参考書
食い入るように目の前の棚を見る美矩。そして、その後ろでは少し退屈そうにする遼一が立っている。この遼一はメガネをかけているから先生だ。それ以前に、美矩と一緒にいるんだから先生に決まってるんだけどね。僕が探していたのは師匠の方だったんだけど、こっちの様子も気になってはいたから良しとしよう。
美矩をこんなにも夢中にさせている物は一体なんなんだろう。美矩は棚の前に積み上げられた物を一つ手に取ると、それをパラパラとめくった。そして、それを元の場所に戻し、今度は棚の中の物を取り出す。そして、それもまた同じようにパラパラとめくる。もしかして、このいくつもある棚は、その全てに書籍が敷き詰められているのだろうか。す、すごい。教科書以外でこんな莫大な量の書籍なんて見たことがない。これを全て売ったらいくらぐらいになるんだろう。
「これなんてどうかなー。ねえ、聞いてる?」
「え、ああ、ごめん。聞いてなかった」
「ちょっとー、しっかりしてよね」
「すまん……で、決まったのか」
「それを迷ってるの」
先生は美矩の手元にある書籍を手に取る。
「あー、こういうのか」
「ダメかな」
「もっと簡単な奴が良いな」
「どういう意味よ」
「ちげーよ。変に難しいのをやるより、簡単なのを繰り返しやる方が頭に入るんだよ」
「へー、そうなんだ」
「解くのに時間がかかるとモチベーションが下がるだろ。だから、易しい奴から入って、それが物足りなくなったらランクアップさせれば良いんだよ」
「なるほどね」
「んーと、これとか良いと思うぞ」
美矩は書籍を受け取り、その中身を確認する。
「あんまり簡単過ぎなのもダメだしな。基礎は抑えてあるし、そんぐらいのが良いと思うぞ」
「そっか……じゃあ、これにする」
美矩は先生が選んだ問題集を持ってどこかに向かっていった。会計をしに行ったのだろう。
しかし、この時代の書店は気前が良いな。見る限り、ほとんどの書籍にカバーがない。『立ち読み』については聞いたことがあるけど、よく利益を出せていたものだ。
僕が外から店内を眺めていると、なんとも言えない嫌な感覚に襲われた。視線を元に戻すと、先生がこちらを凝視しているのが分かった。完全に目が合っている。僕が落ち着けないでいる原因はこれだ。
僕と先生がいる空間だけ時が止まっているかの様だが、それとは対照的に僕の頭の中を忙しく思考が駆け巡る。しかし、それは思考とは呼ぶには単純過ぎるものだった。
『どうしよう』、僕はこの言葉を唱えることしかできないでいた。
「何見てるの」
僕を呪縛から解き放ったのは美矩だった。会計を済ませて来たのだろう。その手にはこの店のものと思われるロゴの入った袋がぶら下げられている。
「え、あー、ネコだよ。ネコ」
「ネコちゃん? あ、本当だ。珍しいね」
美矩が笑顔で手を振る。愛想が良いから美矩には癒されるな……それに比べて遼一はなんなんだよ。
「どうしたの? 確かにショッピングモールにネコちゃんがいるのは不思議だけど」
「ん、いやな、なんかベルに似てる気がする」
「ベル?」
「ほら、前に話しただろ。母さんが餌付けしてるって」
「あー、そんな話してたね。でも、気のせいでしょ。どこにでもいそうなネコちゃんじゃん」
な、なんだってー。
「確かにそうだな。こんな遠くまで来れるわけないわな」
ぼ、僕だよ。ベルだよ。いや、それはバレない方が良いのか。でも、なんか寂し過ぎる。どこにでもいそうなネコなんてあんまりだ。
僕が落ち込んでいると、もう一つの馴染みのある顔ぶれが書店に入っていくのが見えた。




