エスパー集団
僕は書店に入ってきたばかりだが、師匠と桃香はもう店を出るようだった。僕は二人を追いかけるように向きを変え、たった今入ってきた出入口の方に向かっていった。
ところが、僕の視界は急に高くなり、僕の脚は地べたを蹴られなくなってしまった。
あれ、おかしい。いくら脚を動かしても前に進めない。それ以前にこれ、宙に浮いてね。
「こらこら、お前はどこから入ってきたんだ」
その声はすぐ後ろから聞こえてきた。
僕が後ろを振り向くと、そこには二十代半ばの女性が立っていた。そして、その腕は僕の後頭部の辺りまで伸びている。
こいつ、僕の姿が見えているのか。いや、そんなはずはない。でも、現に僕はこうして捕まっている。まさか、エスパー……そんな非科学的なことありえるのか。
あー、師匠たちが遠ざかっていく。師匠たちを目で追っていると、僕は誰かに見られているような感覚に襲われた。僕の首根っこを掴んでいる女のモノではない……というより、その視線は至るところから感じられた。僕が辺りを見回すと、近くにいる人の何人かがこちらに視線を向けていた。あ、そうか。隠密モードで僕の姿は見えないのだから、何もない空間に手を伸ばしているこの女は変に思われているはずだ。ところが、僕の考えとは裏腹に周りの視線は僕にのみ向けられているように感じられた。あれー、なんでだろうな。挙動がおかしいのは明らかなんだから、周囲の目はこの女に向けられると思うんだけどな。
まさか、こいつら全員エスパーとでもいうのか。いや、そんなわけねーよ。ただの書店にどんだけ超能力者がいるんだよ。
僕は思考をめぐらせる。すると、僕の体が空を切っていく。いつの間にか僕は店の外に放り投げられていた。僕の体は無意識に反応し、アスファルトの上でキレイに着地を決める。エスパー女め、乱暴に扱いやがって。この可愛らしい身体にキズが付いたらどうしてくれる。僕はショーウィンドウに映った自分の姿を確認すると、急いで師匠と桃香の後を追った。
人が多すぎて二人の会話が拾いづらいな。
師匠と桃香の周りには、二人と同じぐらいか、もしくはそれよりも若い子の集団でごった返していた。二十代後半のカップルも見受けられるが、そのほとんどが幼児を連れている。そして、この広場の壁には小型の飲食店が敷き詰められていた。でも、飲食店といってもウェイトレスがいるわけではなく、ほぼ全てのサービスがセルフ形式を取っていた。
安っぽい電子音が鳴ると、その発信源と思われる場所に座っていた人が徐に立ち上がり、手に何かを持ってカウンターの前に向かう。安っぽい電子音は手に握られたそれから発せられてるようで、店員にそれを渡すと、店員は軽食を差し出した。この謎の機械の正体は料理が出来上がったことを知らせるブザーのようで、引換券の役割も兼ねているらしい。それなりに情報化されている時代にも関わらず、なんでこんな原始的な方法を取っているのかは疑問だ。まあ、これはこれでにぎやかで風情がある……のか。やっぱり、この時代の日本は面白いな。効率性を追求する一方で、明らかに効率的とはいえないことをしているんだもん。
師匠と桃香はよくこんな場所で雑談ができるな。相手の声はちゃんと聞き取れるのかな。
しかし、どんなに周りが騒がしくとも、そこには確かに二人だけの空間があり、二人だけの時間が流れているようだった。
それにしても、桃香はさっきから何を力説してるんだよ。師匠に開いて見せてる本だけど……それ、どっからどう見ても胡散臭いぞ。師匠はちゃんと聞いてあげてるけど、好きな子の話だから頑張って聞いてるだけだろ。
桃香が何を話してるのか気になるな。僕は人ごみの中を器用に進んでいくと、二人がいる席のテーブルの下にもぐり込む。
お、ここからならよく聞こえるぜ。僕が集音マイクが音を拾う範囲を狭めていると、師匠の足が僕の身体を蹴飛ばした。
いってーな、女の子の話を聞いてる時ぐらい落ち着いてろよ。
師匠がテーブルの下をのぞき込む。もちろん、そこには僕が寝そべっているが、師匠に僕の姿が見えることはない。書店に入る時に隠密モードに切り替えたからね。
「あ、さっきのネコじゃん」
お前もエスパーだったのかよ。




