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君に逢えたら

作者: あやあき

 僕は乳白色の中にいた。

 立っているのか、座っているのか、はたまた倒れているのか――今の自分の状態がまるで分らない。ただ、ふわふわとした感覚がするだけ。その感覚はとても穏やかで、眠ってしまいそうになる。

 空間には乳白色の他に色はなく、そして何もなかった。

 この空間に、僕がいるのが不思議で仕方がない。だって、傍から見れば、完全に僕は異物だろう?

 そんな事を考えながら、何かをする訳でもなく、ぼーっとそこにいた。

 気付けば、乳白色の中に、何かがいた。

 閉じかけていた目を凝らす。そしたら、見えた。

 少女だ。ずっと遠くに、少女がいる。百合のように純白なワンピースを着ている。顔は全く見えない。なのに、可憐だ、と思った。

 少女はこちらを見た。口許に笑みが浮かんでいる。

 もっと見たい。

 そう思っていたら、――突然に、空間が暗転した。耳元でけたましい音が響く……。


 はっと目を覚ますと、そこは乳白色の空間ではなく、見慣れた自分の部屋だった。傍らでは目覚まし時計が騒いでいる。

 夢か。……で、こいつが邪魔をした訳か。もう少し見ていたかったのに。

 まだ騒ぎ続けるそいつがとても忌々しく思えて、思いっきり叩いてやる。耳障りな音は止んだが、手がじんじんと傷んだ。

 布団を蹴飛ばし、大股で洗面所に向かい、顔を洗う。さっぱりとしない生ぬるい水に触れていたら、先程の夢の一片が脳裏に浮かんだ。それは、夢であるのに、やけに鮮明だった。


 次の夜、また夢を見た。

 また僕は乳白色の中にいて、突然少女が現れる。

 ただ、昨日とは違い、少女は少し僕の近くに来た。顔が少し見える。あどけない顔立ちをしているのが分かる。しかし、何処か大人っぽい……。

 少女は僕に微笑みかける。とても温かな笑顔で。

 どぎまぎしながらも、僕は彼女に笑い返そうとした、のだが――突然に、空間が暗転した。耳元でけたましい音が響く……。

 またか。


 はっと目を覚ましてすぐ、今度はグーでそいつを殴った。目覚まし時計は床に転がり、うんともすんとも言わない。

 ざまあみやがれ。

 痺れかけている手をさすりながら、そう嘲った。

 それにしても、二日続けて同じ夢、か。こんな事はあり得るのだろうか。……あり得るから、起こってるんだよな。

 目を閉じると、少女の顔が鮮明に思い出される。白い肌、大きな瞳、薄い唇、ほんのり赤い頬……。

 何もかも、いとおしく思える。


 それから毎日、同じ夢を見た。

 ただ、日を追うに従って、だんだんと少女との距離が縮まっていた。

 そして、夢から覚めてから、夢の中の少女を思う事が増えていった。初めはふと気に掛けるだけだったが、最近では授業中にも少女の事を考えてしまって、上の空の事が多い。今だってそうだ。友人達の話を聞くふりをしながら、ずっと少女の事を考えている。連続する少年の飛び降り自殺よりも、ずっとあの少女の方が気に掛かる。

 あの子は誰なのだろうか。どうして何度も僕の夢に出てくるのだろうか。どうして――こんなに少女の事が愛しいのだろうか。……ああ、早く夜が来ないだろうか。早く君に会いたい。早く。早く……。


 学校が終わり、僕は早足で家に帰ろうとしていた。

 幸い今日は宿題もそう多くないから、すぐに床に就けるだろう。……あの子に、早く逢える。

 しかし、良い事と悪い事は同時に起こるらしい。

今日は、大きな障害があった。

「よぉ、田沖」

 声を掛けられた。反射的に足が止まったが、無視して歩を進める。声の主は、俯いて歩く僕の前に立ち塞がる。

「…………」

 僕は俯いたまま、右に通り抜けようと試みる。……相手も右に動き、阻止される。次は左に……またもや阻止された。

 諦めて、黒いスニーカーと、それを隠すように掛かる学生服のズボンの黒をじっと見つめながら、極めて平坦な声で訊く。

「……何の用」

「同級生に『何の用』は、ないんじゃねえか?」

 笑いながらも苛立ちが見え隠れする厭な口調にびくびくしながら、黒い学生服から覗く黒からほど遠い派手な色のシャツに目を移し、そいつの顔を見た。相も変わらずニヤニヤとした厭な笑みを顔に張り付けた久瀬の顔に、嫌悪を覚えた。こいつの顔なんか、見たくない。

 久瀬は中学の時の同級生で、札付きの不良だ。そして……。

「ちょっと金貸してくんねぇ? 今、底ついててよぉ」

 気怠そうな調子で言う。それが癇に障る。

 お前なんかに貸す金なんかない。それに、お前に貸した金が返ってきた事は今までに一度もない。それは『貸す』とは言わないんだよ。

 そんな強気な台詞は、口まで湧き上がってくれない。

 黙っていると、肩を掴まれた。

「ちょっとでいいんだよ。持ってんだろ?」

 ぐっと力を入れられる。痛い。

 今は大したお金を持ってません。今日は見逃してください。お願いです。

 弱気で情けない台詞でさえも、流れでてこない。

 そんな僕に失望したかのように、久瀬が嘆息を吐く。

「しょうがねぇなあ」

 久瀬の手が僕の鞄に真っ直ぐと伸び、正確に財布の場所を突いてきた。そして、悔しいほど鮮やかに財布をすった。

 鼻歌でも歌い出しそうに楽しげな顔が、財布の中身を見てフッと曇った。

「何だ、千円も入ってねぇじゃんか。えー? 小銭だけぇ? 大層な財布の割に、ガキみてーな小遣いしか入ってねえじゃんかよ。かっこわり」

「……か、返せ」

 喉を絞り出したような声は、久瀬に睨まれて跡形もなく消えた。

「あ? 俺に指図する気かぁ? ちょっと良い高校に入ったからって調子乗んじゃねぇよ、中学ではイジメられてたくせして」

 ドクン、と心臓が波打つ。

「言われなくても、こんなアホみてーな量だったら要らねぇよ」

 久瀬は財布を投げ返す。掴みそこなった財布は、ぽとりと地面に落ちた。

 やっと帰ってくれる。

 そう安堵したのに、久瀬は僕の肩を抱き、耳元で囁いた。

「その代わり、今度はちゃーんと、持ってこいよ。持ってこなかったら、どうなるかなぁ?」

 くくっ、と含んだ笑いを残し、久瀬は立ち去った。……それでも、動けない。身体が石になったかのように動かない。なのに、呼吸だけが荒くなっていく。脳裏に、払拭した筈の厭な記憶が甦る。あの時声にならなかった叫びが、今になって頭の中で響き渡る。

 こんな、こんな……。

 小さく頭を振った時、視界に、不自然なまでに白いものが入った。

 呼吸を落ち着かせながら、そちらを見る。

「――‼」

 そこには、夢の中の少女がいた。シンプルな白いワンピースを着た小柄な少女。あどけない顔をして、凛と立っている。

 僕が見ている事に気付いたのか、大きな瞳が二、三度瞬きした。そして、少女はゆっくりとした足取りで僕に歩み寄り、雪のように白い手を僕の頬に当てた。ひんやりとした。

「大丈夫?」

 透き通った声だった。

「あ……うん、大丈夫」

「そう、良かった」

 彼女はにこりと笑う。その無垢な笑みに見惚れる。

「名前は?」

「た、田沖京司」

「京司君、ね」

 いきなり下の名前を呼ばれた事にびっくりして、息が詰まった。

「きっ……君は?」

「私? ……ミラ」

「みら? それは苗字?」

「ううん、名前よ。ミラーからとったの」

「『ミラー』って……鏡?」

「そう。綺麗な名前でしょ?」

 頷くと、ミラはとても嬉しそうに笑った。


 日が沈みかけてきたので、ミラを家に送る事になった。幸か不幸か、彼女の家は隣町でそう遠くなかった。

 二人で歩いている。……なのに、僕等の中に会話はない。

 何一つ訊けない、自分の気弱さを呪った。

 そうして、目的地に着いてしまった。名残惜しさを感じながら、何て声を掛ければいいか迷っていると、ミラは無邪気に笑って言った。

「京司君、また会おうね」

「う、うん」

 返事をしたものの、どうやって会うのだろうか。互いの名前しか知らないのに、一体どうやって?


 その夜、いつもの夢を見た。そして、少女が現れた。紛れもなく、今日会った少女だった。

「どうして、君がここに」

「どうしてかな? 私にも分からない」

 ミラはにっこりと微笑む。

「でもね、私、毎晩祈ってたの。貴方に会えるように」

「どうして」

 彼女は微笑む。薄い唇が動く……。

 ――夢は途切れてしまった。


 目が覚めて、ふと、珍しく目覚まし時計より早起きしたな、と清々しく思った。しかし、よく見ると、秒針が止まっていた。きっと昨日のでお亡くなりになったんだろう。何だか可哀想になってきて、数秒の黙とうを捧げた。


 今日は一日中、ミラを探しながら過ごした。何所で逢おうとしているのだろうか。いつ、どうやって――。そう思考を巡らせながら。

 そして学校の帰り道、やっとミラを見つけた。昨日と同じ服を着ている。きっと何枚もあるお気に入りなんだろう。

 ミラは僕に気づき、にっこりと笑い掛けてくれた。ワンピースの裾を翻しながら駆け寄ってきて、「来ちゃった」と後ろにハートマークが付いているんじゃないかと思えるほど可愛いらしく言う。頬の火照りを感じた。

「……どうして、僕がここを通るって分かったんだ?」

 ぶっきらぼうに問い掛けてしまった。するとミラは俯いて、「こっちに京司君がいる気がしたの。……こんな答えじゃ、信じてくれない?」上目遣いで僕を見た。

 ……反則だ。

「信じるよ」

 ポツリと答えると、ぱあっとミラの顔が輝いた。

「本当⁉」

 ふわりと心地よい匂いがした。――ミラは僕に抱きついてきていた。

「――⁉」

 頭に血が上るのが分かった。

 これは夢か? 夢なのか? 夢なんですか?

 怖々と彼女の背に手を回す。ミラの感触がはっきりとある。その事にほっとする。漆のように真っ黒な髪から漂う甘い香りに、思わず頬が緩む。

 ミラの腕の力が強くなったのが分かった。僕は逆に、そっと抱き締める。

 ふわふわとした、心地よい感覚が僕を包む。

 ずっと、こうしていたい。

 僕はゆっくりと目を閉じた。


 それからの事は、よく憶えていない。多分、昨日と同じようにミラを家まで送ったんだろう。そして、家に帰った。

 ……今の僕の状態を夢見心地と言うんだろうなぁ。

 ミラの事を想うと、熱でも出したかのようにぼうっとする。今いる現実の世界と切り離されたような、そんな感覚に陥る――。


 それから毎日、夢でも現実でも、ミラと会った。

 どうして、ミラは両方の世界――夢の世界と、夢でない現実の世界に現れるのか。その答えを、僕は『運命』という言葉で片付ける事にした。最初思いついた時には莫迦らしいと嘲ったが、一度そう考えると、そうとしか思えなくなった。

 しかし、だ。僕はまだ、彼女に自分の気持ちを伝えられていない。勿論――なのか?――ミラからも、告白の言葉はない。

 ……けれど、ミラと過ごす甘美な時間は、僕はミラと付き合っているのではないかと思えた。

 錯覚だろうか? 妄想だろうか?

 ……疑っても、その疑いをすぐに消してしまう。

 否、そんな筈はない。と。

 僕は狂っているのだろうか。ミラに焦がれるあまり、おかしくなっているのだろうか。これは普通の事なのだろうか。異常な事なのだろうか。

 考えても、答えは出なかった。


 そうしている内に、ミラと会ってから、二週間が過ぎた。

 いまだに、僕はミラに気持ちを伝えられずにいた。僕とミラの関係は、あまりに曖昧で……もどかしい。早くこの関係を打破したい。そう考えてはいる。でも、もし告白をしてミラと会えなくなってしまったら……そう思い、実行に移せないでいた。

 放課後。学校を出ると、すぐにミラを見つけた。

 あんなに可愛いミラが立っているというのに、どうしてだか誰も彼女に目もくれない。……僕にとっては好都合な事だが。

「やあ」

 片手を上げると、彼女はにっこりと笑って「お疲れ様」と労ってくれた。つられて僕も頬を緩める。

「行こうか」

「うん」

 いつものように並んで歩く。無意識の内に、僕はミラの歩幅に合わせて歩いていた。

 この事に、君は気付いているんだろうか。

 チラリとミラに目を向ける。ミラと目が合った。……思わず視線を逸らす。

 意識してしまった今、ミラと目を合わす事が出来ない。吸い込まれるような黒い瞳を見ると、場をわきまえず、好きだと言ってしまいそうになる。

「……ねえ」

 右腕を掴まれた。

 弱々しい声に驚き、彼女を見遣る。ミラは俯いて立ち止まっていた。

「……何?」

「どうして」

 思わぬ言葉が、小さな口から零れた。

「どうして、私を見てくれないの?」

「……それは――」

 その先が言えなかった。

 明確な答えはちゃんとある。なのに、胸でせき止められてしまっている。

「私は京司君に見てほしい。だって、私は、京司君の事、こんなに、こんなに……」

 その先は言わせてはいけない。

 本能的にそう思った。

 そして、言葉が衝いた。

「好きだ」

 今まで殺到していた言葉が、口から流れ出す。

「ミラ、君が好きだ。愛している。狂おしいほど、愛している。出会った時から――現実で出会った時からじゃなくて、夢の中で君に出会った時から――僕は君に恋をしていた。君が愛しくてしょうがなかった。今だってそうだ。好きすぎて、君の目が見られない。君の澄んだ瞳を見ていたいのに、君の瞳を見ると、君への想いが溢れてきてしまいそうで」

 そこまで言った時、嗚咽が聞こえた。

 ミラだ。

 ミラが肩を震わせ、泣いている。

 衝動的に、僕は彼女を抱き締めていた。震えが伝わってくる。

 彼女は僕の胸に顔をうずめた。

 一気に高揚する感情を必死に抑え、冷静に考える。……これは、本当に現実なのだろうか、と。あまりに嬉しい――そう言うと不謹慎かもしれないが――事態に、疑ってしまう。

 あの日、最初に夢を見た時から今まで、ずっと一つの夢だったのではないか?

 もし夢であるのなら……、一生醒めないでいてくれ。ずっとこのまま、時間を止めてくれ。

 ――なのに。……なのに、ここが現実である事が、とても苦く、思い知らされた。

「よぉ、田沖」

 見れば、厭な笑いの久瀬がいた。

 瞬間、体が硬直した。厭なそいつから、目が離せない。

「そろそろ、小遣いもある頃じゃねぇか?」

 ニタニタと笑って、久瀬は近づいてくる。

 ミラに回す腕を強める。……しかし、悲しい事に、足はがくがくと震えてしまう。背中に冷たい汗が流れるのが分かる。そんな自分に、唇を強く噛んだ。

「しっかし、お前は道のど真ん中で何やってんだぁ?」

 卑しい目が、ミラに移った。

「やっ、やめろ!」

 そんな目でミラを見るな!

 僕はミラの前に立つ。

 恐怖を感じていない訳じゃない。痛いほどに感じている。久瀬と真正面から対峙するのは、とても無理だと思う。情けない事に、確信さえしている。けれど――。

 ぴったりと僕の背にくっつくミラを見る。

 今、ミラを守れなかったら、僕はきっと、一生、後悔する。

「この子には手を出すな」

 絞り出した台詞に、久瀬が顔を歪める。

「はぁ? てめえ、何言ってんだ? とっとと出せよ」

 久瀬の手が伸びてくる。

 ……でも、無理なもんは無理だ!

 恐怖に負け、僕はミラの手を取って逃げ出した。

 情けない。本当に情けない。

 振り返る暇もなく、ひたすら走る。後ろから久瀬の怒声が聞こえる。

 怖い。怖い。怖い。怖い。

 けれども、ミラの手だけはしっかりと握った。これだけは、決してこれだけは、離してはいけない。

「京司君」

 繋いだ手が強く握り返される。逃走しているというのに、顔が綻んでいく。

「……何?」

 平静を保って訊く。

「そっちにいけば、きっと助かる」

 ミラは真っ直ぐ行った先を指差す。その先には、古びたガードレールと青い空が見える。

「そっ、そっちは」

 落ちるぞ。

 怖くて口に出来なかった。

 ここらへんは通学路でほぼ毎日通ってるから、よく知っている。あのガードレールの先には、川がある。……ずっと、下の方に。だから、無傷でいられる筈はない。

 なのに、どうして君はそんな事を言うんだ。あっちに行ったら、僕等は逃げきれても……。

「私を信じて!」

 ミラの大きな瞳が真っ直ぐ僕を見ていた。強気な、けれども縋るような瞳だった。

 ……ああ、そうだ。君が言った事なんだ。君が僕に『信じて』と言った。僕は君の事を信じるだなんて、当たり前の事じゃないか。君には考えがあるんだね。僕等が助かる画期的な考えが。

 僕は意を決し、ガードレールを飛び越した。

 そこからは、まるでスローモーションだった。僕等はだんだんと、遠い地面に吸い込まれるように――落ちていく。ただ、落下している。

 どうして。このままじゃ、僕等は地面に叩きつけられて――死んでしまうじゃないか。もし死ななかったとしても、無傷で済む訳がない。

 じゃあ、どうして君は。

 ミラを見る。

 ミラの表情に、思わず目を疑った。

 ミラは――笑っていた。僕を見て、恍惚とした笑みを浮かべていた。

 どうして。

「ごめんね、京司君。私、嘘吐いてた」

 嘘? それは今の事なのか? 君は嘘を吐いたのか?

「ミラって名前は、『ミラー』から取ったんじゃないの。本当は、『ミラージュ』から取ったの。分かるかな? 蜃気楼って意味なのよ」

 くすっと悪戯っぽく笑う。

 スッと、ミラの手が僕の手の中から離れた――否、抜けた。そして、その手は僕の胸を強く押した。……当然、僕は地へと加速していく。反対にミラは……ふわりと飛び上がる。

「じゃあね、京司君」

 混乱の中、最期に見たミラの顔は、笑顔は、あまりに――あまりに、醜かった。



*****



「あれは……田沖で間違いない、よな」

 久瀬がぼそりと呟く。

 彼はガードレールから身を乗り出し、墜落した田沖を見ていた。田沖の頭から多量の血液が流れているのが、遠くから見てもはっきりと分かった。田沖はピクリとも動かない。

「俺が殺したのか?」

 震える独白に頭を振る。

「違う。こいつは勝手に落ちたんだ。そうだ、勝手に。勝手に……」

 久瀬は目を閉じ、今までの経緯を思い出す。

 ……遂に今日、金が底をついたから、田沖をカツアゲしようとしたんだ。前会った時に言っといたし、いつも通り、あいつは一人でいたらから。……ああ、そうだ。俺は何もしてないのに、急に田沖は逃げ出したんだ。どうしてだか知らないが、何かをかばうようにして。

 ほら、俺は何もやっていない。それに、最近ここらでは学生の飛び降り自殺が流行ってる。それに、どうせあのムカつく優等生気取りの田沖の事だ。高校でも調子に乗ってイジメに遭ったんだ。遭ったに決まってる! こいつはイジメが原因で、全く俺が関係してないイジメが原因で、飛び降りたんだ! 自分の意志で自殺したんだ! 俺は何も悪くないんだ!

 都合の良い結論を出し、久瀬はガードレールから離れ、その場から逃げようとした。

「……あれは」

 久瀬の目に留まる者があった。

 白いワンピースを着た少女。

 久瀬は彼女に見覚えがあった。

 あれは、最近夢で見た……。

 少女が久瀬に笑いかける。

「こんにちは」


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