勝手気まま
僕は窓の縁に前足を掛ける。そして、甘ったるい声で鳴く。
何も反応がない。聞こえてくるのはテレビが発していると思われる賑やかな音だけだ。それでも、僕はめげずに鳴き続ける。
すると、カーテンに人影が映り、それは徐々に大きくなっていった。そして、カーテンがわずかに開き、そこから遼子が顔をのぞかせた。
遼子は遠くを眺め、こちらには気が付いていない。僕はもう一度甘い声で鳴く。
「あ、お前だったのか」
僕に気が付いた遼子は窓を開け、そのまま腰を下ろす。
「お前がそんな声を出すなんてね」
そして、遼子は両腕を僕の方に伸ばす。
「よいしょ……と。あれ、なんか臭い」
ごめんなさい。
「お前はドブにでも落ちたのかい」
遼子は笑いながら言った。
「ままー、なにしてるの?」
「んー? ベルがね」
「あー、にゃあにゃあだ」
「そう。お外で遊んできたから体が汚れちゃったんだって」
「おふろー」
「そうね。お風呂に行かないとダメかもしれないわね」
遼子は僕の体が服に付かないように抱え、そのまま部屋の奥に歩いていった。
遼子はガラス張りの扉の前に立つ。そして、肘でドアノブを下げ、肩で扉を押し開け、部屋の外に出る。
薄暗くて外と同じぐらいに静かな場所だ。そこを通り過ぎると、少しじめじめとした場所にたどり着く。そして、僕はそこに降ろされる。床は少し濡れていた。頭上では何かが重い音を立てている。その音に耳を立てると風の流れが感じられた。
カチッという音と共に辺りは淡い光で照らされた。
「体を洗ってもらおうと思ってウチに来たのかい」
遼子はシャワーを手に当てて水温を確かめる。
「なんて図々しいネコちゃんだ」
返す言葉もございません。僕はぬるま湯を浴びせられ、少し乱暴に体を洗われた。
僕が遼子に身を委ねていると、弱々しいが荒さも感じられる足音がこちらに近付いてきた。
「にゃあにゃあ、おふろにはいってるの?」
「そうよー」
遼子の後ろで文華がごそごそと動く。何をしているのかまでは分からない。遼子が後ろを振り向く。
「ふーちゃーん、何してるのかな」
「ふみもね、おふろにはいるの」
「ちょ、ちょっと待って、あなたはさっき入ったでしょ」
「はいってないよー」
「いや、髪の毛だって湿ってるじゃない」
「はいってないよ?」
「入ったでしょ……って、脱がないの」
「ぬぎぬぎしてないよ」
「ふーちゃん、一人でも脱げるようになってたのね」
「ぬぎぬぎできないもん」
「や、裸じゃない」
遼子は手に付いた泡を慌てて洗い流す。
「ふーちゃん、風邪引いちゃうから服を着ましょ」
「ふみもいっしょにはいるの」
文華が駄々をこねる。面倒臭いけど可愛いな。
「だーめ。ベルはくちゃいくちゃいだから洗ってるのよ」
「ふみもくさいもん」
遼子が文華の体に顔を近づける。
「んーん、文華はぜーんぜん臭くない。むしろ、とーっても良い匂い。だから、お風呂には入りません」
「やーだー。ふみもはいるの」
「今日は手強いな」
遼子がぼそりともらす。
「うん。まあ、良いか。じゃあ、ふーちゃんも入ろ」
遼子がそう言いかけた時、玄関の戸が閉まる音が聞こえてきた。
「たっだいまー。マリモブラザーズのお帰りだよ」
遼一たちの声だ。ずいぶん陽気だな。
「あ、にーにだー」
文華が嬉しそうに駆けていく。
「あれー、ふみちゃん。なんで素っ裸なんだよ」
マリモブラザーズのどちらかが文華の姿に言及する。
「おふろはいってたのー」
「おう、そうかー。でも、早くパジャマにならないと風邪引くぞ」
「母さんは何やってんだよ」
遼子は再び僕の体を洗い始める。
「ほれ、パジャマ持って来い」
「兄ちゃんたちが着せてやっから」
「もってくるー」
文華が戻ってくる。そして、こちらには目もくれずに遼一たちの下に向かっていった。
「おーし、じゃあ、いきますか」
「兄ちゃんたちの忍術で一瞬よ」
「きゃー」
文華が騒いでいるが、遼子は黙ったままだ。あれ、痛い。なんか強いよ。遼子さん、そこはもう良いです。そんなにやったら毛が抜けちゃうから。




