ゆうちゃん
僕は抱きかかえられると、そのまま股間の上に座らされていた。今日はなんていう日なんだろう。野郎に猥褻なことばかりされてる気がするよ。でも、今回はそんなに悪い気はしない。野郎のそれ(・・)は何枚かの布によって覆われているからだ。衣服っていうモノは案外、偉大な発明なのかもしれないな。これがあるだけで座り心地がこうも違うとは……。
「大丈夫? こういう場所にはマズイんじゃないかな」
「んー、まあ……大丈夫っしょ。こいつ、小さいから周りからは見えてないし」
いや、そもそも、普通の人には見えないんだけどね。
「でも、ほとんどの人が食事をしているわけでしょ。嫌な人もいると思うんだけどな」
「じ、じっとしてれば大丈夫だよ。こいつ大人しいし」
「ふーん、そっかぁ」
うわ、気まずいな。おいおい、お前の軽率な行動に呆れてるぞ。
「ま、良いか。私、小腹が空いちゃったから、ちょっと見てくるね」
桃香はそう言い残し、どこかに行ってしまった。
あーあ、このまま帰られなければ良いんだけど……。僕を優しくなでる師匠の顔を見ると、少し動揺しているのがうかがえる。あ、そこまで鈍感ではなかったか。
ふと桃香のいなくなった席を見てみると、そこには彼女のハンドバッグが置かれているのが分かった。なーんだ、別に心配する必要はなかったんじゃん。これなら確実にここに戻ってくる。師匠を信頼してなかったら、荷物を残して席を離れたりはしないはずだ。しかし、桃香がここに戻ってくるという布石に師匠は気が付いていないようだ。というのも、桃香のハンドバッグはイスの上に置かれているのだが、あまり大きな物ではなく、師匠からはテーブルの影になってしまっているのだ。ふふふ、これでこいつも落ち着けなかろう。僕を侮辱した天罰だと思うが良い。それが師匠と先生のどっちによるモノかは忘れたが、どちらも遼一に変わりはないんだから同じだ。
僕をなでる師匠の手が心なしかぎこちない。その顔を確認すると、明らかに挙動不審になっている。どうやら、桃香の姿を見失ってしまったらしい。可哀相に……でも、桃香は戻ってくるだろうから気にしないことにする。
僕がそれに気が付いたのは、まぶたが重くなり始めた時のことだった。この感覚は書店の中で襲われたモノと似ている。違うのは数だ。さっきは複数だったが、今度は一つしかない。僕は鋭い目付きで視線を感じた方を顔を向けた。
見えるのは通行人の脚、脚、脚。それもそのはずだ。僕はイスに腰掛ける師匠の股の上にいるのだから、そこから見えるのは人々の脚だけだ。しかし、その隙間からじっと見つめてくる奴がいた。
そいつは片方の手の指を口に加え、もう片方の手でこちらに手を振っている。
「ゆうちゃん、何かいるのー?」
「にゃーにゃー」
他にも人が大勢いるので聞き取りづらかったが、そいつらは確かにそう言っていた。僕はそいつらがいる所に集音マイクを合わせる。
「もう、何もいないじゃない」
女の声が聞こえてくる。そして、ゆうちゃんと呼ばれた幼児は、手を振っていた方の手をつかまれてどこかに行ってしまった。
またエスパーか。でも、聞いたことがある。本来、人間には未知の力が備わっているが、歳を重ねるに連れて失われてしまうらしい。あの、ゆうちゃんとかいう幼児にはまだ、その力が残っていたのだろう。でも、それだけでは他の者の能力の説明は付かない。僕の使っている隠密モードは普通の人間からは完全に見えなくなる。僕が開発したわけではないから、その原理までは詳しく説明できないけれど、この装置はそういうモノなのだ。何か欠点を挙げるとしたら、長時間の使用はできないということぐらい……。僕はなんて阿呆なんだ。穴があったら入りたい。
僕が落ち込んでいると、遼一の股間の辺りが軽快に震え出す。今度はなんなんだよ、もう。




