表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/48

母の愛

 遼一がベッドの上で目を覚ます。そして、目覚まし時計の針を見て(あわ)て出す。学校に行く支度(したく)をしているのだろう。

 勉強道具が見つからないようだ。それもそのはずだ。そこにあった勉強道具一式は、すでにもう一人の遼一が持って行ってしまっている。



 遼一はベッドに腰掛(こしか)けて放心する。どうやら、自分が置かれている状況を思い出したようだ。

 さて、遼一はこれからどうするのだろうか。遼一たちは知らないらしいが、その部屋はいつも母親が掃除(そうじ)してくれているのだ。



 家の中からはやかましい音が聞こえてくる。それは集音マイクをしていなくても聞こえてくるほどだ。この音を発しているのは掃除機という機械で、この時代の人たちはこれを使って家の中を掃除しているんだ。



 掃除機の音がだんだん上がってくる。部屋にいる遼一に落ち着きがなくなっていく。そうだぞ、二階にきた母親はお前の部屋に入ってくるんだ。



 遼一の部屋の(とびら)が開かれる。


「よいしょ、と。この部屋は日当たりが良いわねー」


 遼一の母親は掃除機をかけていく。集音マイクをしているせいで僕の鼓膜(こまく)(やぶ)れてしまいそうだ。

 布団が不自然に盛り上がっている。布団(ふとん)の中には遼一が(かく)れているようだ。遼一の母親がそれに気が付くと、遼一が隠れているベッドに近づいていく。


「えい」


「うっ」


「あれ、今何か聞こえたわね。どこから聞こえたのかしら」


 遼一の母親よ、それはお前の息子のうめき声だ。


「まあ、別に良いわね。そいやー」


 遼一の母親は遼一が盛り上がっている布団を執拗(しつよう)(たた)く。遼一は母親の攻撃に必死に()えているのだろう。


「変ねぇ、このお布団ってこんなにボリュームあったっけ……。そんなわけないわ。私のお布団と同じ物だもの」


 遼一の母親は布団への攻撃を続ける。この母親は布団の下に何かがあるとは考えないのだろうか。しかし、それを確認されて遼一の分身(ダブル)が見つかるのも厄介(やっかい)だ。遼一よ、今は耐えるしかない。頑張れ。



 この女は頭がおかしいのか。この女の布団攻撃は十分以上は続いている。布団の下に人がいることぐらい普通はすぐに気が付くでしょ。

 遼一の母親の(ひたい)には何か光るものが。汗だ。――いやいや、絶対おかしい。なんでそんなに熱くなってるの。


「こいつは手強いわ。どぅおりゃー」


 遼一の母親はボディプレスを仕掛(しか)ける。


「ふごぉっ」


 遼一は思わず声を発してしまったようだ。無理もない。いくらなんでもやり過ぎだ。


「布団の中から何か聞こえたわ」


 外部との接触(せっしょく)は最低限に(おさ)えないといけないのだが、ずっと耐えていたんだ。仕方ない、今回は助けてやるか。


「みゃー」


 僕は甘ったるい声を発すると、遼一の部屋のベランダに飛び移る。


「あら、可愛いにゃーちゃんね。あんまり見ない顔ね、どこから来たのかな?」


 遼一の母親は僕の身体をなで回す。……なんだ、身体をほとばしるこの感覚は。


「新入りくんかなー、よろしくね」


 き、気持ちいー。まさか、身体をなで回されることがこんなに気持ち良かったなんて。これは盲点(もうてん)だった。



 違う、そこじゃない。ええい、自分で身体を動かした方が早いわ。

 あ、そこそこ。気持ちいー、そこをもっとかいてくれ。


「可愛い奴だねー。そうね、何かあげようか」


 遼一の母親はどこかに行ってしまった。

 もっとなで回してく……違った。早く遼一を助けてやらないと。

 僕は遼一がもぐり込んでいる布団にかみつき、器用に布団をどかしていった。すると、そこには目に(なみだ)を浮かべる遼一の姿があった。

 遼一は(おび)えきっている。よしよし、怖かったね。さあ、安全なところに行こう。

 僕は遼一の服の(そで)を口で引っ張った。遼一は素直に(したが)う。かわいそうに、抵抗(ていこう)する力も残されていないんだな。

 僕は無抵抗の遼一をクローゼットの前に引っ張っていく。お前のお母さんはクローゼットの中までは掃除(そうじ)しないんだ。ここに入っていれば大丈夫だよ。

 遼一は僕の顔を見つめている。

 ――ダメだ、伝わっていないようだ。僕はクローゼットの前を軽く引っかく。

 遼一はクロゼートを開けると中をのぞきこむ。遼一の母親が階段を上ってくる音が聞こえてくる。遼一は気が付いていない。

 僕は遼一の足をクローゼットの中に引っ張る。そして、遼一の身体がその中に(おさ)まると、僕は外からクローゼットの扉に体当たりをした。

 クローゼットの扉は音を立てて閉まる。よし、上手くいった。そして、振り返るとそこには遼一の母親がいた。


「こらこら、君はそこで何をしているのかな」


 まずい、いつからそこにいたのだろうか。……く、苦しい。僕の胸は激しく音を立てていた。

 もうダメだ。僕はそう思うと同時に腹を宙に向けて寝転がった。


「みゃー(さっきの続きを)」


「んもう、可愛いなー。そりゃ、うりうりぃ」


 僕の洗脳(マインドコントロール)は成功したようだ。遼一の母親は僕の(とりこ)と化したのだ。

 遼一の母親は僕をしばらくなで回す。そして、僕にミルクの入った器を差し出した。


「ごめんよー、新入り。お前が食べられそうな物がなかったんだぁ。これで許しておくれ」


 ふん、ただのミルクか。なんでかは分かんないけど(のど)(かわ)いてるみたいだから、それで我慢(がまん)してやるか。

 ん、意外と美味(うま)いな。全部飲めそうだ。


「おお! 良い飲みっぷりだね。そんなに喉が渇いてたのか。そうね、今日は暑いからね」


 僕は器の中のミルクを飲み干すとベランダに出て行く。


「もう行っちゃうのかい。もっとゆっくりしてて良いのに」


 あんまり外部と接触(せっしょく)し過ぎるのも良くない。後は自分でなんとかしてくれ。僕はもう一人の遼一の様子を見に行こう。デートの約束をしている女の子の顔を(おが)めるかもしれないからな。


「いつでもおいで」


 僕は(となり)の家のベランダに飛び移る。振り返ると遼一の母親がこちらに手を振っているのが見えた。こうして見ると可愛らしい女性だ。遼一の年齢(ねんれい)を考えると三十代後半ぐらいかな。しかし、あの異様(いよう)な攻撃はなんだったんだろう。



 僕は遼一の部屋がぎりぎり見えるところまで行くと、そこから遼一の家の様子をうかがった。遼一の母親は隣の部屋の掃除(そうじ)を始めている。どうやら、遼一は見つからずに済んだようだ。予定通り遼一の通う学校に行くとしよう。



 なんだろう、さっきからお腹の調子がおかしい。なんか変なものでも食べたか。――いや、そんなはずはない。今日はあのミルクを飲んだだけだ。



 うおー、お腹がかき回されてるみたいだ。やばい、早くトイレに行かないと。



 どうしよう、住宅地だからトイレなんてどこにもない。あー、こうしてる間にもお腹の中の(うず)がだんだん下の方に。

 あの(あま)ぁー、何を飲ませやがったー。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ