男の友情
鐘の音がスピーカーを通して聞こえてくる。三人の動きは止まったままだ。
「じゃ、わ、私は帰るね」
最初に口を開いたのはモモカだ。……ったく、女の子に気を使わせやがって。このユージって奴もどうしようもないな。類は友を呼ぶってのは正にこのことだな。
「も、もうちょっとゆっくりしていっても良いんじゃないか、中谷」
「ううん、良いの。委員会の後に様子を見に来ただけだから」
モモカは少し俯いて早足で立ち去ってしまった。
遼一がユージのことをにらみつける。
「いやー、それにしても中谷は優しい子だな。わざわざお見舞いに来てくれるなんてな」
遼一の目つきは鋭いままだ。
「でも、逆に考えてみてくれ。俺がお前を落としたから、さっきの状況になったわけだ」
遼一の表情は変わらない。
「わ、悪かった。この借りは必ず返すから機嫌を直してくれ」
遼一はベッドから降りると身支度を整えていく。そして、それが終えるとユージを置いて部屋を出て行ってしまった。
これは手こずりそうだ。
「そうそう、俺も帰ろうと思ってたところなんだよねー」
ユージの声は心なしか上ずっている。
よし、僕も行くかな。
アスファルトの上を歩く二人を外灯の弱々しい光が照らしている。
一人は自転車にまたがって前かがみになり、その足で地面を蹴って進んでいる。
「なあ、遼一ぃ、無視しないでくれよぉ」
遼一は無言で歩き続ける。
「俺は二度とあんなことはしない。あの反省文に誓っても良い」
反省文に誓うとか安っ。お前絶対反省してないだろ。
「分かった。缶ジュース一本でどうだ」
安すぎるわ。お前らの友情はたかが缶ジュース一本で修復しちゃうのかよ。
遼一がユージの方を向くと口を開いた。
「良いよ」
良いんかい。……男の友情というのは分からんな。
「良かったー。もう口利いてくれないのかと思ったぜ」
「映画観た後はどこに行けば良いかな」
……切り替えるの早っ。僕は遼一が何を言ってるのか一瞬分からなかった。それはユージも同じだったようだ。
「へ……あ、ああ、中谷とのデートのことか。お前……まあ、良いか」
「俺さー、こういうの初めてでさ。でも、桃香ちゃんも初めてだ――って。やっぱ、こういうのは男がリードした方が良いよな」
「お、おう……確かにそうかもな」
「新都心ったって何もないよな。やっぱ場所を変えた方が良いかな」
「わりぃな、俺もそういうのはまだないんだ」
「え、マジっ。お前童貞だったの。うわ、だせー」
お前が言うな。
「ま、まあな。今は陸上が楽しいしさ。俺、こう見えて結構期待されてんだぜ」
「おー、そうかー」
「お前、俺の話には興味ないのな」
「まあなー」
「はっきり言うなっ。……まあ、最初はそんなもんなんかね。まあ、あれじゃね。相手はお前だし、中谷もそんなに期待してないと思うぞ」
「……それ、どういう意味だよ」
「そのまんまの意味だよ。だからさ、変に気合入れなくても良いんじゃね。いつもの通りのお前でさ」
「お、お前……」
「な、なんだよ」
「良い奴だなー」
遼一はユージに抱きつく。気持ち悪っ……でも、こういうのなんか良いな。
「こら、気持ち悪いわ。離れろ」
「おー、よしよし。良い子ですねー、スギゴロウおじさんですよー」
遼一はユージの頭をなで回す。うん、ここまでくると生理的に無理だ。それと、スギゴロウって誰だよ。
しばらく歩くと二人は別れる。ここからは方向が違うようだ。ユージは自転車のペダルに足を乗せて起き上がる。そして、そのまま夜道に消えていった。
家に着くと遼一はそのまま二階に上がっていく。あれ、なんか忘れてるような……。ま、良いか。僕は昨日の場所から遼一の様子を眺めるとしよう。
隠密モードはもういらないな。その代わりに集音マイクに切り替えよう。
「うおー」
遼一の叫び声が僕の頭の中に響く。う、うるせー。なにがあったんだよ。
僕は遼一の部屋を見る。そこにはクローゼットを開けて腰を抜かしている遼一の姿があった。そして、遼一の前にはもう一人の遼一がひざを抱えて座り込んでいた。あ、完全に忘れてたわ。