

「了解、センパイ!!」

 レッドがジャケットを放り投げる。そして敵兵との中間に到達した瞬間、ブルーの弾丸がそれを射抜いた。

 衝撃と閃光。そしてそれによる煙幕によって双方の銃撃が一時的に止んだ。

「走れっ!!」

 辺りに立ち込める白煙の中、レッドの声が響く。指揮官は歯を食いしばると一気に車の方へと駆けだした。

 その足音を聞いて、レッドはニヤリと笑うと、

「家族、親友、恋人……!!」

 帝国軍に一気に肉薄した。

「誰か大切な奴がいるって奴はぁ!!」

 銀閃が奔る。それが刈り取るのは人ではなく銃身。鋼鉄でできた銃を容易く切り裂く鋼鉄という矛盾。

「―――俺の前から今すぐ消えな!!!!」

 両の手にナイフを持ったその姿。それはあたかも鎌を持った黒い死神。

 恐怖と共に引き金を引く兵士たち。しかし死神には当らない。それは極めてトリッキーに、しかし確実に歩み寄る。

「ひいぃっ!!」

 悲鳴の数だけナイフを振り、その数だけ鮮血が舞う。だが死神の慈悲か、致命傷に至る傷は作らない。

 圧倒的な混沌。だがそれを好機と思う冷静な者もいる。

それは混乱を遠くから見ていた狙撃手。彼の指が引き金にかかった瞬間、その頭は赤く飛び散った。

 ニイと笑うのは青い死神。そこらの兵から拝借した質の悪いライフルで、一人、また一人と確実に仕留めていく。

 先ほどとは別の地獄絵図。二匹の死神に蹂躙される帝国軍。

ただそれでも勝てないものはある。微かな振動と駆動音を聞いたブルーは頃合いだな、と呟くと、

「センパーイ。ズラかりましょー」

「うぃーす」

 レッドの返事を聞いて、ある物をポイと投げ捨てるブルー。

 それはこれまた勝手に拝借したスモークグレネード。それを連続で投げ、二人はその場を後にする。

「あの人ら、逃げられたっすかねえ」

「……さーな」

 とりあえず、とレッドは溜息を吐いた。

「逃げるべ」

「了解」


 その夜、ノヴァの姿は施設近くの茂みの中にあった。

 彼女は息を顰めながら前方を歩く男、リオン・テンガについて行く。

 ……何故こんなことになっているのか……。

 あのスパイの言う通り監視が緩くなった時に部屋から逃げ出したまではよかった。

 しかし、だからと言ってあの男の組織である『聖鷹』にも与するつもりは毛頭なかった。

 ただ自分にはしなければならないことがあった。あの名前を聞いた瞬間から確かめずにはいられないことが。

 部屋にこの周辺の地図があったのは幸いだった。あの研究施設には何度か行ったことがあるし、『ロティアナ』は間違いなくそこにあるだろう。

 そして街の外にどう出ようかと考えていたときに、この目の前の男に出くわしたのだ。

「………」

 リオンは不思議な男だ。口数は少なく、無愛想。しかし不思議と嫌な感じはしない。それはこちらの話をきちんと聞いてくれるからだろうか。

 ノヴァは話した。例の施設に行きたいと。自分にはその義務があると。

 彼は無言で頷き、ノヴァの手を取った。一瞬連れ戻されると思ったが、そうではなかった。ノヴァの前で跪き、彼は言った。

 ――自分も行く、と。

 だから自分達は今ここにいる。

 車だと見つかる可能性が高いために徒歩の行軍。普段鍛えてもいないノヴァの足は既に限界が近い。

 そのことを察してリオンは何度か背負うと言ってくれていたが、これ以上彼の負担になりたくない。その思いがノヴァを意固地にさせていた。

「ふう、ふう……」

 それにしてもこの男、少しばかり異常かもしれない。

 実際兵に見つかりそうになった場面は幾度となくあった。しかしその度にリオンは一瞬で相手を昏倒させ、その場をしのいだ。

 素人ならともかく、相手はそれなりに訓練を積んだ兵士のはずである。にもかかわらず、武器も構える暇さえ与えないとは。

 とてつもない強さ。でも、

「……ねえ、リオン」

「……どうした?」

「リオンはどうして私を助けてくれるの……?」

「………」

 ずっと疑問だった。普通の人の神経なら、反政府軍の本拠地までなんの役にも立たない少女を連れて行こうなどとは思わない。そしていくら強いからと言っても、個人では組織には敵わない。

 だというのに、何故。

「……同情?」

「違う」

 きっぱりと否定するリオン。そしてノヴァの方を向くと、迷いながら口を開く。

「……俺は……―――っ!」

 瞬間、リオンが身構える。そして現れた人影へと突っ込んだ。

 左腕による最速のジャブ。顎を狙ったそれは対象に確実に脳震盪を引き起こさせ、言葉を発する間もなく昏倒させる。

 ―――はずであった。

「―――っ!!」

 しかしその人影は身を逸らし、その一撃をかわした。否、それどころか。

 ―――キアンッ!

 鋭く響く金属音。身を翻した人影――レッドは小さく舌打ちした。

「チッ。義手かよ」

 リオンは内心驚嘆する。避けながら振り上げたナイフ。もし左腕が生身なら飛んでいた。

 強敵。そう確信したリオンは腰からナイフを抜き、逆手に構える。そしてレッドもまた両の手に凶刃を躍らせた。

「なかなか良さそうだな、お前……!」

「………っ!」

 二つの影が同時に動く。常人には捉えきれぬ攻防。ただ響く金属音にノヴァは身体を縮こまらせた。

 どうしよう? どうしたらいい?

 混乱するノヴァの頭に、不意に固い物が押しあてられた。

「はいはーい。動かないでね、おチビちゃん」

 いつの間に隣にいたのか。ニコニコと笑いながら銃口を押しつけるブルーに、ノヴァはゆっくりと腕を上げる。

 万事休す。そう思った瞬間、ジャージの男の哄笑が響き渡る。

「面白え! 面白えな、お前!!」

 くの字で笑い転げる男にやべ、と青ツナギが小さく呟く。

 そしてノヴァには見えた。月明かりに照らされる黒ジャージの瞳が、爛々と朱く輝くのを。

「簡単に死んでくれんなよぉ、おい!!」

 瞬間。ノヴァは初めての感覚を味わう。

 身体が動かない。息ができない。視界が暗くなる。そして耳障りなガチガチという音。それは自分の歯がかき鳴らす不協和音。

 それは一言で言って殺気だった。しかし人がこんな高密度の悪意を発することができるのか。

 それは戦場に出た事さえない十二の少女には、正に凶器そのものだった。

「ぁ………っ」

 叫ぼうとしても声が出ない。しかしその声なき声に気付いた者がいた。

 リオンだ。彼はこちらを振り返り、そこでようやく少女の危機に気付いた。

 ―――しかし、それは致命的。

 次の瞬間彼に突き刺さった凶刃に、今度こそノヴァは悲鳴を上げた。

「―――いやああああああああっ!!」

 脱力し、手からこぼれ落ちるナイフ。レッドはその身体にもう一方のナイフを、

「センパイっ!!」

「―――っ!」

 ……突きたてなかった。レッドがナイフを放すと、リオンの身体はゆっくりと仰向けに倒れる。

「リオン! リオンっ!!」

 繰り返し泣き叫ぶ少女の声にも、彼は答えない。ただ腹部の赤いシミはジワリジワリと広がっていく。それを見ながらレッドは頭を掻いた。

「……やっちまったな」

「またっすねえ」

「どうすっか」

「どうしますか」

 困った顔を見合わせる二人と対照的に、辺りには少女の泣き声が繰り返し響いていた。



 続く

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