ダストボックス
師匠たちは上手くやっているのかな。僕はソフトクリームを食べる二人を残し、その場を離れた。
いつの間にか人の数は減り、辺りは閑散としていた。カウンターの向こうにいる店員たちは、何かの後片付けに追われている。彼らに見つからないか心配だったが、特に気にする必要はなさそうだ。師匠たちは少し歩くとすぐに見つけられた……というか近い。物凄く近い。こんなに近くにいて大丈夫なのかよ。先生が注意しに来るのも当然だ。
師匠たちのテーブルの下に来ると桃香の声が聞こえてくる。しかし、桃香が口にしている単語はどれも胡散臭い横文字だらけだ。あー、この子はまだこの話を続けていたのか。それを嬉しそうに聞く師匠も大した奴だが、ちゃんと理解しているのかは疑問だ。
師匠も先生も自分たちの世界に入りこんでいるようだ。まあ、放っておいても大丈夫かな。それよりもだ。なんだろう、この虚しい感じは。僕は何をしているのだろう。若い子たちの恋模様を観察して何が楽しいんだよ。いや、別に好きでやってるわけじゃないけどさ。
僕はとぼとぼとタイルの上を歩く。すると、口論をするカップルに出くわした。
「ちょっとー、あんた陸上部でしょ。ちゃんと探しなさいよ」
気の強そうなギャルが騒いでいる。
「もう良いじゃねーかよ。仲良さそうにしてたじゃん」
色黒の若者が応える。あ、こいつは遼一の友達の……ユージだ。その隣にいるのは桃香の友達の……忘れた。とりあえず、桃香の友人であることは間違いない。
「大体さー、何を見守る必要があるんだよ。これじゃ、ただの野次馬じゃねーか」
「そ、それは……桃香は世間知らずだから」
「それは遼一もだから大丈夫だって。傍から見たらお似合いのカップルだよ。いや、傍から見なくてもお似合いのカップルだね」
「あんたはなーんにも分かってないわ。ほら、武井もなんか言いなさい」
「……ねこ」
僕の背筋が凍りつく。僕は急いで物陰に身を隠した。
カップルの少し前を小柄で地味な少女が歩いている。そして、小さな声で何かをつぶやいていた。
「はあ?あんた何ぶつぶつ言ってんのよ」
すると、タケイが勢い良く後ろを振り返る。
「お、驚かさないでよ。どうしたのよ。いきなり」
「気配がする」
「気配ってなんだよ、武井さん」
ユージが茶化す。
「さっきまでそこにいた」
僕の額から脂汗が吹き出す。
ユージともう一人の女は顔を見合わせて首を傾げている。そして、タケイは辺りを見渡している。
身の危険を感じた僕は目の前にあったカゴの中に飛び込んだ。
「あんた何やってんのよ」
タケイはじっとこちらを見つめている。その様子を確認できているわけではないが、じめっとした視線を確かに感じるのだ。
「何もないじゃない。ほら、行くわよ」
彼らの足音が聞こえると、それは徐々に小さくなっていった。しかし、その間も嫌な視線が僕から離れることはなかった。
肌寒い。僕の体は汗でびしょびしょだ。カゴの中から顔を出すと辺りはすっかり暗くなっていて、イルミネーションが通路を賑やかしていた。
僕は一瞬戸惑った。昼間とは雰囲気が変わっていて、ここが違う場所に見えてしまったからだ。しかし、よく見ると建物や植栽の配置は何も変わっていない。ここは確かに僕がさっきまでいた所だ。
僕はカゴの縁によじ登り、その勢いのまま外に飛び出した。
今日は散々だったな。遼一たちももう帰ってるだろう。僕も杉山家に向かおう。
僕が帰路につこうとすると、なんともいえない汚臭が漂ってくる。しかし、その出所が分からない。そこらじゅうが臭いのだ。
どういうことだろう。この辺一帯、汚れている所など見当たらないのだが……。
僕はある結論を導き出す。それが正しいかどうかは僕が入っていたカゴを確かめれば分かることだ。しかし、そんな勇気を僕は持ち合わせてなどいなかった。




