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トイレ

 二人の遼一の目が合う。その隣にいる美矩と桃香は気が付いていないようだ。


「わりー、ちょっとトイレな」


 師匠が美矩から離れると、頭を(わず)かに動かして先生に合図を送る。


「ごめん、トイレ行って来るね」


 桃香は無言で(うなず)く。その顔は赤く、目は少し血走っているように見える。そういえば、さっき疾走(しっそう)してたんだっけ。

 美矩は店頭で宣伝されている書籍を(なが)め、桃香は店の奥に向かっていく。二人はすぐ横をすれ違うが、どちらも気が付かない……ん、というより、この子たちに面識はないのか。美矩は遼一のご近所さんで学年が一つ下。桃香は遼一のクラスメイトだが、以前から付き合いがあるようには見えない。おそらく遼一は高校に入って桃香に出会ったのだろう。そう考えると、彼女たちには何も接点がなさそうだな。うーん、なんか変な感じだ。

 あ、いつの間にか遼一たちがいなくなっちゃってるじゃん。トイレに行ったんだよな。僕もそこに行こう。



 あれ、おかしいな。遼一たちの姿が見当たらない。あの書店からだと、ここが最寄のトイレなんだけどな。

 僕が誰もいないトイレの中を彷徨(さまよ)っていると、(かす)かに人の声がするのに気が付いた。

 辺りを見回しながら奥に向かっていくと、次第に声が大きくなっていった。

 トイレの一番奥にまで来たが誰もいない。僕の横には個室があり、その扉は閉ざされている。誰かが用を足しているのだろう。あまり詮索(せんさく)するのは良くないな。誰かに聞き耳を立てられていたら中の人は不快に思うに決まっている。

 僕がトイレから立ち去ろうと方向転換をすると、個室の下の隙間(すきま)から四本の足がちらりと見えた。

 個室には二人いるのか……って、えー、いやいやいや、それはまずいでしょ。男子トイレの個室で何をするんだよ。ダメでしょー、色んな意味で。(うわさ)には聞いたことがあるけど、まさか出くわしてしまうなんて。こ、こういう時はどうしたら良いんだ。警察に連絡か。いや、別に悪いことはしてないか。でも、このままにしとくわけにも……。

 くそ、ぼそぼそと聞こえてくる声が妙にエロい。

 僕は隣の個室に入ると、気配を消して集音マイクのスイッチを入れた。


「悪かったって、もう済ましてると思ったんだよ」


 済ますって何をですかー。


「お前……俺たちが映画館を出てから十五分ぐらいしか経ってねーから」


「あ、それしか経ってなかったか。なんか色々あったから長く感じたわ」


 な、なんだよ。中にいるのは遼一たちか……ったく驚かせやがって。でも、なんで個室に二人で入ってんだよ。紛らわしいわ。


「そういえば、お前は映画館の入口で何してたんだよ」


「何をって勇示たちがいたから隠れてたんじゃねーか」


「勇示? なんであいつがいるんだ」


「あれ、お前は見てないのか。あっちも服装が違うから気が付かなかったのか」


「どういうことだよ。ちゃんと説明しろ」


「いや、俺にもなんであいつが映画館にいたのかは分からん」


「さっき、勇示たち(・・)って言ってたな」


「そうなんだよ。クラスにいんじゃん……あの黒い奴」


「黒い奴?」


「ほらー、背が高くてさ。時々桃香ちゃんと一緒にいんじゃん」


「あー……はいはい。えっと、トモミちゃんだっけ。その子がどうしたの」


「その子が勇示と一緒に映画館にいたんだよ」


「え、あいつらってそういう関係だったの」


「いやー、どうだろうな。すぐ近くには武井さんがいたし」


「タケイさん?」


「桃香ちゃんとよく一緒にいる子だよ」


「あ、あのちっこい子ね」


「そう。偶然にしては出来すぎてると思うんだよね」


「確かに……」


 クラスメイトがいるから、とりあえずトイレの個室に隠れたのかな。まあ、知り合いに自分が二人いることはバレたらまずいもんな。

 僕が遼一たちの話に聞き入っていると、すぐ近くで扉が閉まる音が聞こえた。そのすぐ後に僕の背後で何かがもぞもぞしているのが気配で分かった。


「おや、こんな所に可愛い小猫さんがいますね」


 声は低く、その話し方は年齢を感じさせた。嫌な予感しかしないが、僕は後ろを振り向く他なかったのだった。

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