学び舎へ
なんて屈辱だ。まさか道路脇で用を足すことになるとは……。それにしてもなんて臭いだ。これは工夫しなければならないな。こんなに強烈な臭いをまた嗅ぎたくはない。
遼一の通う学校はどこだったかな。たしかデータがあったはずだ。この場所からの最短ルートを表示させよう。――ふむふむ。この身体なら、ここから三十分ぐらいかな。
遼一が通ってる県立高校は男女共学で偏差値は中間ぐらいだ。何かのスポーツが強いというわけでもなく、特にこれといった特徴のないところだ。学科は普通科しかなく、進学コースがあるわけでもない。何か特徴をあげるとしたら、それは生徒の意思が尊重されているところだろうか。
ゆとり教育が否定されて詰め込み教育にシフトしていた時代だから、もっと堅苦しいところだと思ってた。そこは意外だったかな。それでも、僕の時代と比べると偏りは感じるけどね。
遼一は何の部活動にも属していないようだ。変わってる奴だな。他に何かしているわけでもないだろうに。
ここが遼一の高校か。――何だこれ。グラウンドが砂漠じゃねーか。え、何、昔の人って砂場の上で運動してたの。うーん、それだと服やくつが汚れてしまうんじゃなかろーか。それに転んだらケガしちゃうじゃん。……昔の人はタフだったんだな。
遼一のクラスは三組だ。……外からだと分かんないや。危険だから中にまでは入りたくないんだけど仕方ないか。隠密モードなら大丈夫だろう。
よし、これなら誰も気付かないはずだ。
これが下駄箱か。……思ってたより汚いな。なんていうか砂っぽい。どう考えてもグラウンドのせいだな。
一階にあるのは特別教室か。じゃあ、一年生がいるのは二階かな。
ここが階段かー。スロープが見当たらないな。ここは非常階段なのかな。普通の階段はどこだろう。でも変わってるな、玄関の近くにあるのが非常階段だなんて。
おかしいな。メインの階段が見当たらない。……まさか、あの急な階段がそうなのか。昔の人は普段からこんな階段を上り下りしてたのか。やっぱりタフだったんだなー。だけど、足に障害がある人はどうするんだ。それに、足をケガしたら上の階にいけないじゃないか。この時代の学校は随分と原始的だ。
あの手すりを使えば上りやすいかも。そいやっ。
お、この身体にピッタリじゃないか。もしかして、この動物用の通路な……わけはないか。よし、このまま二階に行こう。
あ、教室の扉のところにプレートがあるのか。さっきは気が付かなかったな。これを見ればなんの教室か分かるわけだな。
えーっと、一年三組はどれかな。
お、『一‐三』って書いてある。ここっぽいな。……なるほど、一から順に並んでいるのね。分かりやすくて良いけど、なんか殺風景な感じ。
おお、下の方に小さな扉があるじゃないか。これはやっぱり小動物用の扉ですか。ってことは昔は学校で小動物を飼育していたってのはガセじゃなかったんだな。……ってあれ、空かないじゃん。大きい方の扉はこの身体じゃ開けられそうもないしなー。
……もうすぐ十二時か。じゃあ、少しの間、ここで待機してますか。
チャイムの音だ。おお、この音を生で聞けるなんて……。学び舎っぽくて良いじゃねーか。
あ、おっさんが教室から出てきた。それに、なんだか騒がしくなってきたな。
うおっ、急に飛び出してくんな。危ないだろーが……って遼一じゃねーかよ。なんかテンション高いな。
一緒にいるのは留学生かなんかかな。日本人にしては肌が黒いし。それにしては流暢な日本語を喋る。それに体格も良い。……お前は何者だよ。遼一もすごいのとつるんでるな。
おっと、目当ては遼一じゃないんだ。『ももか』と『みく』って女の子を探そう。
この時代の男子は元気だなー。遼一たちはもういないし。
とりあえず、二人の名前で検索網を張っておくか。
お、早いな。このクラスの誰かが『ももか』って単語を口にしたらしい。えーっと、方角はこっちか。
この三人組か。ちょっと様子を見よう。
「――ほらあ、隠すなよー」
少し身長のある子が大声を出している。この子も肌が黒いな。……この学校は留学生がいっぱいいるんだなー。
「え、なんのこと?」
地味な子だ。髪は少し明るいけど真面目そうな子だ。
「だーかーらー、その後どうなったのか聞いてるの」
「ちゃんと言ってよ」
「言っても良いのね。……杉山よ。武井に聞いちゃったんだから」
「…………」
「あんた分かりやすいねー」
「武井ちゃんっ。なんで言うの!」
「はて、なんのことでしょう」
この子も地味だ。メガネをしていること以外は特徴が見当たらない。
「もうっ、智美には言わないでって言ったじゃん」
「今日は玉子焼きか」
「ごまかさないでよー」
「ちょっとぉ、なんで私には言っちゃダメなのよ」
「……だって、智美はうるさいから」
「はーあ、そうやってあんたは私の友情を踏みにじるのね」
「違うのっ、そういう意味じゃないの」
「で、どこに行くの? デートに誘われたんでしょう?」
「まだ、どこに行くかは……」
「映画」
「あ、あんた知ってたの」
「武井ちゃーん」
「なんで私には教えないのよ」
「はて、な、なんのことでしょう」
「武井でごまかすな」
「わー、武井ちゃんの玉子焼き美味しそー。……うん、うまいっ、うますぎる、埼玉銘菓、百万石饅頭」
「やかましいわ。あーあ、桃香がこんな子だったなんて知らなかったー」
お、あの子がモモカって子か。話してる内容からして、遼一とデートに行く子に間違いないな。優しそうな子じゃないか。髪はダークブラウン、目はやや垂れてる感じかな……少し肉付きが良いかもな。でも、肌が透き通るように白くて羨ましい。僕もあんな肌が欲しかった。