表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/48

食いしん坊

 師匠はズボンのポケットに手を突っ込むと、しきりに震えるそれを取り出した。


「誰からだ……って母さんかよ」


 リズム良く震えていたそれは師匠の携帯電話だったようだ。あー、聞いたことがあるな。昔は公共の場での携帯電話の着信音は非常識だったそうで、それを防ぐために『マナーモード』という機能があったらしい。その機能を使えば着信音を鳴らさずとも、携帯電話への着信を知ることができるのだ。しかし、大事な連絡があった時に、マナーモードのせいで気が付かなかった……ということはないのだろうか。ま、そういうことがあるから使われなくなったのかな。


「いや、それはこっちのセリフだから」


 師匠は携帯電話に話しかけるが、音声が聞こえてこない。どうやら通話モードではないらしい。機械に話しかけるなんて痛い奴だな。


「何かあったの?」


 桃香の声だ。


「え、や、なんでもないよ」


 師匠が携帯電話をポケットに(もど)すと、向かい側にあるイスを引く。そして、何かをテーブルの上に置いていった。香ばしい匂いがこちらにまで(ただよ)う。


「ごめんね、他にもあったんだけど、待ってる間につまみ食いしちゃった」


 僕のいる所からはテーブルの裏側しか見えない。僕はテーブルの上に顔を突き出す。


「あ、まだいたの? 悪い子だね」


 その言葉が師匠と僕のどちらに向けて放たれたのかは分からない。しかし、そんなことはどうでも良くなる光景が目の前には広がっていた。


「これは……俺と桃香ちゃんの?」


「うん、そうだよ」


 すごい量だ。桃香はこれを二人で食べるつもりでいるのか。しかも、摘み食いしたとか言ってたから、本来はもっとあったんだよな。恐ろしい」


「あ、ごめん。やっぱり足りなかったかな」


「そ、そんなことないよ。そうだ、お金払ってないよね。いくら?」


「大丈夫だよ。待たせちゃったし」


「それはダメだよ。男の面子がつぶれるよ」


「あ、それもそうだよね」


 桃香は財布を取り出すと、中にあったレシートを確認する。


「えーとね、三千円ぐらいかな」


「あ、そんなに」


 師匠が思わず声に出す。


「ねー、安いでしょ。こういう所って安いから好きなんだよね」


 多分、師匠と桃香の心はすれ違ってるな。僕の時代とそんなに物価は変化してないから、一食で三千円は遼一の年代ならそれなりの額のはずだ。書籍を何冊も所持してるぐらいだから、桃香は遼一よりも金持ちなんだろう。


「わ、割り勘で良い?」


「うん、大丈夫だよ」


 情けない奴だ。


「そんなに物欲しそうに見つめても君にはあげられないよ」


 み、見てないし……ってかお腹空いてないもん。



 師匠と桃香は楽しそうに話しているのは誰が見ても明らかだが、その中身はというとオカルト的なモノばかりであった。師匠が桃香の誤解に気が付いているのかは分からない。でも、師匠にとってはそんなことはどうでも良いのだろう。桃香と話ができる、それだけで幸せなのだ。そう顔に書いてあるんだもの。

 その師匠の至福の一時を邪魔(じゃま)したのは、さっきも説明したマナーモードとかいう奴だ。師匠はテーブルの下で右手だけを動かし、携帯電話を取り出した。そして、桃香にそのことを悟られないように画面を確認する。本当に変なところは器用だよな。

 遼一の携帯電話はメールを受信していたようだ。師匠が指を動かすと画面が切り替わる。そして、受信ボックスが開くと、そこには『母』からのメッセージが残されていた。


『無視するな。早くどっか行け』


 『母』というのは遼子のことだろう。それにしても、一体なんのことを言っているんだ。文面も荒々しく、おっとりしている遼子が書いたとは思えないしな。師匠は携帯電話をホーム画面に戻し、サイレントモードというモノに切り替える。


「よいしょ」


 桃香が立ち上がる。


「私、ちょっとトイレに行ってくるね。それと、ついでに空になった皿も持っていくね」


 しまった。師匠がメールに気を取られているのに気が付いちゃったか。取り残された師匠の表情はどこか寂しげだ。

 師匠と僕は目が合う。師匠の首に何者かの腕が(から)みつくのが見えたのは、その直後のことだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ